第12話 利用
結局、キノはオウリの消失を止められない。
そして自分の右手に残った紋章が、淡く冷たい輝きを帯びるのを、呆然と見ていた。
【『契約紋・拌』が解放されました】
【絶対支配(アブソリュートドミナ):無生物エネミーへの調教行動が可能になりました
解放条件:無生物・死者に対する計十三回の自身のHPを代償とした回復付与+同対象への調教行動を試行】
「新しい契約紋の解放?
キノは動揺していた。そして震える声で、問い質す。
「オウリは、どうなったんです」
アスカはそんな少年の問いより、自身の関心を優先した、冷たく利己的な目の色をしている。
「よし……消失さえしないなら、調教行動と回復術の順序はさほど問題じゃないか」
「よし――?
オウリがいなくなったのに、なにがよしなんだよ、あんた!」
それに徐々に気づき、立ち上がったキノ。
ふつふつと怒りが湧いてきた。
「オウリはどうなったって聞いてるんだよ俺は!」
アスカに食って掛かろうと、抗議する。
対峙する青年は、彼を見下ろして、なにが違うのかと驚いている節さえあった。
「俺は力を得るとき、いつも命と代償を支払ってきた。
そして彼を取り戻せる可能性を、お前はその手に担ってる。
まさかこんなところで、諦めるつもりか?」
「……狂ってる、あんた、絶対に狂ってる!
どうして目の前の人間を助けないで!」
「お前なら、助けられたか?
俺なら助ける力があったとでも?
残念ながら現状、即死のランダム発動を回避する手段は、トッププレイヤーでさえ持ち合わせていない」
「そんな、嘘が」
アスカは要領が悪いと言わんばかり、あからさまに嘆息する。
「一から説明しないと駄目か。
即死の固有効果は、通常攻撃・属性攻撃ですべてのHPを刈り取られた際に即時発動できる、『
他の攻撃耐性や、防御力を叩きあげても、一度発動した即死からの快復する手段を、実質プレイヤーは持ち合わせていない、アイテムを使っても不可能だ。
そういうクソゲーなんだよ。
だからプレイヤーは、即死付与エネミーは仮に雑魚としても、それに極力近づかない」
「俺たちだって、気づけばいきなりこんなところに放り込まれて!」
「プレイヤーギルドなり、他の攻略プレイヤーなりを掴まえて、聞いてみれば、もっとマシなやり方もあるかもしれないが……俺たちと君たち揃ったところで、これが頭打ちだ。
それでも自分たちが無力だと認められないなら、少年、俺如きを超えてみせるしかないぞ」
ゆえにこのゲームでの即死耐性の価値は実際に喰らうまで「不透明」でありながら、「対峙するのなら、けして無視するわけにはいかない」という、難儀する位置づけだった。
「世界に適応できなければ、お前が死ぬだけだ。
今度こそ本当に、なにもかも失いたいか」
「――、この外道ッ。
オウリを、俺たちを利用しやがったなッ!?」
「こんなの、利用した内にも入らない。
お前も俺たちも、助ける最善を尽くした。
それ以上の文句があるなら、まぁ好きに吠えろよ。
納得してほしくて、こっちはやっていない」
少年の拳が彼の顔に届く寸前で、あらぬ方へねじれた。
ぽくりと軽率で冷たな音がすると、少年は後ずさろうとして、反射的に下手な抵抗をするから、結果として自分の痛みを拡大させて呻く。
蹲った彼の腕をもとの位置に矯正しながら、アスカは鎮痛の回復術を施す。
「いい威勢だ。
俺も見習うべきかもな――君のおかげで、俺がなすべきことを改めて思い知った」
「……なに言って?」
「俺たちから全てを奪った世界を覆す、侍らせる。
今日、お前が喪ったものを忘れるな。
君なら俺さえ、超えていける」
「勝手なこと言うな!?
オウリを殺したのはやっぱりあんただ!
