怪談―どこか優しい、儚げな恐怖―

三点提督

いつも見ているよ?

 僕のうちは米農家で、秋になれば黄金こがね色の稲穂が実り、美味しいお米が

出来上がります。僕はそれが楽しみで、今年も米作りに専念していました。

 そんなある日の事、僕の学校の同じクラスに、ある一人の女の子が転入してきまし

た。その子は黒いおかっぱ頭でどこかぼうっとしたような面持ちをした、どちらかと

いえば目立たない、言い方を悪くすれば地味な感じの子でした。その子の席は僕のす

ぐ隣で、存在感の薄い態度や仕草は、見ているとどうしてもこう、何かモヤモヤする

感じでした。とは言え、別にヘンな意味ではありません。それは、どちらかと言えば

イライラに近い。と言ったほうがいいのかもしれません。僕は思い切ってその子に挨拶をしてみる事にしました。

「はじめまして。僕は渡良瀬錬磨。これからよろしくね?」

「知ってるよ? いつも見ていたから」

「え?」

 その台詞を聞いて、はじめは意味が解りませんでした。何故ならこの子と僕が会う

のは今日が初めてのはずだったからです。

 ――それとも、幼い頃にもどこかで会っていたのかな?

 そんな事を思っているうちに、朝のホームルームは終わりました。


 放課後、僕は親睦を深める為にその子を誘い、一緒に下校する事にしました。その

子の家も僕のうちの近くだったらしく、これは丁度いいと思ったからです。

「それにしても、こんな田舎に転校してくるなんて、少し驚きだね? 見たところ、

キミはキミで、まぁ、言い方は悪いかもしれないけど、相応に裕福そうなイメージが

あったから。物腰とか、言動とか」

「そう」

 今更ながら、この子の名前は黄金稲穂こがねいなほちゃんといい、何となく、

何となくどこかで聞いたフレーズだなと思いつつ、しかしこの子の可愛い容姿に反す

る事無く、あくまで僕個人として、素直に受け入れる事が出来ました。


「それじゃあ、私はこっちだから。またね、渡良瀬君」

 そう言って、稲穂ちゃんは両サイドが田んぼで敷き詰められた細道を静かに歩いて

行きました。

 その際、「そうだ」と言って、一度だけ振り返り、「稲穂の事、忘れないでね?」

と、何か意味深な一言を口にしました。一体どういう意味なのだろう? そう思いつつ、僕はしばらくの間、半ば無意識的に稲穂ちゃんの後ろ姿を見送っていました。


 ある日の事、その日は風が強く、雨も大振りでした。そのうえ、

「おはよう稲穂ちゃん……稲穂ちゃん?」

 稲穂ちゃんの頬には大きな絆創膏が貼ってあり、そのうえ、余り体調も優れては

いないようでした。

 ――誰かがこの子に嫌がらせでもしたのか? だとしたら、

 僕はさり気なく菜穂ちゃんにこう訊ねてみる事にしました。

「その傷、痛くない?」

「……うん、大丈夫」

「……そう」

 俯き加減で、稲穂ちゃんはそう応えました。

「ところで渡良瀬君」

 ゆっくりとこちらを振り返り、「もうすぐ収穫時だよね? お米」と言いました。

「え」

 ――どうしてこの子がそれを知っているのだろう?

「そうだね。そうだ、よかったらお米が出来たらキミにもおすそわけしてあげるよ」

「そう……楽しみだね」

 稲穂ちゃんはやはりどこか苦しそうな様子でした。

 ――何かあったのかな?

「……ねぇ稲穂ちゃん、よかったらさ、キミに何があったのか、僕に教えてくれない

かな? まぁ確かに、出会って間もないから、キミと友達になれたのかどうかはまだ解らないけど、でも、せめて一人のクラスメイトとして相談くらいは乗りたいんだ。

駄目、かな?」

「……」

 稲穂ちゃんは沈黙し、瞼を伏せました。

「……そうだね、キミになら、教えてもいいよね?」

 そう言って、稲穂ちゃんは席から立ち上がり、僕の手を取りました。そして、「屋

上、付いて来て?」と言いました。


「ここに何かあるの?」

 僕の質問に、稲穂ちゃんは「ないよ」と言いました。「あるのは、私の顔に」と、

意味深な一言を口にするのと共に、稲穂ちゃんは僕の方を振り向きました。そして、ゆっくりと頬を覆う絆創膏を剥がしていき、僕は絶句しました。

「……驚いたよね?」

 稲穂ちゃんのその綺麗な顔から、傷口から、無数の米粒がパラパラと零れ落ちてき

たのです。血でも肉でも骨でもなく、ただただ米粒だけが。

「私の正体は、キミ達の畑を守る、あのカカシだったの。そして、私はそのカカシの

成れの果てキミとこうして一緒にいたいと願ったが故で得た、偽りの姿。人間でも、

勿論カカシでもない、そのちょうど中間の、中途半端な存在。それがこの私、黄金、稲穂」

 稲穂ちゃんの身体が徐々に失われていき、代わりにそこに残されていったのは、無数の稲束でした。

「今年も美味しいお米をどうぞ? 渡良瀬、錬磨君――」

 いつの間にか雨は上がり、空には二重の虹の輪と太陽が輝き、そして、僕の手の中で抱き締められた、

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 鮮やかに艶めく金色の穂が、僕の心をずたずたに引き裂いていきました。


 それから、僕は高校を卒業し、今はバイトがてら米農家で本格的にお手伝いをして

いました。毎日毎日両親の手伝いをしては、あの日の事を思い出し、僕が大好きだっ

たあの子の事も――


「渡良瀬君」


 ――え?

 背後から誰かの声が聴こえた……ような気がしたけれど、どうやらそれは気のせいで――

「……稲穂、ちゃん?」

 少し向こう、他の畑にポツンと佇んでいた一体のカカシ。よく見るとそのカカシの頬の布は破れており、中の穂が露わになっていた。その時タイミングよく風が吹き、

そのカカシが僕の手を振るような形に見えました。

「……美味しいご飯、食べたいな?」

 ――ありがとう、稲穂ちゃん。

 その日を境に、僕と稲穂ちゃんはいい意味で友人関係を断ちました。でも、これで

よかったんです。だって、形が形とは言え、こうしてずっと一緒にいられる、僕達の願いが、こうして叶ったのだから。

 ――そうだよね?

 ――稲穂ちゃん。

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