第15話 証拠
カリンはキノの腕の中で、すでに起きていた。
「……ありがとう。なんだ、私のことは助けられるんじゃん」
少女は勝気に微笑んでいる。少年は悔しいともうれしいともつかないぐしゃぐしゃの顔を作って俯く。
「――いやいやいや、最高だよ。
そしてひとまず、僕の負けってことでいい」
「……なに?」
煙の向こうから、アキトはふらふらと笑いながら戻ってきた。
気色悪いったら、ありゃしない。
「君が僕に媚びようとか考えてたら、僕は君を殺していた。
弱者ではお話にならん――でもねぇ、人間ってのは根本的に弱いからこそ、頂上を目指す意欲を持てる。
俺は俺に媚びる人間より、自らの手で勝ち取ろう者をこそ称賛するのさ。
あぁ……すっきりした。アスカくん、ついで今夜は俺に抱かれてくれない? 悪くはしてやらない」
「無茶苦茶な人だな、丁重にお断りします」
負けたはずの奴が、もっとも清々しい顔をしている。
ほかのみなは、彼に終始、調子を狂わされてばかりだ。
……なんで最近、掘るだ掘られるだ、そんなクソみてぇなやり取りが連続するのだろう。こちとら男色やら衆道趣味はないのだが、アンガーといい、この男といい。
ひとまず、アスカは問いただす。
「あんたはなんのために、ここにいる」
「この施設はね、契約紋を解析するテクノロジーを具えている」
「!」
「ここを利用すれば、生きた霊長から、固有契約紋の複写も可能になるんだ。
ただしその制御には、
僕は最近になって調律士を解放できたばかりで、枝集めに難儀している。
もっとできる人がいるなら、そっちにやってもらいたいところだが」
「固有契約紋の複写、どうやって。
大体なにに複写するってんだ」
「『ゲノムボード』って生体電位記録のアイテムだ。
これまで用途がわかっていなかったんだが、比較的簡単に入手できる。
そしてこれを使えば、十二支族の契約紋、彼らを生かしたまま、無傷で複写できるのさ」
「すると――けどそれで、ピシカは十三支族目の固有契約紋など、持っていなかったはずだ。少なくとも俺と行動していたときは」
「いいかい、この世界では霊長に至る資質を持つものから、契約紋に選ばれる。後天的な覚醒も含めてだ。むろん血統による分岐はあるが、きみのペットは、きみと行動することで成長していた。君の契約紋、そしていまの彼女を、見較べてみればいい」
半信半疑、怪訝な顔をして、アスカは連れてきた仲間たちと見合わせた。もはやアキトに、敵意はない。
「アスカさん、ピシカが!」
培養槽の前にミユキが立っていて、彼女の目がうっすらと開くのを見ていた。
「それは非人間のための調整槽だ。亜人だから、彼女の保管と調整がかなった。行き倒れていたからな――昏睡は、アスカ君、きみとの契約が切れかけていたことが原因だろう。本来の有効範囲を大きく逸脱していた」
「――彼女を助けてくれて、うれしいよ。
あまり素直に感謝して差し上げられないんだけど。
あんたはなんのために、契約紋を捜す。
やっぱりあんた、俺と同類だな。
人を殺したことがある、大方はここに迷い込んだプレイヤーか?」
「迷い込んだ、ねぇ。
そんなお行儀のいいやつなら、殺す以前に話は聞いてくれるって。
話し合えない相手から、君だって始末せざるをえなかったんじゃないの。
僕だって、手を汚してまで人の恨みを買っていられない。
この通り、やりたいことは沢山ある。
……どのみち、プレイヤーはこの施設の強奪をもくろんだり。
いざ明け渡すと、そいつらが研究を適切に運用し続ける保証がない。
僕は見ての通り、ぼっちでね。
外部からの援助や協力者は必要だと想っていた。
僕はね、誰が星辰の契約紋にたどり着こうが、正直どうだっていい。
研究職に振りすぎて、僕のテイマーとしての実力なんて、たかが知れている――きみたちを引き留めない、けれど、ここにあるものが円滑な攻略、支族の固有契約紋収集に、どれほどの役に立つか。
わかるなら、忘れないでいただきたい。
僕はアスカ君、君ならいつでも歓迎しよう」
そうしてアスカを絶賛するかたや、青年は最後まで妹に淡白だった。
*
アスカのアイテムホルダーには新たに記載されていた。
【ゲノムボード(複写固有契約紋:猫人族)】
「……これが本来の、契約紋の集め方だってのか」
碌な男ではなかったが、ある意味、固有契約紋の回収にはもっとも合理的かつ人道的な手立てを持っていた。生贄を必要としない、攻略法がある。これは攻略を目指すすべてのプレイヤーにとって、重要な手掛かりに違いない。彼はその情報をプレイヤー連合に持っていくことを、アスカらに許した。尊大な態度ははなについたが、恐ろしく冴えている。
こちとら、半ば手玉にとられたようなものだ。
キノらの顔色は晴れない。
「信じるんですか、あんな奴の言葉を」
「こうして証明を、渡されてしまっているからな。
大丈夫かい、ピシカ?」
「アスカさん……やっと……私、戻ってこれました」
抱かれて彼の頭へ愛おしげに獣耳を擦りつける、褐色の猫亜人。
霧の外に出るまでは、しばらくこのままにしておく。
「でもあいつ、なんか裏があるんじゃない?
俺たちを罠にかけようってのかも」
「胡散臭いことは認める。
それとああは言っても、人間嫌いなんだろう。
空気読めないし」
どこぞの誰かの血筋かと、アスカは想ってしまうが、それを目の前で本人に言うのは、よろしくない。ただでさえ、意気消沈していた。
「ごめんなさい……」
「ミユキのせいじゃないから。
どのみち、ここに来るしかなかった時点で、あれとは必ずぶつかっていた。
ギルド連合にはこのことを報告するとして、信憑性については……現状、これ以上を誰も確かめようがない。
それより――カリンちゃん、なんだか巻き込むみたいなかたちになって、ほんと申し訳ない」
「いいえ。私はこうして無事なので。
皆さんに会えなきゃ、今頃キノも私も死んでたですし。
ねぇキノ」
「――、そう」
少年は渋々、希薄な返事をする。
アスカはピシカをお姫様だっこしているが、おかげでずいぶんほっとしていられた。
「ようやくお前を、取り戻すことができた。
……ありがとう、生きていてくれて。待たせてごめん」
それはこの殺伐とした世界で彼が培ってきたものが、新たな価値を携えてめぐってきたということであるから。
かたや、ネーネリアなどは沈んでいた。
アスカとピシカを見るミユキを見ると、もっと気分が沈んだ。
私はこの人達に、愛されても、求められてもいないのか。
そのことを、悩みだしている自分がいる。
自覚できているだけ、マシかもしれない。
ミユキは彼女を、人紛いと呼んだ。
(なにが――私のなにが間違ってるって、言うんですか)
自分の存在が、足元からぐらついていく、不快感があった。
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