KAC20227 君の【職業】は

かほん

第1話

 僕の名前は宏明。葦戸中学二年生だ。其れが僕のステータスだ。だけど、それも何れ無くなってしまう。


 何故なら、学校に行かなくなってから、もう三ヶ月経つから。別にいじめに遭ったとか、そういう理由があるわけでもない。


 僕が学校に馴染めない、それが理由だ。

 

 朝七時に起きると、行こうか行くまいか、脂汗をかきながら遅刻ギリギリの時間まで迷って結局行けなくなってしまう。

 僕の心の中で、「また行かなかった」と言う声が聞こえてくる。その言葉に罪悪感と共に吐気をもよおす。

 だから朝七時に起きるのは怖い。午後三時ごろに起きれば、諦めがつくし、罪悪感も感じない。その代わり凄い焦燥感を感じる。

 そして、明日は学校に行こう、と思うんだ。そして次の日、やっぱり行けない。こんなことの繰り返しだった。


 お父さんはここ八ヶ月入院している。


 何度かお母さんに連れられて病院にいった。病床に臥せっているお父さんは、細く小さく見えた。

 お父さんからは学校の話は出なかった。ホッとすると同時に後ろめたさを感じた。

「宏明、父さんのギター、売っていいぞ。だけど、お前が欲しいと思ったギター、一本だけでもお前のものにしてほしい」

「わかった」お父さんはたぶん、死ぬことを覚悟しているんだな、そう思った。

「この鍵を預けておく。これ、ギター部屋の鍵だから」

そういわれて、僕は渡された鍵をポケットに入れた。

 家に帰ると、疲れていたのか、そのまま倒れ込むように眠った。

 早朝五時頃目が覚めた。どうやら着替えないで眠っていたらしい。

 ポケットに手を突っ込んでみると鍵を掴んでいた。お父さんが家族にも全く見せなかった部屋の鍵。その部屋に入っても良い、って事かな。ちょっと考えたがギター部屋に入ることにした。

 鍵を開けて電灯をつけると、ギターが部屋いっぱいに詰まっていた。五十本以上あるんじゃないだろうか。

 全部似たようなギターの色違いに見える。手近のギターを持ってみた。意外と重い。そしてバランスを取りづらい。あと、弦が細くて押さえると痛い。こういうギターは選ばないことにしよう。

 それで、ギターの林を分け入っていくと、十本、渋い木目の浮かんだギターを見つけた。さっき見たギターと違い、木製の厚みのある胴体にギターの弦を張る竿が伸びている。

 選ぶとしたらこれのどれかだな、と思って、よく観察した。九本のギターは金属の弦が張られていた。一本を手に取り、ちょっと弾いてみた。良い感じだ。こう言うギターから僕の一本を決めよう。

 何本か弾いてみたけど、どれが良いのかよくわからない。その中で、一本、微妙に違うギターがあった。細い弦三本はナイロンで、太い弦三本は金属の弦だ。

 不思議なギターだな、これ。このギターを手にとってみた。さっきは気が付かなかったけど、胴体になにか、スイッチみたいなのがついている。胴体を色々眺めていると、胴体の一番下に穴が空いている。いや、穴は穴なんだけど、何かを差し込む、例えばプラグを差し込むような形状をしている。

 左手で弦を押さえてみた。

 うん、痛くない。

僕はこのギターを自分の物にすることにして、早速部屋に持って帰った。


『おい、お前』


と言う声が聞こえてきた。驚いて周囲を見回しても誰もいない。え、なんだろ?空耳?と思ったのに

『馬鹿ここだここ。よく見ろ』

僕は恐る恐る手に持っているギターを見た。

 このギターが喋った?

 急に恐ろしくなり、ギターをギター部屋に戻しに行こうとしたが、

『おい、馬鹿やめろ。俺はお前のもんなんだろ』

「え、あ、うん。そうだけど、気持ち悪いから別のギターにするよ」

『ちょっと待てー。あのギターの山の中にお前に合いそうなギターあったか。無かっただろ。お前、俺を選んで正解だったんだぜ』

うーん、確かに。このギターは僕のフィーリングにぴったりだった。

「わかったよ。君を僕の一本にするよ」

『よしよし、よく決めたな、偉いぞ。それじゃ、お互い自己紹介しようじゃねぇか。俺の名前は【アントニオ・サンチェス】、職業は【エレキ・ガットギター】だ。アントニオと呼べ、いいな』

「なんなの?その職業とかって」

『人でも物でも自我を持っている奴は職業を持っている。お前、職業はなんだ』

「わからないよ、そんなの……」

『じゃ、お前の職業は【なんでもない】だな』

「他の人は職業を持っているの?」

『もってるぜ。野球部なら【エース】や【スラッガー】、サッカー部なら【ストライカー】、漫研なら【手塚治虫】に【横山光輝】だ』

「僕も職業を貰える?」

『そりゃわかんねえけど、取り敢えず俺を弾いてみろ。そしたら何かになるかも知れねぇ。と、そうだ。お前の名前は』

「えと、宏明」

『そうか、宏明か。じゃ、宏明、早速俺を弾け』

「ええ、そんなこと言われても……」

急すぎるとアントニオに伝える。

『何が急すぎるだ、馬鹿、遅すぎるくらいだ。そうだ、ギター部屋からスタンドと足台とギターアンプ持ってこい、おっとチューナーはいらねぇ、俺についている』

 お父さんは几帳面な質だったようで、ギター本体以外の用品は一箇所にまとめられていた。僕はオレンジ色の小さいアンプを選び、あとアントニオがいう足台を持ち出した。そして、ギタースタンド。これで全部かな。


