第25話 精霊級
「カレンさん――大丈夫ですかね」
アスカは彼女の生命そのものには、危惧していない。
「あいつらは理不尽だが、狂人ではないよ。
カレンのことはことが終わるまで、丁重に運ぶんじゃないかな。本当はすぐにでも、そっち取って返したいが」
「亜人さんたち、助けるんじゃなかったんですか?」
「クソくらえ――亜人なんて、どうにでも」
「それ、ネーネリアやピシカさんたちに言えます?」
「……だね。
守りたいのはそうだよ。
でも、俺にはあの子以上なんてない。
キノ君が、君に焦がれるのと同じことだろ」
「愛してるんですね。
でも……そしたらミユキさんは、どうなんです?」
*
本営へ急ぐカドクラの前に、ミユキが立ちはだかった。
「カレンを放してください、ゆっくり」
「始末屋んとこの、プレイヤーちゃんじゃないの。
にしても、道理の通じない」
「あなたはカレンに危害を加えた、それで敵じゃないと?」
「俺が言ってるのは、きみのことだ。
なぜあんなプレイヤーキラーに付き従っている?
上位調教で縛られているとはいえ、ここでは彼の目も届かないはずだ。本音を言いたまえよ」
「あの人から大切なひとを奪ってしまったその日に、生まれ直したんです。
あの人の剣になると、誓いを立てた。
誇りなんて馬鹿にしてきたような、私が――あのひとに自分を認めさせたいって……」
「酔っているのか?」
「いいえ。いたって本気ですよ、今だって。
だからあの人の大切なひとを、奪わせない」
「たとえ俺が、黄道級を使役しても?
まともにやり合ったら敵わないんだから、見過ごすのも手だよ。彼女を本営に届けるだけだ」
「むかつくんですよ、なにも知らないあなたに、アスカさんを喋らせるのは、つまらない」
「なんと」
ふたりが岩だらけの足場に身構えたとき、上から声が降ってきた。
「――こんなところで油を売っている時間はないはずだ。
なにをまどろっこしいことしてる」
「「!」」
ミユキが気づいて、後退すると、カドクラの頭上を影が覆った。カドクラはカレンを抱えたまま、迎撃に移る。
「土属性の攻撃か!?
しかも一撃一撃が、纒の武装で受け流しているのに、“重い”。
ここまでできるプレイヤーなんぞ、ネームドや黄道級ホルダー以外に」
「いるに決まっているだろう。
世界に属性ごと一体ずつの五行が存在する、“精霊級”だばーたれ」
「っ、くそ、片腕では庇いきれない――わかった彼女は返そう!」
カレンを手放すと、彼女は気絶したまま、影のオブジェに抱き留められ、それを使役する主人――崖の上に立つ――のもとへ戻っていく。
「……力押しとは、恐れ入る。
あんた、始末屋を庇いたてるのか?」
「それはちと違うな。
俺はそっちの生娘に用がある。
ついでいうと、きみ、彼を散々裁いた後だろう。
俺たちはこれ以上、きみに危害を加えない。
代わり、きみはとっととアガレスのところでも行きゃいいの。
端的に言ってやろう――失せろ」
アキトはそこに絶対強者として君臨する。
そのようなあり方、強者を讃えるギルドの気質もあって、平時なら実に香ばしく好ましいが、敵として構うと実に厄介な相手なのは確かだ。
「そうさせてもらうよ。
一杯食わされた……あれ、意外と人望あるのか?
