第13話 猫派
追ったら結果的に、目的地へといざなわれる形となった。
まぁ、このフィールドでプレイヤーが居つけるのは、実際ここぐらいしかないのだろうが。
「墓所――誘いこまれたのか、俺たちは」
「だとしても、早くカリンを助けないと!」
「まったくその通りだな」
アスカも多少息が上がっているが、後続ふたりが追いついてきたのを確認すると、ピラミッドの下にあった洞穴状の入り口に目配せし、先へ進む。
「ふたりは? 待った方がいいんじゃ」
「既に追いついてきてる。
きみが一番急ぎたいだろう。
……どのみち、みんな乗り込むしかなくなった」
どうせ遅いか早いかの問題で、多少ことをせかされたからと、わざわざ慌てるようなことでもない。
「冷たいんだな」
「ふたりなら必ず俺を見つけるさ。それで俺たちは、生きてこの森を出る。
それだけ」
「――」
すると後のキノは、黙するばかりだった。
内部へと踏み込んだ頃、アスカは気まぐれな話をする。
「オウリとカリンって子、きみとはどういう間柄?」
「友達と、ど、同級生だよ」
こんなときだってのに、恥ずかしがってどもりやがる。
初々しいったらねぇ、と異性には基本関心の薄いアスカでも、なんだか背中がむず痒くなってきた。
「まぁ、石室なりなんなりに続く道なんだろうが――索敵頼む、ダンジョンみたいに、部屋と契約しているタイプの死霊やらアンデッドやら、すぐ出てくるかもしらん。もしくはここに陣取ったプレイヤーのブーピートラップもありうる、進みはのろくなるが慎重にいかなければ、助かるものも助からなくなる。焦るなよ」
「わ、わかってる。つかそろそろ、降ろしてくれ」
言われたアスカは、直後石床に叩き落す。
「……悪意ある落とし方しました?
なんでもないです、はい」
少年は腰を軽く打って、さすりながら立ち上がる。
*
二人がピラミッドの地下に潜ったと察すると、ミユキたちも後を追う。
ネーネリアは愚痴る。
「ミユキさんが嫌いです。……あなたはアスカさんを、叱れない。
どうせ怖いとか、そういうんじゃないんでしょ。
あなたは、あの人の仲間だと言っておいて――あのひとを助けない。ただ従う、下につくだけ。
そんなのなにも考えてないのと、どう違うんですか!
それともなんです、カレンさんなら、代わりにやってくれるとか言うんです!?」
先行するミユキは、非常に鬱陶しい顔を作って一瞥するも、また前に向いた。
「あなただって、私に従っているだけのくせに、随分横柄なこと言うよね。……なまじ人紛いの顔を作るから、たちが悪い」
「人、まがい?」
それが侮蔑的な言い回しであるのは、すぐに察したが、――ミユキが、そしてプレイヤーが、それまで自分に対して想っていたことなのだと、今ようやく実感して、やるせなくなる。ネーネリアは静かに涙を流しだした。
ミユキは前を向いたまま、言う。
「上位調教。人が人を侍らせる。
……あなた本当にその意味、自覚できている?
自分が甘んじるなら、そのぶん負担は主人に行くの。
えぇそうだよ、これはあなたなんかの話じゃない――私がアスカさんにしてきたことだよ」
*
「結局、一本道でしたか。
――あれ、なんです?
なんか奥で、光ってる」
アスカも彼の言葉に頷き、先行し、見開く。
そこには蛍光に発色する培養槽のような装置が設置され、中でなにかが眠っている。
「そんな。……どうしてここに、この子が」
「知ってるんです!?