『よし、持ってきたな、それじゃまず姿勢の矯正だ。それが終わったら音階練習、あとは……』

 アントニオのスパルタ練習が始まった。


 そんなこんなで、一日十時間、ギターの練習を三ヶ月やった。本当に本当に疲れた。アントニオはスパルタだった。手が出るわけじゃない(手なんか無い)が、弾くまでずーとわめき騒ぐ。仕方がないのでフラフラしながらギターを弾き始めるとぶっ通しでギターを弾かされる。おかげでだいぶギターが上手くなった。


『よしよし、それじゃ、そろそろ外でやるか』

「なに、外って」

『外でお前が演奏するんだよ』

「えー」

『えー、じゃねぇ。あそこはどうだ駅の近くのステージのある公園』

「そこはちょっと……学校近いので」

『うるせぇ、もう決めた。あそこな』


そんな訳で、野外で弾くことになった僕は、当日物凄く緊張していることに気がついた。

ギターを弾いていないと落ち着かない。


 それからアントニオに喝を入れられ、足取り重く駅に向かった。

 公園のステージに上がりライブを始めた。


 散々だった。


 練習してきたことの半分も出せなかった。いや、半分出せたのはアントニオのおかげだ。緊張でガチガチになっている僕を、よく鳴ってくれたおかげで、ミスが目立たずに済んだ。

 何人か聴衆がいることに気がついた。演奏しているときは全く気が付かなかったのに。


 急いで片付けをしてステージから降りると拍手をしてくれてる女の子に気がついた。高校生?いや、中学生かな?学年がよくわからない人がいた。


「良かったよ。君のギター。何時もここでやっているの?」

「いえ、今日が初めて……」

「明日もやる?この時間?」

アントニオが『やると言え』と煩かった。

「あ、はい、やります」

じゃ、また見に来るね、と言い残し彼女と別れた。

三回ライブをやって、彼女と話をして。

「じゃ、次は私と一緒にやろうよ」

「それは良いけど。楽器は何?」

「ジャンベとカホン。どっちが良い?」

「あの、どっちでも……」

ジャンベもカホンも楽器を知らないのでどちらが良いかとも言えず。あとで動画で調べてみよう、と思った。

 それから連絡先を交換して、帰り際

「私ね、職業【パーカッショニストの卵】だよ」

と言って、ニヤッと笑った。


 帰る後ろ姿を見ながら、彼女の名前を反復していた。若狭亜衣ちゃんか。友達になれるといいな。


 自宅に帰ると、カホンとジャンベの動画を見た。どっちも良い打楽器だな。でもカホンと一回やってみたい。そう思ったので、亜衣ちゃんに連絡した。彼女は『カホンね。OK』と返してきた。其れから音楽の話をして、と言っても僕に音楽的な素養は無いので、今までどんな曲を練習したか話した。


 そして当日。カホンを担いだ愛ちゃんがやってきた。

 アントニオが『よーし、このセッションは綺麗に決めろよ。お前自身の職業がかかってるんだからな』

と意味深な事を言った。言われなくてもわかってるさ。僕はこのセッションを完璧に合わせる。


「ワン、ツッ、スリ、フォ」

亜衣ちゃんがカウントをとって僕がそのリズムに合わせる。上手く入れた。誰かと合わせるのがこんなに楽しいとは思わなかった。


 楽しいな。


と思っているのも束の間、僕のレパートリーが底をついてしまった。


「ごめん、亜衣ちゃん、もうできる曲がない」

「良いよ。それより、そのギター、なんて言った?」

僕はびっくりした。何で彼女はこのギターがしゃべる事を知っているんだ?

その時、アントニオの声がした。

『おめでとう。宏明は職業【ギタリストの卵】になった』

「アントニオ、それどう言う意味?」

とアントニオに訊いた。

しかし、アントニオは沈黙したままだ。呆然としている僕をみて、

「そのギター喋っていたんでしょ。このカホンも喋っていたんだよ。初めは私の職業は『なんでもない』だったんだけど、いっぱい練習してライブやってたらいつの間にか、今の職業になってた。だから宏明も何か言われたんじゃないかと思ってさ」

「うん。いま【ギタリストの卵】って言われた。そしたらアントニオが黙っちゃった」

「喋る楽器はオーナーが何者かになると、喋らなくなるんだよ。おめでとう。君は【ギタリストの卵】になった」

そう言う事なのか。僕が何者かになった時、僕は何かを身につける。

「これで、明日から学校来れるね」

「え?」

「宏明は知らなかっただろうけど、私と宏明、同じクラスだよ。だから学校おいでね」

僕は自然に「うん」と答えていた。

 じゃぁね、ってお互い手を振りながら帰った。

 明日の授業の用意しないとな。でもその前にちょっとだけアントニオを弾こう。


 アントニオは、これからも僕の側にいる。

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