第12話 牢の三人
まだ幼い二人は、互いに支え合うように寄り添って立っていた。
「帰ろう。この部屋にいる男と、お前達を会わせようと思ったが、今日はやめておく」
「あの、このお部屋の方は」
セドリックが興味を持つのは無理もないだろう。
「お前の父は私を殺そうとした。その私を庇って、大怪我をした男だ」
「なぜ、そのような方に、私と妹を会わせようと思ったのですか」
「さぁ、なぜだろうな」
はぐらすしかなかった。アレキサンダーは、ロバートなら何か妙案を出してくれそうな気がしたのだ。だが、実際は助けたいと言うアレキサンダーの情けの無責任さを、指摘されただけだった。
アレキサンダーが、小鳥の雛を拾ったときも、真っ先にロバートに見せた。桃色で羽毛が少ししか生えていなくて、目も開いていない雛だった。ロバートも大人達も育たないから元の場所に置いてくるようにとアレキサンダーにいった。渋っているうちに、アレキサンダーの手の上で、桃色の雛は動かなくなった。桃色の雛には、生きる力がなかったのだ。
でもこの二人は人の子なのだ。無力な子供だが、この二人はあの桃色の雛とは違う。
妹を助けてくれと懇願するセドリックと、いつもアレキサンダーのために必死になってくれるロバートの姿が重なっただけだ。だから、助けたかった。
二人は何も言わずに、アレキサンダーのあとについて来た。二人は貴人のための牢に幽閉されている。二人の世話を申し出た侍女も一緒に閉じ込められている。この幼い二人のために、不自由な牢獄生活を耐えることを選んだ、たった一人の侍女だった。
「クレア」
「セドリック様、ジェニファー様」
侍女に抱きしめられている二人を、アレキサンダーはただ黙ってみていた。
このままでは、二人の極刑は避けられない。助けてはいけないことは分かっている。だが、助けたかった。
自室に戻ったアレキサンダーは、静かに控えている近習エリックを見た。エリックは、アレキサンダーに仕えるようになってまだ日が浅い。ロバート以上に物静かで、何を考えているか、今一つ分かりにくい。
「エリック」
「はい」
「カイラー元伯爵家の子供たちを助けるとしたら、お前はどうしたらよいとおもう」
「極刑にすべきです」
即答だった。予測していた返事でもあった。先ほどロバートに言われたばかりだ。
「仮定だ」
「殿下の御慈悲により助命されても、反逆罪で親が裁かれ、爵位と財産を奪われたのです。殿下を逆恨みし、お命を狙うでしょう」
エリックもロバートとほぼ同じことを言った。
「そんなことが無いように、誰かが見張っていれば」
「誰に見張らせますか。そもそも誰が育てるのです」
「使用人の子供として、誰か使用人に育てさせたら」
「なるほど。では、教育も兼ねて、ロバートにつけてはいかがでしょう。今からでも、看病させたらよいのではないでしょうか」
ロバートは、目覚めてからの日も浅い。今日も、会話だけで疲れ果てたようだった。
「そんな、だめだ、信用できない、今、ロバートは自分の身を起こすこともできないのに。万が一のことがあったらどうする」
普段ならともかく、今のロバートは、自分の身一つ守れるような状態ではない。
「アレキサンダー様ご自身が、助命なさった子供を信用できないとおっしゃるのですか」
「それは」
エリックに指摘されて、アレキサンダーはあとが続けられなくなった。
「ロバートも、私達も、国王陛下もみな、同じです。反逆罪で極刑となった親を持つ子供を、信用できない。アレキサンダー様の身に万が一のことがあってはいけないから、極刑に処するのです。今回、お命を狙われたのはアレキサンダー様です。ロバートではありません」
エリックは、アレキサンダーに、ロバートはアレキサンダーの身代わりになったと突きつけてきた。
「殿下、子供ですが、父親が道連れにすることを選んだのです。お諦めなさいませ。殿下の優しさが、殿下の御身を危うくし、殿下の御身を守ろうとするロバートの命を奪うやもしれません」
「それは」
あの日、耳元で聞こえた苦しげなかすかな呻き声、血の臭い、濡れた地面の臭い、青臭い草や枝葉の臭いがよみがえってきた。ぐったりと吊り上げられていたロバート。地面に放り出されても全く動こうとしなかったロバート。月に照らされたあの光景は目に焼き付いている。
エリックはまた同じことになると言っているのだ
「お諦めなさいませ。極刑とすべきなのです」
アレキサンダーは何も言えなかった。
「次は、アレキサンダー様のお命がないかもしれません。その場合、ロバートも私も、刺客に殺されているでしょう。今回、アレキサンダー様もロバートも、還らぬ人となっておられたかもしれないのです」
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