第11話 諭す者
ロバートは少し呆れたような顔をして、アレキサンダーを見ていた。
「アレキサンダー様、お話に無理があります。カイラー伯爵がいつ、大司祭様にお会いしたと言うのでしょう。捕らえられてからの寄付の申し出など、意味のないことです」
「父上も大司祭もそのくらいご存知だ」
ロバートは答えない。事実、かなり無理があると大司祭はいい、顔中の皺を深くして、考え込んでしまった。何か手がないか、数日考えてみるが、期待しないようにというのが、彼の去り際の言葉だ。勧善懲悪を人は好む以上、民を納得させるのは難しいとも大司祭は言った。
「子供だ」
「たしか、ご子息セドリック様が年上ですが、十歳にも満たないはずです」
「良い案がないか」
ロバートは横たわったまま、盛大に溜息を吐いた。
「アレキサンダー様、その後はどうなさるおつもりですか。残党に担ぎ出され、またアレキサンダー様のお命を狙うかもしれません。罪を犯したのはカイラー伯爵ご自身です。ご本人のみならず、奥方様、ご子息もご息女も、全員極刑になるとわかっていての暗殺計画です。伯爵ご本人にその御覚悟があったはずです。お二人に、父親が自分達を道連れにしたということがわかりますか。お二人にとっては、アルフレッド様、アレキサンダー様のお二人は親の敵になります」
淡々とロバートは言葉を紡いだ。ロバートが、そういう理由で反対するだろうことは分かっていた。
「一人では何もできない貴族の子が、身分を失い、親もなく、財産もなく、どうやって生きていくとおっしゃるのですか。それも考慮しての極刑です」
ロバートに指摘されて気づいた。確かに、アレキサンダーは、恩赦を与え、助命した後のことを考えていなかった。
「誰かに預けて、育てさせるとか」
横たわったまま首を振ろうとしたロバートが、顔をしかめた。
「反逆者の子供たちを、好んで育てる者などいるでしょうか。よほどのもの好きか。彼らに、王家を親の敵だと教え、刺客として捨て駒にしようなど企むか。いずれにせよ、生き地獄です。哀れですが、今、極刑に処せば、親の罪の巻き添えとなった憐れな兄妹として人々の涙をさそうでしょう。生きながらえたとて、アレキサンダー様のお命を狙った罪人の子として、一生後ろ指を指され続けるだけです。今、死んだ方が幸せです。逆に、苦しめたいのであればアレキサンダー様、彼らに恩赦を与えることです。生き地獄を味わってから、死ぬことになるのですから」
アレキサンダーは何も言えなかった。確かに、ロバートの言う通りだった。だから、慣例はずっと続いて来たのだろう。
「巣から落ちた小鳥の雛を、拾ったときのことを覚えておられますか。大人達の言った通り、すぐに死んでしまった。同じです。生きる力のないものは、生きられないのです。恩赦だけ与えても、彼らには生きる術がない。恩赦を与えたことで、アレキサンダー様は、助けたということで、満足されるかもしれません。ですが、助けてはいないのです。生き地獄に突き落としただけです。アレキサンダー様、本当に助けたいとお考えなら、その先まで熟慮されることです」
ロバートがゆっくりと気だるげに瞬いた。顔色もあまりよくない。目を覚まして以来、これほど長い間、ロバートをしゃべらせたこともなかった。
「わかった」
ロバートの額に触れた。ロバートに触れて、嫌がられないのは、アレキサンダーとアルフレッドくらいだ。
「また来る。無理をさせてすまない」
「いいえ。ご足労を頂き、ありがとうございました」
「相変わらず、他人行儀なやつだ」
アレキサンダーの言葉に、ロバートはいつもどおり苦笑した。
アレキサンダーはロバートの病室から出て、扉を閉めた。隣の部屋には、互いに身を寄せ合う兄と妹がいた。ロバートの話は聞こえていただろう。妹のジェニファーはともかく、兄のセドリックには意味がわかったはずだ。表情がこわばっていた。
二人を、今日この場に連れて来たのは時期尚早だった。もっといろいろ先に決めておくべきことがある。
慣例がなかったことを実行するには、準備が必要だ。アレキサンダーは、まだ、諦めるつもりはなかった。
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