あんたがオウリを殺した! 俺はあんたを絶対に許さない!」
親友のために威勢のいいことは言えても、もはや少年には攻撃する意思も術もなく、すすり泣くばかりだ。
アスカには、それが過去の自身と重なって受け取れるのかもしれない。傍からのミユキにはそう見えた。
一方で、アスカから裏切られたように思ったのは、少年だけではなく、ネーネリアもだ。
「なんでなんですか、アスカさん。
こんなのって――」
「認められないなら、俺より強くなれ。
屈服した現実、その結果で示すしかないぞ」
「――」
ネーネリアは黙した。
いま言い返せば、言いがかりにしかならないと直感しているからだ。
「かわいそうじゃないですか」
「そうだな」
平坦な口調で肯定されると、自分が話している相手の人間性に著しい欠落があるのではないかと、その正気を疑う。……彼の道理は正しいかもしれないが、今の彼は、そんなことをわかっていて、わざわざ他人に議論させない。
一同は完封されていた。
「ここは墓所という名の通り、複数のピラミッドがある」
アステカ的な石段だと考えれば、大体あんな感じのものだ。
生贄の儀式でもやりそうな祭壇があるらしいが、その実をアスカらも直に確認するのは初めてになる。
「生き延びるには、濃霧のなか、レベル60台はゆうにあるエネミーの群れを突っ切っていかなきゃならない。
君たちにそれができるか」
「誰があんたなんか人殺しに頼って――」
「あぁ、俺は人殺しだ。
それが?」
絶句する少年を前に、アスカは淡々と語り続った。
「プレイヤーキラーだよ。君は俺より弱い。
こんなところで意地を張って反抗するか?」
「ふざけんな」
「それは杖の子も」
「カリンです」
自己主張してきた。
「――そうなのか?
というか君、彼女をほっぽいて、そんなこと言えるか。
見殺しにしたいわけ」
「それは――」
「ついてこれるなら、森を抜ける手立てはなくもない」
キノが自身のことを訝しんでいることを織り込み済みで、環境を掌握できてしまう。キノにしたら煩わしい相手この上ないが、ここで無理に逆らおう理由と正当性がないことが、彼の難儀をいや増していく。
彼はがっくりと項垂れる。
「俺たちはあんたらになんか、頼れない」
「勝手にひっくるめて決めないでよ!?」
カリンの手を取ろうとして、キノは振り払われた。
ここで彼女が自分と主張の異なることに、心外そうな顔で立ち尽くす。
「なんで――なんでカリンは、こんな人たちの言うこと聞こうっていうのかよ?」
「もうオウリはいないんだよ!?
あんたこそ、いつまでもうじうじ言って!」
「まだ敵は引いてないですよ、なにかが来ます!」
辛気臭い会話を打ち破るのは、ネーネリアの緊張の叫びだ。
正面から濃霧向こうの影へ対峙したが、直後突進されて弾かれた。
「首に従契約紋――このモンスター、既に
すいませんミユキさん、抜かれた!」
(この子、まだあのレベルなのに、動体視力は随分ってこと)
ミユキは彼女の動体視力の良さに多少なり驚嘆したが、それを褒めれる余力がなかった。
「今度は人が飼っている、そう、こっちで対処する――早いッ!?
こいつも実体がないやつ、アスカさん!」
しかしミユキやアスカが捉える前に、影は蛇行する。
迂回してふたたびネーネリアの方へ向かい、彼女は身構えた。
アスカが何かに気づいたように怒鳴る。
「ダメだ少年、カリンの傍へ行け!」
「え?」
「仲間を守れと言っている!」
「っ――!」
まごついているうち、影がカリンを囲い、彼女は悲鳴とともに、濃霧の向こうへ連れ去られてしまう。
「カリン、そんな、カリンっ!!?」
「――、追うぞ、ミユキ、ネーネリア」
アスカは息せき切って駆け出した少年から離れず、追いつくと、彼の腰を抱えた。
「放せよ、カリンが!?」
抗議は甘んじて受けよう。
「君の足より、俺たちのが早い。
彼女を見失っていいのか」
「ちぐ、しょう……ぁあああああああああああああああああ!!!!!!」
無力な叫びも、すぐに濃霧の向こうへ溶けていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます