第18話 共に未来を創る者達
「アレキサンダー様、いくら乳兄弟とはいえ、熱を出している怪我人の寝台に割り込まれるのは、いかがと思いますよ」
ハロルドの声に、アレキサンダーは目を覚ました。
「ロバートに、隣で昼寝しろと言われただけだ」
知らぬ間に、アレキサンダーも眠ってしまったらしい。既に外は薄暗くなり始めていた。
「そうですか。ロバートは、また子供に戻っていましたか」
アレキサンダーの言葉に、ハロルドは事情を察したらしい。
「ロバートは、子供の頃に戻りたいのだろうか」
アレキサンダーは、ハロルドに不安を打ち明けた。
「どうでしょうか。私はそうは思いませんよ」
アレキサンダーを慰めるようなハロルドに、アレキサンダーは居心地が悪くなり、話題を変えることにした。
「ハロルド、それよりお前の首尾はどうだった」
アレキサンダーは、ハロルドが最近、実家と手紙のやり取りをしていたのを知っていた。だから、使者に頼んで“
「アレキサンダー様、ありがとうございました」
ハロルドが跪いた。
「いずれ一人前の医師として、アレキサンダー様にお仕えすべく、これからも精進してまいります。御礼を申し上げるのが遅くなり、申し訳ありませんでした」
騎士が忠誠を誓うかのようなハロルドの様子に、アレキサンダーは驚いた。
「どうした」
「家族に会いました。アレキサンダー様からの書状を頂き、両親も私の選んだ道を理解してくれました。これからも、誠心誠意お仕えするようにと、言ってくれました。ありがとうございました」
アレキサンダーは、“
ハロルドが、アレキサンダーの乳兄弟であり腹心であるロバートを治療してくれていることに感謝し、いずれ一人前の医者として、アレキサンダーを支えてくれることを期待するという書状をしたため、王太子の印章で封蝋し、使者にハロルドの手紙と一緒に届けさせたのだ。
「感謝の気持ちは、きちんと相手に伝えないと伝わりませんよ」
アリアが言っていた。ハロルドの両親に、アレキサンダーから言葉をかけることは出来ない。書状であれば、ハロルドが立派に仕事をしていて、王太子であるアレキサンダーが感謝していることを、伝えることができるはずだ。
貴族や、他国の王族とのやり取りで、形式張った書状ならば何度も書いた。自分の言葉だけで、自分の心情を伝える書状を書いたのは初めてだった。内容が相手の心に届いたことが、アレキサンダーは嬉しかった。
「アリアの教えだ。感謝の気持ちは、きちんと相手に伝えろと教えてくれた。ハロルド、礼を言うのは私の方だ。これからも期待している」
「はい。ありがとうございます」
アレキサンダーに促され、跪いていたハロルドは立ち上がった。
「アレキサンダー様」
物音で気づいたのだろう。眠っていたはずのロバートが、アレキサンダーを見ていた。
「どうした」
「ハロルドが、跪いていたようですが、何かありましたか」
いつものロバートがいた。
「両親に会ってきたのです。騎士になれという両親に背いて飛び出してから、初めての帰宅でした。アレキサンダー様に促されたのです」
ハロルドの言葉に、ロバートが目を丸くしていた。
「両親も、兄弟たちも医者になることを認めてくれました。ですから、その御礼です」
ハロルドは笑顔だった。自分の選んだ将来を、家族に認められたのが、よほど嬉しかったのだろう。
「それは、よかったですね。それにしても、家を出るなど、随分と大胆なことをなさったのですね」
「ハロルドらしいといえば、ハロルドらしいが」
「仰るとおりです」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは笑った。
「ロバート、君は昔に戻りたいか」
ハロルドがいきなり、先程までのアレキサンダーの不安を口にした。
「いえ? 別に。なぜ、そんなことを」
ロバートは不思議そうにハロルドを見ていた。
「久しぶりに家に帰って、ちょっと感傷的になったのかもしれないな」
ハロルドは、アレキサンダーの不安に関しては、口にしないことにしてくれたらしい。
「久しぶりにご実家に帰られたあなたは、ずっと家に居たいとおもいましたか」
「いいや」
ロバートの言葉を、ハロルドは即座に否定した。
「たまに帰るのはいいけど、俺の居場所はここだ。なにせ、無理ばかりする患者がいるから目が離せない」
ハロルドは冗談めかして言った。
「申し訳ありません。私も多分、それと同じです。思い出すこともありますが、戻りたいとは思いません」
ロバートの言葉に、アレキサンダーは安堵した。
「アレキサンダー様はいかがですか」
ロバートからの思いがけない問いかけだった。
「そうだな。冬のあの狩はまた行きたいな。それくらいだ」
冬、屋敷の男達と、数週間かけて移動しながら狩をした。真冬の野営は、厳しかったが、焚き火は暖かく、自らの手で捕らえた獲物を味わうのは最高だった。
「そうですね。あの狩は、たしかにもう一度行きたいですね」
「ここでの狩は少々物足りない」
アレキサンダーの言葉に、ロバートがうなずく。
「どんな狩りですか」
ハロルドが興味を示した。
「明日教えてやる。そろそろ夕食だろう」
「確かにそうです。ロバート、体を起こそう」
ハロルドの言葉を合図に、アレキサンダーは、体を起こすロバートに手を貸した。ハロルドはロバートがもたれる事ができるように、寝具を整える。
ロバートは、体調が良ければ、普段と同じものを、自力で食べられるまでには回復した。起き上がる時にアレキサンダーが手を貸してやるが、最初の頃より、容易に起きるようになっている。
「ロバート、また明日」
「はい、ありがとうございました」
ハロルドは部屋の外まで付いてきた。護衛のつもりだろう。
「ハロルド。ありがとう」
「いいえ。御礼を申し上げるのは私の方です。昔が懐かしいのは皆同じですよ」
「あぁそうだな。今や未来に懐かしい思い出など、あるわけがない。ただ、後々思い返す時に、良かったと思えるようにしたい」
アレキサンダーの言葉に、ハロルドが胸に手を当てた。
「アレキサンダー様、いずれ国王となられるあなたは、この国の未来を作る御方です。及ばずながら、このハロルド、お役に立ちたいと思います」
アルフレッドからは、アレキサンダーに、そろそろ王太子としての執務に戻るようにとの連絡が来ていた。ライティーザ唯一の王太子でなくては、出来ない仕事があるのだ。
「お前の助力には感謝している。これからも期待する」
王太子アレキサンダーとしての言葉に、ハロルドが真面目な顔をした。
「はい。ご期待に沿うべく、日々精進いたします」
ハロルドらしく、医者の弟子のような騎士のような言葉だった。
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