第23話 隠密

 カレンが天幕の中へ入ってくると、あわせるようにハーヴェイは語った。


「きみは亜人とプレイヤーとどちらが大事なんだね」

「プレイヤーだ。……この世界に現れた、すべてのプレイヤーだよ」

「ほう」

「第二次世代をカモに、肉壁にしたなんて物騒な連中がいるらしい。彼らの先達として、守る義務があるんじゃないか。

 本当の強者なら、それぐらい」

「君からノブレス・オブリージュとは、驚いたな。プレイヤーから品位を奪い続けてきたのは、ほかでもない君だろう」

「――ゆくゆく、彼らとの折衝は避けられない。

 早急に現状を改善する必要がある。

 本気で攻略を遂げたいなら、彼らの協力も得るべきだ。上っ面で利用するだけなら、そのぶん彼ら自身が障害として立ち塞ぎかねない、プレイヤーの総体が彼らとは真摯に向き合うべきだ」

「彼らは我々のリソースを食い潰す弱者だ。

 取り分け性能面で、我々と大別されるでもない。だったら黄道級ホルダーと既に修練されたプレイヤーを重点に強化し、固有契約紋を徴集する。

 一刻も早い攻略のためというなら、我々が強くなることこそが、彼らへの貢献だ。

 育成は我々の仕事ではない。

 ……来たか、カレンさん」


 アスカも振り返る。彼女は、居心地悪そうにしていた。


「ソロモン級の柱を討伐する、そういう話だったですよね。二柱目を呼び出したって、本気ですか」

「それについて、ちょうど彼とも話していたところなんだけどね。

 彼の提出した進行経路予想を元に、軍団を牛人の集落へ誘導する」

「それって――」

「上手くやれば支族長筋を誘き出し、固有契約紋を奪い取ることができる。彼らが我々へ協力する意志を見せないのだから仕方がない。

 外の連中も、これなら納得してくれるはずだ。

 牛人もソロモン級も討伐できて、一石三鳥といったところか」

「そんなに……上手く行きますか?」


 カレンは怪訝そうだ。


「問題ない。ほれ、我らが黄道級ホルダーのお出ましだ」


 二人の背後に現れた青年は、冒険者然とした機能的なオリハルコンを一部には織り込んだ、アーマーベストを着込んで、帯剣している。


「牛人と競わせ、程々に消耗したところで、アガレスの本体を叩く。プルソンも順当だ。進行の速度に差はあるが、二本の柱はどちらも村落に集まる。

 あそこは渓谷に挟まれた土地だ。塞げば敵を逃さないし、本体は柱から遠くないところに必ず居るのだから」

「理屈は通る。けど」

「なにかな」


 アスカは怯まずに言う。


「亜人のオルタナたちを敵に回すと、長期的に見て、攻略の障害になりうる。渓谷に追い込めばいいなら、集落の手前に陥没地とそこにできた泉がある」

「――、それもまた正論だ。

 そして我々は、君の意見には従えない」

「なぜ?

 あんたらは固有契約紋に拘っていないはずだ。

 より効率のいいものを狙えるなら」

「先に来るプルソンを君に任せる。

 アガレスはじっくりやりたいんだ。

 ヤドリギ、だっけ?

 いつものチートパワーでちょちょいとやってくれよ、できないなんて言わないだろう」


 カレンが抗議しようとするのを、アスカが制する。


「無駄だ」

「――あなたたちは」

「その男はなぜ今日まで、プレイヤーとの歪な主従を続けている?

