第14話 親と子
何度か吐いたロバートが、ぐったりと寝台の上に身を伏せたときだった。
「いちゃい?」
子供の声がした。
「ジェニファー様!」
大人達の注意がそれていた間に、幼い妹のほうが、ロバートに近づいていたのだ。慌てたクレアがジェニファーに手を伸ばしたが、護衛がクレアを止めた。
手を縛られたままの幼い子供は、寝台に伏したロバートの頬に触れていた。
「いちゃい?」
ふっとロバートが笑った。
「まだ、舌足らずなのですね」
「いちゃいの?」
「いいえ。あぁそう、頭はずっと痛いですね」
「いちゃいの」
小さな手がロバートの額に触れた。ロバートが目を閉じた。
それまでの緊迫感が、部屋全体から失せていた。
「クレアさんとおっしゃいましたか」
ロバートがクレアをじっと見ていた。
「はい」
「よかったですね。お子さん達が見つかって」
ロバートの言葉に、全員が呆気にとられた。
「カイラー伯爵の悪行は本当に甚だしい。自らの子供の身代わりに、侍女の子供達を差し出すなど、図々しいお方だ」
「えっ」
「せっかく取り戻したお子さん達です。侍女であるあなたの子供達として、大切に育てると、誓ってくださいますか」
ロバートが何を言おうとしているか察したクレアの目が大きく見開かれた。
「はい、はい、もちろんです。誓います。絶対に大切に、私の子供達として、育てます」
クレアの声には歓喜があった。
「かつて仕えたとはいえ、カイラー伯爵への要らぬ忠義故に、
寝台に倒れていたはずのロバートが、いつの間にか手にした剣の切っ先を、クレアの喉元に突き付けていた。
「あなたも、子供達の命も、無いものと心得て下さい」
「はい」
クレアの声が震えていた。
「カイラー伯爵など、関係ない、王家は、
ロバートの剣は変わらずクレアの喉元に突きつけられていた。
「はい。私の子供たちです。カイラー伯爵様など関係ありません。子供たちを返してくださった方々は恩人です。
クレアが言い終わった途端、ロバートの体が
自らの身を支えることも、剣を持つこともできないほど、ロバートは弱っているのだ。怪我人に無理をさせたと言う医者の弟子の言う通りだった。アレキサンダーが唇をかんだ。
ロバートは荒い呼吸をしていた。
「陛下、よろしいで、しょうか」
ロバートのかすれた声に、物陰からアルフレッドが現れた。
「父上」
アレキサンダーは驚いた。アルフレッドがこの場にいるなど、知らなかった。
クレアが慌てて床にひれ伏した。
アルフレッドはアレキサンダーを見ると、微笑んでくれた。
「まぁ、伯爵が逃がそうとした、本当の子供たちをどうするかと言う問題もある。侍女の子供たちが見つかったのだ。それで良しとしよう」
アルフレッドは、ロバートの案にも穴があることを指摘した。
「伯爵ご自身が手にかけたのです。もとより、子供たちが極刑になることを恐れなかったお方です。罪が一つ二つ増えたところで、元伯爵の極刑も変わりません」
影の一人の静かな声がした。
「辛辣だな。その通りだ。既に死んだ子供達を極刑にかけることなどできない。クレアとやら、お前は子供たちを大切に育てるがよい。ただし、反逆は許さない」
「はい。はい。誓います」
アルフレッドが、兄妹を見た。
「お前達の母親はクレアだ。父親は、そうだな。まぁ、何かの病で死んでしまった。仕えていたカイラー伯爵家の騒動に巻き込まれ、お前達の母親は仕事を失った。仕方がないから、別の貴族に仕えることにしたそうだ。カイラー伯爵領からは遠い地だが、子供が二人いる侍女でも、雇ってくれるようだ。子供達の名前は、クレア、お前が明日までに考えなさい。お前の子供達だ」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
クレアとセドリックであった少年が礼をした。隣で何もわかっていないジェニファーが突っ立っている。この幼い子を助けることが出来てよかったと、アレキサンダーは思った。
「大丈夫か、ロバート」
アルフレッドが、先程から一声も発しないロバートの額に触れた。
「お前は。これは冷や汗か。アレキサンダー、お前は怪我人に無理をさせすぎだ。少しは反省しなさい。そうだな、今日から一週間はアレキサンダー、お前がロバートを看病しなさい」
「はい、父上」
アルフレッドから、付き添いの許可が出たことを、アレキサンダーは喜んだ。
「これは、私の命令だよ。ロバート、その顔色で、無理してしゃべらなくていい。おや、ロバート、お前の額が熱いが。もしかして熱があるのか」
「えぇ、本当ですか、あぁ、熱だ。熱がある。師匠、大変です、ロバートが」
弟子は、医者を呼びに部屋から出て行ってしまった。影がまた、ロバートの看病を始めた。
「では、あなたがたはこちらです」
護衛は母親となったクレアと子供二人を連れて出て行った。家族となった三人は、カイラー伯爵家とは縁を切って生きていくのだ。
妹を助けてくれという兄の懇願を、聞いてやれたのが、アレキサンダーは嬉しかった。
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