第14話 抜け道
これは碌なことにならないと、その場のほかの三人はすぐに確信した。
対峙するふたりの間には、露骨に張り詰めた空気がある。
「なんと――生きていたのかよ、ミユキ。
ひ弱な生き物とばかり想っていたが、前よりはマシな顔になった。
……可愛げがない身勝手臭さは、相変わらずだ」
「あなたは――こんなところでなにをしているんです」
互いがあからさまに憤っていた。
アキトには多少なり、成長に対する驚嘆もあったようだが、ミユキからは敵意しか発露していない。
「アスカさんの、ピシカちゃんまで、あんなところに閉じ込めて」
「これだ。お前の話はつまらない」
やんやんと言わんばかりや、彼は首を左右に振ってコキコキ鳴らした。
「勝手に生きて勝手に死ね、俺はお前の面倒なんぞ見ないぞ」
「――」
それが実の兄が、妹へ差し向ける本音だというのだから、嘆かわしいことこの上ないが、周りは黙って、アキトを睨んでいる。
結局この場で、もっとも胡散臭い男は彼に違いない。
(ピシカさん――猫亜人、もう一人のオルタナ。
アスカさんのところにいた、オルタナ?
どうしてあの水槽みたいなとこに)
情報量の多さに、ネーネリアは戸惑っている。
本当は右往左往なのだが、今度ばかりは空気を読んで、黙っていた。
「刺青人皮って知ってる?
どうやら、第二次世代のほうのサブカルだそうなんだけど。
囚人の皮を剥いで、宝の地図にするらしいよ。
――で、本題。十二支族の契約紋、集めろ集めろ言うけど、これって支族長縁者の筋の生きた契約紋の皮が要るんですよね。
単に契約紋の資質を持つ亜人を十二人ひとところに集める、だけでは無効ってのが最近になって、わかってしまった。
結果的に生皮を剥いで、維持する必要がある。
十三支族目の彼女のも、シークレットとして囚われうるんだ。
生きたまま、その皮を剥いで、標本でも作るのかって。
アスカくん……本気でこの世界を攻略するなら、君はきみのペットを切り刻めるかい」
「えげつない話だな。
ミユキに言うことは、それでよかったんですか。お兄さん」
「……するとあれか。君がそいつのご主人。
この世界で最初に上位調教を扱った、人が人を侍らせると知らしめたプレイヤー、始末屋のアスカくん」
アスカは静かに、身構える。
「皮肉か?」
「いいや、結構素直に褒めているさ。
よくやってくれたとも、妹そのものについては『ざまぁない』とも」
「……あんた、何言ってる?」
無理筋がかった賞賛に一時思えたが、どうやらあれは本気らしい。
アスカは血の気が引いた。あれは普通の人間とは異なるある種の暴力的な思考の持ち主、アスカもその同類なんだと嗅覚でわかる、わかってしまう。
ミユキには彼女の弱さなど見せつけられるたび嫌悪感が湧くのに、その兄に対しては、好きではないが、なんとも同情めいた共感さえしてしまう自分がいた。――それが人として間違ったことであるのはわかっている。
でも興奮してしまう。ここに俺の、理解者がいてしまったことに。
結果としては今回限りで訣別するだろうが、それでもいい。
「僕は自分を、利己的な快楽主義者だと断じている。
自分の興味関心のためなら、他者のことなど本質的にはどうでもいい、傷つこうがなんら痛痒はない。その女は俺にはまったくつまらない、それだけ」
アスカはとキノと見合わせる。
「いいとこ勝負なんじゃ? 屑の底辺合戦っつう意味で」
「――、君にはあれと一緒にされるんだな、なるほど」
自戒しようにも、始末屋になったころからして、随分遅すぎたような気もするし、話は続いた。
「オルタナほどの利用価値もない。
でもまぁ、よもや君んとこで役立ててくれてたとはね。
……いつから乳繰り合ってるんだい?」
「それが実の兄が、妹に手向ける言葉かよ。
冒涜的だな」
「その女は他人に依存するしか能がない。
きみも薄々わかっているんじゃないの?
