かくれんぼ
「もういいかい?」
子供の頃によく遊んでいたそれは、しかし今に思え
ばとても恐いものだった。
かくれんぼ、それは諸説あるが、ある話の一つとして、ある種のおまじないだともいうらしく、事実上、
この僕自身がその体験をした張本人でもある。
それは僕がまだ幼かった頃に起きた。あの日はいつものように近所の公園で遊んでいた時の事、その時に
出会い、友達に、なれると思った女の子との話である。
「そういえば、キミはどこに住んでるの? ここの近所?」
僕の質問に、その子はこう応えた。
「うん、すぐ近く。多分、キミの位置からならすぐに見えるはずかな?」
僕達は今ブランコに乗っている。その位置からすぐ見えるとは、果たしてどこなのだろう?
「それより、次はかくれんぼでもしない? 私が鬼をするから」
そう言って、その子は僕の手を取った。とても冷たい、とても柔らかい手だった。
でも、その手が離れる事はなく、ずっと僕の手を取ったままだった。
「かくれんぼ、しないの?」
「もう始まってるよ?」
その子は笑いながらそう応えた。一体どういう意味だろう? そう思っていると、「ところでさ」と、その子が正面を向いたまま僕にこう言った。
「かくれんぼの本当の意味って、知ってる?」
それは何とも意味深で、しかしとても不安を煽るものだった。故に僕はその子に対して素直に、「どういう意味さ?」と訊ねてみた。するとその子は、「見つかれば最期」
と、そこで一旦言葉を区切り、「もう二度と、元には戻れない」と言った。果たして
この子は何を言いたいのだろう? そう思った時、
「見つけたよ?」
何やら背後から声がした。一体何だろう? そう思い、ちらりと背後を振り返ろうとした。すると、
「振り返らないで!」
僕の手を取っていたその子が大きな声を上げた。
「本当に、見つかっちゃうよ?」
ギュッと握られた手はとても痛く、まるで女の子の握力とは思えなかった。堪らず
僕は、「痛いよ!」と訴えかけたが、しかしその子が手を放してくれることはなく、
「黙ってついて来て」というばかりだった。僕はとうとう我慢しきれなくなり、「もういい加減にしてよ!」と言ってその手を乱暴に振りほどき、その忠告を無視して背
後を振り返った。そして目にしたもの、それはもう一人のその子だった。しかしもう
一人のその子はどこか虚ろな視線を虚空に彷徨わせており、どちらかと言えば僕達の
ほうではなく、もっと遠くのほうを向いているようなきがした。
「あの子、一体どこを見てるのかな?」
ポツリと呟いた僕に、その子はこう言った。
「……私達の死ぬ様じゃないの?」
その子もまた、ポツリと、僕に聴こえるか聴こえないかの声でそう応えた。そして一度だけ振り向き、「ねぇキミ?」と言った。
「もしも私が、一緒になってってお願いしたら、聞いてくれる?」
意味深なその一言は、しかしとても大きなものが含められていた。
「私、実はもうここにはいないの。ずっと前に、あの木の下で――」
その子が言い切らないうちに、「いつまで遊んでるの」と僕の母親が迎えに来た。
そして軽く一発だけゲンコツを受け、「今夜はあんたの大好きなカレーなんだから」と言って、困り笑いを浮かべていた。
「ま、待って!」
僕は慌ててその子に挨拶をしようとした。何となく、そうしたほうがいいと思ったからである。だが、
――いない。
やはりと言えばいいのか、そこにその子の姿はなかった。無論と言えば無論だろうか? それでも僕は、あそこで、或いは何か出来る事があったのではないかとも思った。だからこそ、何となく、とても苦しい気持ちになっていた。
「ねぇ、お母さん」
「何?」
多少躊躇いもあったが、僕は思い切ってそれを打ち明けた。
「幽霊の女の子とも、お友達になれるのかな?」
「……」
僕からの質問に対して、しかし母親は否定することはなかった。その代わり、少し
ばかり厳しい口調でこう応えた。
「もしもその子が本当にそうだとしても、それがあなたの中だけのお友達でも、大切にしなきゃ駄目よ?」
僕に視線を向けずに、母親はそう言った。
そんな事があって以来、もうその子が現れる事も、他に何かおかしな体験をする事もなくなった。
――さて、
今日は友人達との初めての旅行だ。今日から二泊三日の旅である。
「女子部屋に潜り込んでシバキ倒されるのもありかもね? ……なんて」
――っと、まだ買い物が残ってたんだ。
そう思い、僕は自室を後にした。
「……」
「……行ってらっしゃい」
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