第3話 王太子様は気前が良い
結局、若い二人は、パーカー達が目を離したすきに、自分たちが持ち帰ると決めた獲物を手早く解体してしまった。狩人なみの手際だった。
半分よりも、明らかに多い獲物が残っていることに、パーカー達は面食らった。
「今回は、私に恥をかかせようとする貴族達の鼻を明かしてやればよかっただけだ。お前達のおかげで、目的は達した。あとは好きに持って帰ってくれたらいい」
当然のように、立派な角を持つ牡鹿の首もそこに並んでいた。
「あの、この鹿の首」
「貴族に売れば、金になるぞ。剥製にして屋敷に飾る者がいる」
「あの、殿下はご入用では」
「それより、立派な角を持つ牡鹿の剥製が沢山あるから不要だ。同じものばかりいくつもあっても仕方ない」
「はぁ」
貴族達が目の色を変えて欲しがるものを、沢山あるから不要という発言に、パーカーは相槌を打ちかねた。
「お前が捕ったと言えばいい」
「えぇっと、何個もって」
こんなに若いのに、鹿を既に何頭も仕留めているなど、この二人は何なのだろうか。パーカーの質問を、王太子様は文字通りに受け止められたらしい。
「ロバート、数はわかるか」
「覚えておりません。面倒です」
そう言いながら、ロバートは取り分として分けた肉を、手際よく馬の背に乗せていっている。
「早く血抜きをしたほうがよいのではないでしょうか。味が落ちますよ」
二人は貴族と言うより、狩人のようだった。
「こちらから分けたほうが良さそうですね」
「そうだな」
二人はそういうと、残された獲物を手にとった。
「これは頭のあなたに。賊に気づかせてくれたお礼です」
丸々と太ったウサギを、ロバートはパーカーの目の前に差し出してきた。
「あぁ、えっと、あれは偶然で」
見慣れない勢子が、持っていないはずの弓を構えたのに気づいただけだ。その先が、王太子様であるのに気づいて、パーカーは思わず後ずさった。たまたま踏んだ枝が折れた。ロバートが気づき、見慣れない勢子めがけて、矢を放った。足に矢を受け、警備をしていた騎士達に連れていかれたあの男が、この先どういう目にあうか、パーカーにも予想くらいはできる。
「偶然でも、私が気づいたのは、あなたのおかげです」
パーカーが受け取るべきか逡巡していたときだった。
「この中に、家族が病気のものはいるか。いたら手を挙げろ」
王太子様の声に、一人が手を挙げた。
「えっと、かあちゃんが病気で」
「かあちゃん?お前の母か」
「いえ、うちのです、家内です」
「そうか、では、これで体力をつけさせてやるといい」
やはりウサギがその男の手に渡った。
「子供がいるものは手を挙げろ」
数人の手が上がった。
「えぇっと、殿下、それじゃ、殿下、半分という約束が」
パーカーを含め、古参の勢子達は慌てた。
「半分は私の取り分だろう。それを私が好きにしているだけだから、気を遣うな」
「その通りです。アレキサンダー様の取り分ですから、あなた方がお気になさることではありません」
王太子様は、その後も、いろいろな理由をつけて、獲物を手早く配ってしまった。
「残り半分は、あなた方で分けてください」
ほくほく顔の仲間たちに、頭としてパーカーは何を言うべきか、悩んだ。
「来年、おそらくまた、あなた方の御厄介になるでしょうから、またお願いします」
「おぉ、こんなにもらえるなら、俺頑張るよ」
ロバートの言葉に、勝手に返事をした若手の頭を、パーカーは叩いた。
「なんでぇ、パーカーいいじゃねぇか。せっかく追い込んでも逃がすようなお方の相手より、今日のほうがいいよ」
そこかしこから同意の声が上がる。
「当面、面倒な状況が続くでしょうから、よろしくお願いいたします」
「協力してほしい。残念ながら、私を王太子から引きずり降ろそうとするものは少なくない。何とかして、私に失敗させようと、躍起になっている」
王太子様の言葉に、パーカーは首を傾げた。
「王太子様の他に、王子様っておられましたっけ」
パーカーと同じ疑問を、仲間の一人が口にした。
「いない。だからだ。隣国の王家とは血縁関係にあるから、そこの王子をこの国の王に据え、自分たちがその王を操って、権力を握ろうとする者がいる」
本来ならば無礼なはずの質問にも、王太子様はきちんと答えて下さった。
「つまりそれってぇと」
「また内乱だ」
古参の一人の言葉に、王太子様とロバートが頷いた。
「もう内乱も戦争も、何もかもごめんだって俺の祖父さん言ってたな」
仲間の言葉にパーカーも頷いた。
「私も避けたい」
王太子様の言葉には、深い決意が感じられた。
「そのためには、アレキサンダー様を追い落とそうとする下らぬ企みを、一つ一つ叩き潰していく必要があります」
ロバートが、実際に叩き潰してきたのだろう。
今日の狩猟会でも、企みの一つは叩き潰されたのだ。
今日、ロバートがパーカー達勢子に声をかけた理由が、ようやくパーカーにもわかった。
パーカー達は、今日、王太子様へのよからぬ企みを一つ、叩き潰したのだ。王太子様のお役に立てたのだ。誇らしい思いが胸の内に沸き起こってきた。
パーカーは決意した。仲間たちの前に立った。
「おう、お前ら。今日は沢山走ったな」
「おぉ」
「妙な連中がいて、邪魔だったな」
「おぉ」
「そいつらは、この国に内乱を起こしたいそうだ。そんな奴らをお前達、どうしたい」
「やっちまえ」
「やっつけろ」
「犬をけしかけてやる」
「何なら、崖に追い込んでやるさ」
仲間たちは口口に応えた。
「こちらに居られるのは王太子様だ。今日、お前達は王太子様に、たっぷり分け前をいただいたな」
「おぉ」
「分け前をくださった王太子様と、狩りもできねえくせに内乱を起こしたいどっかの貴族と、お前らどっちに付くんだ」
「王太子様だ」
「来年も頼むよ」
仲間はみな笑顔だった。
「と言うわけだ。王太子様。来年もぜひ、私共に声をおかけください」
パーカーは、仲間を背に一礼した。
「ありがとう。心強い。弓の練習はきちんとしておくよ」
「ありがとうございます。来年またよろしくお願いします」
王太子様とロバートは、あろうことか、パーカーの手を握ってまで約束してくれた。
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