それでも、女として使えるだけは御の字か」
「いくら身内でも、言葉には限度というものがある」
彼はまたしても、肩を竦めた。
「……そうさね。
まぁ、あとは好きにするといい」
「彼女に初期自由職で、
「深い意味はない。結果それを極めた意欲だけは、大したものだが。
俺はお前を、妹などと想っておらん。
お前だってそうだろう?」
「――、そういうひとでしたね」
ミユキは終始、口惜しい顔をしていた。この少女は、普段の口数のなさで損をする。フラストレーションのやり場を、退路を、自ら断っている哀れな動物。
……兄妹であることに責任はないかもしれない。
「義理はあるだろう、せめて果たすべき」
「俺がそれを、完遂できるとか、君ら本気にしてないだろ」
アキトは完全にあきれ返って超然としている。
「そもそも俺がこいつにゲームを勧めたのは、愛想を尽かしたからだ。
こいつは俺に懐いてるでもなく、すり寄って、媚びて――俺の人生、貴重な時間をすり減らしていく。兄妹ってのはつくづく、面倒だ。
ほかのがどうかは知らんが、俺はその女とはぐれて覚醒した時点で、見捨てたようなものだろう。屑だと言うなら構わんが、俺はもう、兄などと言う肩書はとうの昔にうんざりしている」
兄妹なんていないアスカでは、そこまでわかってやれないことが哀しい。
「あんたの妹さん、性格も悪いし、言葉足らずなもんだけど、うちはこのバカ生真面目さを買ってるよ。
……もう止したらどう?
妹も、自分も、貶すような言葉で――守らなかった自分を悪しざまに語るのは」
アスカのそんな言葉を、彼は意図的に無視したように想う。
「キノ坊、野郎をぶん殴る」
「は?」
「手伝え――お前の手で、仲間を助け出せ。
俺がそれを確実にしてやる」
それから、ミユキへ指図した。
「ミユキ、シーリングブレードで影に切りつけろ!
どうせ彼女には当たらない!」
シーリングタイトルの武器シリーズは、非実体エネミーのみを選択して攻撃することができる。
「蛮勇でないなら、俺のほうにも控えたモンスターがいることぐらい、想像がつくだろう?」
「そうだな――悪いがあんたを手放しで、こちとら信用できない」
「ごもっともじゃある」
いちいち同意をつけて頷いてこられると、調子を狂わされる。
まぁアスカも、普段そういうことをしているから、こういうとき人のことを言えないが。
「纒!」
ミユキのユニスライムを自身の手元へ引き寄せる。
螺旋剣を顕現させると、そのまま彼へ接近し、切りかかった。
彼の手前で、なにかと交錯する。
「言っただろう、君のファンだと」
「同属か!?」
「あぁ『解体』の固有スキルはぶつかり合えば、ランクの高い方に押し切られる」
螺旋剣が破砕され、アスカは素手で対峙させられることに。
すると相手の武装した特殊武器――ガントレット状だった――は、『解体』スキルのB-以上を有したモンスターの素材で鍛造されている。
「やはり――きみはやたら徒手空拳に走ると知っていたが。
お次は素手かい。レベルが高かろうと、倍率補正の恩恵も得られまい」
「結果的に、至近距離の敵に対処するには、プレイヤー自身がどこまで肉薄されて対処できるかも問われてしまうわけ。
肉体派じゃないから、限度はある」
「あとは使役する、ユニスライムと絶対支配の無生物。
通常契約紋のスロットは最大解放時に四つ、ところで絶対支配のスロットは、それまでと別枠に用意されているらしいね。
きみのペットは、どうなっている?
絶対支配で増えるスロットは、僕の確認する限りでは、きみのレベル帯でも二つまでだが――エレキビッツは端末二つでスロット一枠を占有か?
なんとまぁ利便な」
「大体、剣が折れたぐらいで、俺が武器を失くしたとでも」
「ウェポンチェンジの暇を与えなければいい。
およ?」
アキトが間髪入れずに切りかかった。
螺旋剣の水色の柄が解除されると、アスカは既にナックルを握っている。
「いや換装早すぎない?
纒なら、自動的に本人の所持する武装と同化されるはずなんだが」
「ユニスライムには、はなから『型』を使わせている。
通常武装によらず、オプションとしての定型を選択して召喚できる」
「だが片手で持てる本人の所持武装には筋力値の上限が」
「一応システム的な抜け道はある。ゆに公は俺じゃなく、ミユキの持ち物だからな。まったく他人の持ち物ではお話にならんが、筋力値は他人の持ち物、というか自分の直接的な持ち物以外に対して、自身の有する武装の筋力値消費の重複を無視して作用する。でなくては大型武装のときなど、アイテムを拾うこともできないよ」
「なるほど、契約紋で孫紐づけのオプション化か!
てっきり形ばかりのものと想っていれば、そんな地味な差別化がされていたと。
その小手先で、死線のリスクヘッジをこなしてきたわけだ!
やはり実戦は一味違うッ――」
アスカのナックルは、彼の頬にストレートな返し技を決めた。
アキトはそのまま、後ろへ吹き飛んで、石壁にぶつかると派手な音と煙を立てる。
「キノ坊っ、どうだ!」
「カリン、しっかりしろ、カリン!」
アスカはアキトの次の一手に警戒して、ボクサーのように即座に身構え直す。
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