まぁ、やりたいことはやったし」
カドクラは身を翻し、もと来た方角へ飛んでいった。
「兄さん」
「愚かな妹――あの男を好いたんだろう。
あれが、お前に振りむかないとしても」
彼はカレンを、土の精霊に運ばせる。
それそのものは影で、実体はないのに、外のものには磁場でも働かすのか、きっちりホールドしていた。
「なんで、来たんです」
「あの男に、頼まれた。
プルソンの足止めに、人足が必要なんだと。
……それから焼きいれるためにな」
「え」
「お前を立派にしたのは、あいつだ。
俺にはできないことだった、称賛するよ。
いやまったく――」
兄はアスカの技量を気に入っていたはずだ。
それが、焼きを入れるという一言から途端に物騒に聞こえるのはなぜか。
「あの男と合流する」
「待ってください、まだ避難が」
「亜人の退路は、確保してある。
俺の精霊なら村落の近場、地下を短時間で掘ることは易い。
マップはいま送った。これを動いている、お前の仲間たちと共有しろ。説得からの工程を、これで短縮できるはずだ」
「! ――、すごい。ありがとう」
「俺に、礼なんて言うのか。
これまでお前を放っといた、俺に」
「でも、来てくれた。兄さん」
ミユキが微笑むと、アキトはあきれたように嘆息した。
「行きます」
*
なにかが渓谷を通過する。
アスカとカリンは身構えた、さっき彼をこの場に縫い付けたばかりの男が、この場を素通りしていく。
「なにもされない。
アガレスの方へ、向かったか」
「みたいですね。素通り……カレンさんの様子も気になります」
「――、すまないな。
俺が、こんな頼りないばっかりに」
「アスカさんは、みんなを守ろうとしてくれました。
キノも避難誘導が終われば、こっちに向かうはずです」
「そいつは、頼もしい……」
彼の声は弱い。
「いつもの、誰に憚らない物言いはどうしちゃったんですか。
しっかりしてくださいよ」
「――、疲れた」
「じゃあ休んでていいですから。
動けるようになったら、言ってください」
「ありがとう」
直後、ミユキとアキト――珍しい面子が、現場にはせ参じる。
「お――おぉ」
アスカは驚き、恐縮した。確かに急いで呼びつけたのは、自分だったが。加えて彼の使役する影に、カレンが抱えられている。
「カレン!
あんたが、取り返してくれたのか」
「アスカ君。
きみ回復術使えるんだっけ、さっさと彼女を治してやるといい」
「……あ、あぁ。
悪いが、こっちに連れてきてくれ。
天秤座の結界に捕まって、満足に動けない。
それぐらいならできるはずだけど」
「ヤドリギは?」
「あんたも知ってんのか。
使えないよ、デバフで筋力値とMPが足りない」
「ならよし」
「なにが?」
「いやこっちの話だ、早く彼女の傷を癒せ。
すべてはそこからだ」
そして術の付与が終わったなら、途端拳が腹に突き刺さる。
「!?」
「これは妹を泣かせる分。
それとも一発」
「ごっほ――」
「おのが身を顧みないことに」
せき込んで、アスカは言う。
「んなの、あんたに関係ないだろ」
「いいや、あるね!
文句があるならかかってこい!」
挑発された。
アキトの現在のレベルは、育成を熱心にしないため、80台前半だそうだ。
ミユキやアスカは90を越しているが、アスカには現在デバフがかかっているわけで、彼の拳の一発さえ、なかなか重く刺さっている。
理不尽に感じたから、取り敢えず殴り返す。
反撃を受ける。
「いやこんなことやってる場合じゃないだろ!
プルソン来るんだぞ!?」
「それがどうした」
「それもそうか……」
なんだか拍子抜けしてしまった。
危惧していた敵の群体なんて、来るときは来てしまうわけで。
いや、納得してどうする。
「いやふざけんな、もっと丁寧に説明しろ。
大体ミユキのことなら、本人にやらせろよ!」
「ついで俺の憂さ晴らしだ!」
「死にたいらしいな!?」
「やんのかァッ!?」
勝手にヒートアップを始める喧しい男どもを前に、女子らは唖然としていた。ついでにカレンの方も騒ぎに困惑しながら覚醒する。
「なんなの……あれ、私どうなったんだっけ」
せっかく愛しの相手が目覚めたというのに、アスカは格闘にかかりきりだ。
どうしてこうなる?
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