海に行く日は車をみがいて
@J2130
第1話
「雨の日には車をみがいて」
五木寛之さんの小説で初めて読んだのがこの本でした。
買ったのではなく、
「これもってけよ…」
とヨット部のS先輩の家に遊びに行ったとき、帰りに渡されたものでしたね。
主人公が様々な車やそれにまつわる女性と関わっていく、勿論、女性とも車とも出会いがあり別れがあり、青春物語として楽しく読みました。
おすすめです。短編形式ですごく読みやすかったです。
車にはそんなに興味がないのですが面白かったですね。
さて、僕が初めて自分の車として乗ったのはホンダのワンダーシビックというものです。
色は白で3ドアハッチバックの小型大衆車を中古で買いました。
兄の知り合いからの紹介で業者から確か65万円で購入しました。
初めての自分の車。
いいものです。
大人になったというかなんというか…。
燃料さえあれば、道さえ続いていれば
僕はどこにでもいける。
自分の城ではないですが、味方というか相棒ができたのです。
嬉しかったですね。
大学のヨット部を引退したあとでしたがよく海に行きました。
まだ音楽はカセットでね。
燃費はリッター12キロくらいだったかな…。運転下手でしたから。
マーフィーの法則ではないですが、これもS先輩から聞いたものですけれど
「初めて買った車の助手席に一番最初に座る女性はかなりの確率で恋人ではない」
先輩の言ったとおり母が一番最初でしたね。
そうゆうものなのですね。
会社の営業事務の女性でKさんという人がいました。
かわいいと美人の間かな…弊社がまだ採用していたグレーの制服がよく似合い、ウエストがかなり細く見えましたがブラウスの胸の隆起はしっかりありました。
めずらしく僕がいつもいる技術センタービルから本社に行った時、
「このパソコン遅いし変えられないかな…」
と相談されました。
当時僕はシステム室にいましたので、そういったお話はよく聞きました。
「まだローテーション的には先ですが壊れると交換しますよ」
じっと上目遣いでかわいい女性から見つめられるとね、緊張しますよね。
「そうなの…」
パソコンのキーボードの上を細いきれいな指がなぞっています。
まだ薬指にはなにもつけていません。
「壊すとおこられるでしょ…」
「不可抗力というものがあるので…たまたまお茶がこぼれたとか、会議に持って行くときに部長とぶつかったとか…」
「ふ~ん…たまたまね…」
「壊れるときはちゃんと壊れないと修理に出します…」
「壊れる…ちゃんと…?」
不思議そうな、なんというのかな…アンニュイな感じでした。男性の好きそうな目線、お話の仕方で僕を見上げました。
「ええ中途半端に壊れると交換ではなく修理になります。その間は代替機をもってきます。なんとなく僕の言いたいことはわかりますかね…」
「なんとなくね…」
にこりと笑うというか、微笑む。かわいいのですこれが。
弱いのですよね、男って単純です。
メールなどで仕事の相談で何度かやりとりしていましたが、ずいぶんと時が過ぎてからふとプライベートのお話というか、メールがありました。
お互いに電話番号を教えてね。
がんばりました、一生懸命誘いまして海にドライブに行くことになりました。
僕にもこんな度胸があるんだな…とも思いましたね。
夏の土曜日、埼玉のあるターミナル駅のロータリーで待ち合わせました。
白いおしゃれなポロシャツに薄いブラウンの短いキュロットパンツと同色のかわいい帽子をかぶった彼女が現れました。
「本当に来てくれたんだ…」
そう思い言いました。
「来るよ、約束だもん…」
かわいく笑って彼女は応えました。
車買ってよかった…思いましたね。
前日は必死で車を洗いました。
普段海に行くときは洗いません。帰ったあとに潮のついた車体を軽く流すからです。
ですがデートの前日は車体も車内もキレイにして、いつもは置かない芳香剤も用意しました。
そしてカセットもね、わかりますか…?
自分で好きな曲を好きな順番に並べて、デート用のカセットを作りました。
海辺ではサザン、高速道路ではTUBE、帰りには浜省のこの曲とか…。
変な努力をしてましたね。
自分で言うのもなんですが、ほほえましく、けなげですね…。
彼女との初デートは得意の江の島、湘南に行き水族館にも行きました。
晩くなってしまったので家まで送ってね。
帰ったのは深夜でした。翌日の日曜は早朝から先輩にヨットに誘われていたのですがね…。
勿論、早く起きて海に行きました。
一か月後くらいにまたドライブデートをして花火を見ましたたね。
それが最後の彼女とのデートでした。
Kさん、後で聞いたお話ですがお誘いはたくさんあったようです。僕はその何分の一だったのですが、女の子との接し方の勉強になったし、美人だってかわいい女性だって同じ人間だし、臆することもないんだな…。
そんな印象を2度のデートで得ることができました。
高校の時、男子校に行ってから、
「女性って、美人ってきっと僕には縁遠いものなんだろうな…普段食べるものも違うのだろう…」
そんな屈折でもないですが変な思想があったのですが、振られたけれどよかったです。
あのシビックは20代のいろいろを僕といっしょに経験してくれた愛車でした。
あまり若い女性を乗せることはできませんでしたが、いつも潮まみれ、砂まみれだけど故障もせず走ってくれました。
頑張ったんだけどな…車も僕も。
まだ乗れましたが高速道路を走っているとカーステレオも会話もエンジン音であまりよく聞こえなくなり、勤めて数年たったし、もっと大きい新車も欲しくなったので車を買い替えることにしました。
最後に浜辺でいっしょに写真を撮りました。
今でもその写真はあります。
私がまだ20代、車の横に立ち運転席のドアの上部に左手を置いて海をバックに微笑んでいる自分が写っています。
その時も車は真っ白でした。デートでもなかったのにね。
前日に磨いたのですね。
後輩にシャッターを切らせたのでしょう…撮っておいてよかったです。
さすがに街ではもう見ない車ですね。
後部というかハッチバックがスットンとカットされたような形が特徴で、昔の車なので角ばってて、それがかっこいいな…と思っていたのです。
初めて買った“愛車”のお話でした。
了
海に行く日は車をみがいて @J2130
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