 女を支配したい、浅ましい欲がなくて、ほかになにがあるというのかな。

 カレンさん、始末屋くんの態度がいけないんだ。人が人を侍らせる、紛い物のオルタナならとかく、彼の侍らせる少女は『プレイヤー』だ、どうかしている」


 そこまで言われると、もはやカレンもなにを言っても意味がないと肩を下げる。


「我々にも保険はあるんだよ。

 始末屋くんもそういう一人じゃあるけど――その力、過信しないことだ。

 そもそもアガレスについては、君のせいで現れたんじゃないのかね。この辺の地域は本来、我々の管轄じゃない。

 そのヘリオポリスどももそろそろだろうが、あれは人が多いぶんに足並み揃うのが遅いから、我々がいち早く駆り出されたわけ」

「アガレスに便乗しておいて、どの口で」

「そもそもさ、元凶は誰だよ」


 ハーヴェイはアスカをせせら笑う。


「黄道級やネームドで、柱の顕現に作用するのは、きみの使徒級しかいない。あれは対応モンスターの所有者に近い場所から誘発されるというのが、大方の見立てでしょ。

 プレイヤーやオルタナを死なせたくなければ、君自ら身体を張るべきだ」

「ソロモン級、一体あたりにプレイヤーで40人体制、各自が契約紋のスロットをすべて解放できていても、現状では苦戦する」

「敵は準備なんて待ってくれないから、このような事態になっている。それこそ君には、君流儀であれと戦う義務があるんじゃないの?

 まぁ、君が斃れて手に余るときは、我々が引き受けてやらなくはない――それは下策だと覚えておきたまえよ」


 恩着せがましい男だ、そして自分たちのギルドは、始末屋などというソロプレイヤーよりはるか上位のものだと憚らない。

 彼らの作戦は既に固まっている。

 牛人、そしてそのオルタナがいる村落を犠牲に、ソロモン級の軍団から素材を回収しよう腹だろう。

 彼らの実力なら、けして甘い見立てではない。

 オルタナや十二支族を犠牲にしても構わないなら、というかっこつきで。

 ……プレイヤーがゲーム世界で、紛い物の命を守る必然などどこにある?


「ゲーム攻略はこれで終わりじゃない。

 長期的なソーシャルの構築を、念頭に入れるべきだ」


 アスカは必要なことは言った。

 しかしハーヴェイは、既に彼を向いていない。


「カレンさん。うちへのスカウトの件、考えてくれるかい。

 うちの団員なら、素材で君に不自由はさせない」

「あぁ……もう少し、お時間をいただけませんか」

「構わない。色よい返事を期待しているよ」



 あの場で彼女が断らなかったのは意外だった。


「今は下手なこと言って、目を付けられたくないから。

 それだけだからね? 変な勘違いしないで?」

「まだなにも言ってない」

「――、ごめん。

 ほんとはアスカに会ったら、話したいことあったんだけど……」


 そうか、彼女、アービターへの勧誘を受けていたのか。

 あそこにも女性プレイヤーはいるし、けしてカレンを抑圧するような環境とは限らないはずだが……もやもやしてしまうのは、なにに対する嫉妬、なんだろう?

 嫉妬だとわかるだけ、マシなものかもしれない。

 感情を表現するということ自体、そんなに得意じゃないのに、キューリが死んだ頃を境にして、それを言葉でどう伝えるべきだったのかとか、やたらとよく考えるようになった。

 遅すぎるけども。


「お嬢さん、ちょっといい?」


 天幕から出ると、中にいた黄道級ホルダーもすぐ出てきた。

 ハーヴェイと話があったかと想えば、どうやらカレンにご執心らしい。


「なんです?

 黄道級ホルダーさんですか」

「カドクラだ」

「カドクラ――あぁ、天秤座を使役するってひとか」


 言いつ、アスカが彼女の隣から一歩前に出て牽制すると、微妙な顔をする。


「始末屋、だっけ。

 俺はカレンさんに用があるんだけど?」

「やましい話でないなら、ここで済ませばいい」


 アスカは薄笑いを浮かべた。


「空気読まないな、きみ」

「話はどうしたんです?」

「個人的なオーダーだ、君には関係ない」

「アスカ――話終わるまで、その辺にいて。

 見ててもいいけど、こっちの声が届かない範囲で」


 彼は肩を竦め、ふたりが見えるが声の届かない程度、木陰へ移動する。ミユキとネーネリア、そしてピシカも直後、アスカのところへやってきた。アスカは向こうのふたりから、視線を外さない。


「本当にアスカさん、カレンさん一筋ですね。

 その愛情の一片でも、ミユキさんやこっちに傾いてくれません?」


 ネーネリアの言葉に、代わりにあるものを突き返す。


「プルソンの進行図だ。

 ……ここからはプレイヤーと別行動をとる、キノとカリンにも共有しろ、そしてここにいるほかの誰にも喋るな気取られるな」

「難易度高くないですか」

「できないと?