そのケモ耳の」
「あ、あぁ」
アスカはまだ、半信半疑なようだった。
「――そう。まさか飼い主に、ご足労いただけるとは光栄の極みだ」
「「!」」
男の声がして見上げると、都合よく茶番のために用意されたような段差上に、声の主、元凶がいた。
その傍らには、先ほどのものと同一とみられる影と、それに囲われ気絶したカリンがいる。
「カリン――てめぇ、カリンを返せ!」
キノが吠えた。
「返す前に、いくらか君らに聞かなきゃならないことがあってね。
別に君らが野垂れ死のうが、見逃してやってもよかったんだが。
――それ以上に、そこにいる『始末屋』の彼、僕はファンなんだ」
「結局、あんたのせいかよ……」
アスカは少年に睨まれ、また嘆息する。
「原因をなすりつけあっても仕方ない、けど、そういうのは愉快じゃないな。
ガキの恨みなんぞ買って面白いことなんぞひとつもない。
名乗ってくれてもいいんじゃないか、誘い込んだ手前、そっちもこっちを知っているようだし」
こっちの名乗りは割愛、ぐらい許されよう。
「アキトだ。ありふれた名前だろう、笑ってくれて構わない」
「拉致とか物騒なことやらかす相手に、なにを笑えって?
ファンだと言うなら、あまり俺を落胆させないでくれませんかね。
……年上らしいけど」
「やれやれ」
青年は肩を竦める。
「アスカくんが話してくれれば、彼女は殺さず、解放しよう」
「脅すのか? 俺から取れる情報なんて、たかが知れているだろ」
「知りたいのはそうだが、こっちは単に、会話を楽しみたいだけだ。
そして俺と話すと、君のほうに有益なことも教えてやれるかもしれない」
「始末屋の俺を知ってるなら、俺がこの場であんたを刺しに行くとは想わないのか」
「素敵だ」
「――」
これがミユキの実兄なのか? ありふれた名前なのは確かだが、そうかもしれないと、アスカは妙な確信めいたものを感じていた。性格の悪さ、身勝手さは、ある種の形質遺伝なんではなくてか。……困ったことに、アスカはこの男と、実際話しておきたかった。
「絶対に、絶対にっ、カリンに危害を加えさせるな。あんたの責任だからな!」
「わーってる、わぁってるから」
アスカは少年の強迫を煙たそうに手を振って、流す。
そして――意地悪く、キノには気取られないよう、ほくそ笑む。それから真顔になる。
「どうして俺の持ち物を、あんたが持っている? おかげで俺の契約紋が、まともに機能していない」
「なるほど、契約は続行していたか。
弱体し昏睡した彼女を、こちらで保護した……と言えば、信じるかね」
「ピシカを、あんたが。
オルタナ相手に、わざわざそんなことをしたのか」
「ピシカ、ルーマニア語からかい?」
「安直で悪かったね」
「いやいや」
壇上の青年は笑っていた。
「十二支族はその名の通り、十二支を
「奇遇だな、俺も猫派なんだ」
「なんで意気投合してやがんだよ!!?」
ふたりの会話に、キノはついていけない。
「君がこの施設を訪ねてきたときから、彼女とバイパスの切れていた契約が、改めて活性しているようだね。
帰りたがっているのだろうな、君のもとへ」
「あの子が、目覚める?
なら返していただけるの?」
「勿論だよ。
僕はここを根城にしているだけの、凡庸なプレイヤーだ」
「わりに抜け目ないな。
すると、天空へのショートカット作戦時」
「プレイヤー連合は、つくづくネーミングに愛がない。
そうだね、彼女を拾ったのはあの時になるか」
「にしても、この世界で――昏睡か、珍しい。
この墓所に備わったバイオな設備といい、背景が気がかりだ」
「こちらも教える分に、吝かじゃないんだけど。
……ふたり? ひとりはオルタナ、もう一人はプレイヤーか」
アスカらも気づいて、背後へ振り返った。
ミユキが相変わらず、実に渋い顔で先行している。
「兄さん、ですか」
「――お前は」
ふたりとも、血筋の直感でも働いたらしい。
会ったなら途端、互いを凝視しだした。
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