終章1

 ティモシーは新しく支給された制服に袖を通した。まだ背が伸びるだろうからと、誰かの服の仕立て直しだ。でも、やっぱり新しいものは新しい。今日からティモシーは近習見習いとしての仕事が始まるのだ。


「気を引き締めなきゃ」

自分に言い聞かせながら、頬を叩いた。

「もうちょっとで一人前だ」

ティモシーが、ティモシーとなってからの月日のほうが、長くなった。王太子宮に雇ってもらえるなんて、思っていなかった。紹介状を手に、王太子宮の門をたたいたのは、まだ、ティモシーという名前になじんでいなかった頃だ。思い切ってよかったと思う。


 母クレアと妹ジャネットは、今のティモシーを見たらなんというだろうか。


 ティモシーの母クレアは、子爵家の屋敷で侍女として働きながら、女手一つで、ティモシーと妹のジャネットを育ててくれた。子爵夫婦は女手一つで子供二人を育てるクレアに、心を配ってくれた。

「クレアには感心しているよ。若くして夫を亡くしているというのに、子供二人を手放さずに育てたいだなんて。王太子様からお話を頂いたときは驚いたけれども、引き受けてよかった」


 子爵はそう言ってくれた。それでも三年後、母と妹は流行り病にかかって、あっけなく死んでしまった。天涯孤独の身となったティモシーを子爵夫婦は小姓として働かせてくれた。そのまま子爵家の屋敷で働き続けようと思っていた。そんなとき、王太子宮での事件について、子爵夫婦が話すのを耳にした。


「王太子様はご無事だ」

「まぁ、それはよろしゅうございました」

「傍で仕えていた近習が一人、王太子様を庇って、大怪我をしたらしい」

「忠義な者もいたのですね」

「あぁ。私達はその近習に感謝しないといけないね。王太子様の御身に万が一のことがあれば、また内乱になりかねない」

「賢王アレキサンダー様のご血脈を受け継ぐ方は、この国にはアルフレッド陛下、アレキサンダー殿下の御二人だけですのに」

「マクシミリアン様の血脈を継がれる方々が、名乗りを上げられる日がくるとは、おもえないしね」


 あの日、倒れ伏したままの彼は、宝石のような瞳で、ティモシーを見ていた。若干視線が合わなかった。相当苦しかったのだろう。吐いていて、辛そうだった。妹を見る目は少し優しかったように思う。怪我をしたのは、あの彼だと思った。


 その日のうちに、子爵に頼んで紹介状を用意してもらった。 


 王太子暗殺未遂の首謀者だったカイラー伯爵の子供達、セドリックとジェニファーは、暗殺が未遂に終わった後、屋敷の捜索の際に、既に死んでいるのが見つかった。犯人は父親のカイラー伯爵だとされている。


 ティモシーとジャネットは母クレアの子供となり、親子三人で、子爵家の屋敷に暮らした。今となってはどれほど、ありえなかったことかわかる。先例を無視し、事実を捻じ曲げてまで助けてくれた恩人達に、お礼がしたかった。


 厳しいことを何度も言われた。だが、ティモシーと呼ばれるようになり、彼の言っていたことが本当だったと知った。


 本当に強引な方法で、無理矢理、母クレアと妹ジャネットとティモシーを家族にして助けてくれたのもわかった。もうすぐ一人前になれる。恩返しをしようと決めて、今日まで、本当に長かった。


 子爵に書いてもらった紹介状を手に、王太子宮の門を叩いた。ティモシーは門前払いをされることも覚悟していたが、すぐに面談をしてもらえた。


「試しに君を雇ってみよう。本当に雇うかどうかは、君の働き次第だ」

そういったアレキサンダーの隣に、あの日の彼、ロバートはいなかった。ティモシーの思った通り、臥せっていたのだ。


 後に彼、ロバートに再会したとき、自分が誰かばれるのではないかと心配した。だが、ティモシーが誰かは、誰にも気づかれることがなかった。


 小姓として雇われたティモシーは、礼儀作法から何から、一つ一つ教わった。


 王太子宮の門を叩いてから今日までかかったが、ようやく、近習見習いになることができた。一人前までもう少しと思うと、誇らしかった。


 近習の制服に身を包み、見習いの腕章を袖に通して、ティモシーは部屋を出た。

「僕は頑張るんだ」


 執務室の扉をたたき、許可を得て入室した。

「失礼します、ティモシーです」

再会したときよりも、表情が豊かになったロバートに声をかけられた。

「今日からですね。ティモシー」

「はい」

「主な指導は、トビアスにお願いします。トビアスは、エリックに指導方法を教わってください」

「はい」

「はい、よろしくお願いします」

ティモシーは緊張しながら、トビアスとエリックに頭を下げた。


 突然、ロバートに距離を詰められた。

「フレデリックに不要なことは、教わらないでください。どうしても教えて欲しいというのであれば止めませんが。フレデリックと一緒に夜の歓楽街に行くのは、やめておかれたほうがよいでしょう」

「はい。亡くなった母と妹に報告できないようなことはしません」

「よい心掛けです」

ティモシーの言葉に、ロバートがほほ笑んだ。


「ロバート、夜の町といったって、私だって相手を選びますよ」

「フレデリック、今日はティモシーにとっての初日です。第一印象を良くしたいのならば、余計なことはおっしゃらない方がよろしいでしょう」

凄みのあるロバートの笑顔に、フレデリックは反論しなかった。ロバートが夜の町を好まないことは有名だ。

「今日は初日です。夕食後、執務室に来てください。お渡しするものがあります」

「はい」

ティモシーの近習見習いとしての一日が始まった。

 

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