第24話 独善の正義

 日は暮れているというのに、軍団の経路に罠など仕掛けて移動を繰り返すうち、30分弱。


「困るんだよねぇ、始末屋。

 僕らの予定を乱して、プレイヤーなら一丸になって戦おうって気はないの?

 もっとも、君みたいのと肩を並べるとか、虫唾が走るんだが」


 渓谷に一足早く着いて、途中から尾行されているのは知って、放置していたら、痺れを切らして出てきた。黄道級ホルダー、カドクラだ。


「俺のストーキングとかしてて、暇なんですか」

「こっちを見ろよ」

「!」


 彼はカレンの腕を掴んでいた。

 その首に剣を突き付ける。


「動くのをやめろ、そうすれば彼女に危害を加えない」

「なぜ、人質なんて取る」

「こっちはさ、牛人どもを皆殺しにしなきゃならんの。

 のにこっちも聞き分けが悪い、協力を拒まれたところで、てめぇが変なことをしている」

「目的と手段が違くない?」

「違くない。違うのはお前の方だろう、敵の衝突も待たず、罠なんぞ張って足止めか」

「……かもね」

「お前は、ネームドの肥やしになってりゃいい。

 諦めろよ」

「そうかい」

「牛人やオルタナに肩入れして何になる?

 ここは所詮ゲームの世界だろ、あんなものに命なんてあるとか、本気で考えてんの」

「強引な衝突を繰り返せば、どこかでプレイヤーが反感の代償を支払わされることになる」

「ならない、その前に亜人は滅びる。

 ここに、なにも残りはしない」

「そうまでして、殺したいか」

「ほかになにが楽しくて、生きられる?

 お前も契約紋で女を侍らせて、好き放題してきたじゃないか」

「ちがう、アスカは――」

「黙っていろ!」


 カレンの手首に疵をつけた。あの程度で死にはしないが、ポリゴン質に入った欠損が、見るからに痛ましい。

 アスカはこいつあとで必ず私刑に処すと、内心に誓う。


「安心しろ、俺はプレイヤーを殺さない。

 殺すのは紛い物どもだけだ。

 お前なんぞの下策とは違う」

「そう……そうだね」


 アスカは罠を設置する手を止めて、立ち上がる。

 結局固定できたのは、林や道に、総数で27といったところか。……ミユキを連れて、急いできたらしい。


「うちのギルマスや、連合の意図に歯向かおうってなら。

 お前はプレイヤーの敵だ」

「タカ派はこれだからやなんだよ――!?」


 剣先から魔法陣が飛んできて回避したが、それは足場に領域を形成するタイプらしく、完全な回避は間に合わない。

 災鴉を呼んで、足場を離脱しようとするが、それさえ潜んでいたモンスターらに噛みつかれて、動きが鈍る。

 アスカは地面に叩き落された。


「ひとりでやらないでくださいよ、カドクラさん。

 こいつには、俺たちも恨みつらみあるんですから――」


 林の方から、プレイヤーが下卑た笑いを浮かべて現れる。

 アスカへの嫌がらせのためだけに、加勢した。


「お前を殺すのは、俺たちじゃない。

 俺たちは人を殺さない、薄汚い人殺しに、ここで引導を渡してやる」

「その剣、そのものが今、黄道級の力を宿している。

 不思議ですね。天秤と剣を握るアストライアは、目隠しをしているんですよ。けどその剣の柄にあしらわれた乙女は、目隠しが外れている。

 あんたの独善で、正義を侍らせた」


 そして黄道級には、おとめ座もある。あれにもアストライアが適応される場合があるが、この世界の黄道級でその枠を担うのは、ペルセポネかもしれない――などと、身に迫る危険と裏腹、呑気な想像を働かせるアスカだった。


「プレイヤーキラーたちにだって朋友がいた。

 お前が俺の仲間を手にかけた……あいつらが悪かったとか、変わってしまったとか、関係ないよ。お前みたいな、正義屋を気取ってるのが、一番気持ち悪い」

「まぁ――これでもね。

 間違ったことを、したつもりはないよ。

 手段は下策じゃあったし、あんたのお友達が誰だったか知らないけど、

「そうか。後悔していたら、それこそ話の前後などどうでもよしに、殺してやっていたが……運のいいやつだ。

 楽に死ぬな」


 身体に力が入らない。

 アストライアの魔法陣に、特殊な効果があることは明白だった。


「跪け、絶望しろ。

 そして柱の軍団と、お前はそのまま戦うんだよ。

 ――力が入らない?

 お生憎だな、それは貴様が手にかけた数、業そのものだ。

 それでもしまぁ死んだとして、それは、そうだろう?」

「……やってくれるじゃん。正義の味方然としないけど」

「俺たちはお前を肥やしに、その先へ進む」


 カレンが泣いている。

 動きの鈍いアスカへ、プレイヤーたちがモンスターを遣わし、自身らも殴る蹴るの被虐へ加わった。


「ほどほどにしておけ。

 俺たちにはアガレスを攻略する、ミッションが残っている」

「やめてください、アスカにひどいことしないで!」

「君もしたたかだね、カレンさん。

 我々のところに来れば、うちのアメリアだって、大いに歓迎したろうに、こんな男にほだされて」

「カドクラさん、どうします?」


 部下が訊くと、彼は首を振る。


「下手な動きをされても、面倒だ。

 アガレスは、ほかの連中に任せておいてもいいからな。

 俺は一度本営に戻って、彼女を保護させてもらう」

「放してください、アスカが!」

「彼のことは諦めろ。自らの業を、彼自身が贖うだけだ」

「贖うって、ふざけないで!?

 みんなアスカに全部押し付けたのはあなたたち――」


 そこまでで、彼女は気絶した。

 延髄に一発、器用にくれている。

 アスカも動けさえすれば、反射的にカドクラへヤドリギの何発か見舞っていたが、それができない。


「ッ、魔法陣ごと土地に、縫い付けられたか!」


 機能し続ける魔法陣、それが選択する範囲結界内で、アスカは動くしかない。当然ながらここからカドクラに、アスカの攻撃の射程は届かないよう設定されており、かつ、彼の各種ステータスにはデバフがかかっていた。本来、レイド対象なんかにお見舞いするような大技のはずだ。そして効果の継続時間はおそらく15分と見立てる。このままだと、プルソンの軍団にほぼ無防備で真正面からぶち当たる。アスカが単独で動いた時点で、連中はそのつもりだったろう。

 そして――プレイヤーらは、アスカを置き去りに、立ち去って行った。


「カレンに――手をあげたな、あいつ。

 殺そう……どっかで必ず、殺そう」


 世迷いごとをぼやくも、ひたすら空虚だ。

 デバフは人を殺した数でカウントされ、相乗するらしい。

 具体的な数は数えるのをやめたからどうでもいいが、一部のNPCどもを含めて、60人はくだらないんじゃないのか。


「レベル自体はそのまま。

 これで、ステータスはレベル20相当に落ち込んでる――命は数だったか」


 アンガーをいたぶったときを思い出す。自分で言ったことだ、力を喪ったとき、代償を支払わされる。

 自分の言葉の正しさなんて、そんなに信じ切っていないけど、呪いのような言葉ばかりは、具現してしまう。

 暴行を受けた後、その場に転がっていた。

 誰かがやがて、近づいてくる。

 頭を抱えながら、上体を起こした。


「カリンちゃん?」

「はい。

 ……遅れてすいません、見つかるわけにいかなかったので。

 でも、助けに来ましたよ。

 占星術士のスキルがあれば、黄道級の術式なら干渉をすこしは和らげられるはずです」

「――、どうして」

「キノにはまだ、あなたの力が必要なんです、私にも。

 教えて欲しいこと、まだまだたくさんあるんですから」

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