 これほどの信用の証もないだろう」

「信用――もう、しょーがないですね」


 照れながらマップデータを受け取るネーネリアは、あっさり懐柔されている。


「ちょろいな」


 ミユキがそんな二人に呆れていた。


「それと……たとえ俺がどうなっても、全員で生き延びろ。

 場合によったらミユキの契約も外す。今回はかなり不味い」

「!」


 そして看過できない言葉に見開く。


「プレイヤーギルドに、何かあるんです」

「仕組まれたよ。

 ソロモン級、一柱目のアガレスは偶発だが、二柱目は、俺の対処能力を超えると見越して、アービターではわざと暴れさせるつもりだ。

 進行図の渓谷に牛人の集落があるだろう――軍団すべて誘導して、あいつら諸共、逃がさないつもりだ、皆殺し」

「正気です?」

「理屈としたら通る」


 アスカとミユキは当たり前のように話すが、オルタナのネーネリアたちは血の気が失せている。


「そんな……ひどい」

「亜人だから、ですか」


 アスカはピシカの言葉に苦々しく頷いた。


「ピシカ、ネーネリア。

 俺はそれをさせたくない。

 お前たちの力が必要だ、渓谷にいる連中に、柱の軍団の侵攻を伝えて、どうにかしなきゃならない。

 最悪、避難させなきゃならん。

 ただし、気づけば軍団の侵攻と逆方向に逃れることは、どいつも予測がつくから。

 おおよそ塞がれるだろう街道には、プレイヤーギルドで結託して封鎖網を作ってるはずだ、ソロの俺たちには公示されない――それに接触しても、虐殺は免れないだろうな」

「プレイヤーさんはどうしてそんなに、壊したがるし、殺したがるんです?」

「俺だって、気持ちは同じようなものがあるよ。

 この世界はプレイヤーから、今なおあまりに多くのものを奪っている。プレイヤーはこの世界が嫌いだ。

 そんな都合を、君たちが知る必要はない。

 俺やミユキ、カレン以外のプレイヤーは基本的に敵だと考えろ。ヘリオポリスが渓谷付近に駒を進めれば、話は変わってくるが、穏健派のプレイヤーにきみらが接触し、保護する前に、ここにいる連中は亜人どもを狩り尽くそうと動く。

 ミユキ、彼らについていけ。

 避難経路は即応で、盗賊シーフの隠密と斥候技術が必要になる。観測と立案、同時にやるんだ。

 できないとか言わないよな?」

「やりますよ、そのぐらい。

 でアスカさんは、どうするんです」

「ほかのプレイヤーに気づかれる前、プルソンの柱を、村落に侵入する前になるべく足止めする。

 プルソン本体も捜したいが、そこまでうまく立ち回れるかわからん。

 どのみち使うしかないだろうな、ヤドリギを――住民に被害が出た時点で、俺の負けだ。

 けど……なにがあっても、諦めるなよ。

 命あっての物種って言う、牛人をひとりでも包囲網から逃がせれば、の勝ちになる、そっからは、マリエさんと合流しろ」

「このこと、カレンには?」


 アスカは目を細める。


「俺が、自分で伝えるさ。

 彼女はネームドたちに見込まれて、迂闊に動くわけにいかない。……プレイヤー間の不和は、拗れる。

 ヘリオポリスとの仲介には、あの子がいたほうがスムーズだろうけど、如何せん人目が多すぎるよ。

 今回は無理だ、彼女の力まで借りられない。

 とにかく、気づかれないうち、手早く頼んだ」


 ムルムルが動いたのも、プレイヤーがソロモン柱の誘発を行ったからだと考えるのが自然だとアスカは言う。


「柱が同時に二体顕現する、これはプレイヤーにけして好ましいことじゃない。

 総体のキャパシティを超えていると、軽んじられているかもしれないし、警鐘を鳴らされたのかもな……真意はいざ知らず」

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