第11話 代償
HPを全損した、オウリの身体が消失しかかる。
「まだだ、契約紋で繋ぎとめろ!」
「――は!?」
アスカは険しい顔でやることを指示していく。
「君たちは二人とも、ありったけの回復術を彼にかけるんだ。
回数は最低でも十三回以上連続、MP《マジックポイント》はこっちの魔法で回復してやる、消耗は考えるな!」
「助け、られるんですか?」
「わからない。けして無駄死はさせない」
「――?」
ネーネリアはアスカの言い回しに、不可解を覚える。
「彼を助けたいんだろう、今ならまだ取り戻せるかもしれないなら」
嘘は言っていないのだろうが、あからさまな引っかかりだらけだ。
「最善を尽くせ」
それは彼らにと言うより、自身に対して使っている言葉にも取れた。いいや、あくまでネーネリアからはそう見えるだけの話なのだが。
事実、アスカに含意があるのはその通りだ。
彼が少年少女に指示をしたのは、オウリ少年を助けるためではない。
(彼は既に手遅れだ。
だが役立ってもらおう)
アスカの願いは亡き友人を取り戻すことにある。
そのためには、まず証左が必要だった。
死んだ人間に対して、回復と同時に、
「回復術と同時に展開する。
調教行動だ、少年、彼と結べ」
「あんた、何を言って――」
「助けられるんだぞ、お前たちの力で、なにを躊躇っている、早くやれ」
「なんで人間相手に調教なんてできる!」
「ここがクソったれな世界なのは今更だ!
命ひとつでも喪わない努力をしろッ、でなきゃお前たちの元には仲間も、誰も残らない!」
「――っ、――」
少年は躊躇わせて貰えなかった。
歯を食いしばり、泣きながら言われた通りのことをしている。
「死なせない――俺がオウリ、お前を必ず」
いずれにせよ時間がなかった。一次職でサポートとして、回復術士を選択していたアスカは、以後HP《ホットポイント》、MP《マジックポイント》の回復術には一通り精通している。まずは一時的ながら、直接の回復術で肉体の消失を遅滞させる。付与術本来の使い方ではないが、エフェクト効果が視覚的にも実際的にも、彼の存在をこの場へ繋ぎとめるのだ。次の付与も、アスカのレベルとパラメーターなら、付与し続ける間、少年は消えないだろう。
しかしMPが尽きれば、そこまで。
ここからの作業を確実かつ円滑化するには、複数人で付与術を分担しなければならない。
「ミユキ、ネーネリア!
周囲の牽制だ、背中合わせに四方を固めろ。
俺は三人を、付与術でサポートする」
「了解です!」「はい!」
「そこの杖の子、君もキノ坊を手伝え。
いいか、まずは術によるエフェクト効果を重ねて、肉体の消失を極力遅滞させる。同時タイミングでの重ね掛けは不要だ、効果の継続タイミングを見て、再発動はいま合図を入れる。彼の調教行動が終わるまで、保てばいい」
「は、はい……」
少年少女は、アスカの意図通りに動く。
実際、オウリを助けるためのほかのやり方など、彼らには見当もつかない。
「あの、俺――テイマー職のHP置換しか、持ってないんですけど」
「構わない、俺がきみのステータスをサポートする。
きみの力で彼を繋ぎとめるんだ。
ひとつひとつ、こなしていけばいい」
これは通過儀礼だ。
そしてアスカは、キノ少年がプレイヤー間のHPをMP消費で移行する、その技しか扱わないことを見抜いていたし、彼に扱ってほしいのはまさに『HPを代償とする回復術』である。
「でも俺の、練度が低くて、ランクはまだCなんです。一度も使ったことないし、強化だって」
「練度は問わない、今だけはHPもMPの消費も考えるな!
サポートすると言ったろう、俺は君よりよほど強い、だから信じろ。
代償は俺が負担する」
やるしかないから、少年はまごついても、手を止めることをしなかった。
ミユキは双剣を換装し直す。盗賊然とした首の赤マフラーがはためき、濃霧のなかで冷たい湿気を帯びていた。
【メインウェポンチェンジ:(グルカツインナイフ)→“シーリングツインブレード”】
「私らが今やらなくちゃならないのは――エネミーを、近づけさせないこと。
ネーネリア、私の横にいて!」
シーリングツインブレード、これは刀身に実体がない代わり、無制限に湧いて出るタイプの非実体エネミーには相性がいい。そのうえ盗賊の職を担うミユキなら、アイテムや主要パラメーターの奪取などで、アイテムホルダーの所持上限を超えない限り、荒稼ぎさえ可能だ。
エピタフの密林はまさにそういう場所だった、エネミーの即死付与に当たらない機動力と、彼女自身を回復やアイテムの管理など、バックアップできるパートナーさえいれば、常態のエネミーにはほぼノーリスクで立っていられる。無論、その役割は通常アスカが担う。
そうでなくとも、彼女本人が一時的な機動力と、自身の使役するモンスターの補助など用いれば、それなりの経戦は可能だ。
「結局、
――纒!」
シーリングナイフと自身の手首に幻蛇を紐づけて、直後エネミー群体へ投擲した。
この世界では、双剣使いの持つ固有オプションに『ブーメラン投法』というものがあり、極めてしまえば、取り分けミドルレンジ広範を制圧するには並みのライフルより瞬間的な火力をたたき出すことができてしまう。
銃火器は魔弾の自動装填を前提に構築されており、中威力程度のものの通常攻撃なら、弾切れといったことはまず起こらない。
本来、
纒としての端末を
ただし十二支族のなかで蛇種は、基礎特性として『流体・伸縮』を持っている。これは十二支族以外なら、半固形種にもみられる特性であるが、同じ特性を持っていて攻撃力も高いとなると、高レアリティな十二支族の蛇や龍蛇などに需要は自然偏っていく。
するとこの特性を持つものは、いわばSFロボアニメなんかにありがちな、「有線式の
するとブーメラン投擲の指向性補助にも、幻蛇の『流体・伸縮』は反映されていた。
「それから」
盗賊には直接の上位職がない代わり、『
『
彼女の「盗む」という性質は、皮肉なほどに彼女の資質とプレイスタイルに馴染み切っている。
そして彼女は、盗んだものをただ盗むだけにとどめない。
「これって」
ネーネリアは自身に彼女から付与された
【
これにより仮に自身のレベル成長が頭打ちとなっても、従契約対象へ経験値を集中して注入できてしまう。それだけ早くに育成も進む。
トップランクとされるプレイヤーらに比べても、彼女はひときわ成長というものに貪欲だった。自分の身の回りのものへの気配りを、彼女は、
「アスカさんは、私に道を示してくれる。
ただなぞっているだけじゃ、足りないから!」
そう彼の背中から学び取り、追いすがる。
――今日までずっと、追い続けてきた背中だ。
もうこの人を、自分なんかのために失望させたくないのなら、自分が強くなる以外になにがあろう?
彼女の剣は濃霧を横薙ぎに切り裂いていく。
それでも限られた視界、エネミーの外見や種族までネーネリアには逐一を確認しきらないが、経験値の増加が肉体へ反映され、自分が動けているでも具体的になにがと判るでもないのに、急速に身体が強くなっていく“実感”を受けている。
……代償もなしに、こんな風にやっていて、私は本当に強くなったと言えるのか。考えないではない。
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