第10話 頼る者
アレキサンダーは、幼い兄妹に、頭からすっぽりとフード付きの外套を着せた。罪人であることを示す、縛られた手を、他人から見せないようにするには、それしか思いつかなかった。アルフレッドは、アレキサンダーが二人をロバートに会わせるために牢から出したいというと、最初は良い顔をしなかった。
最終的には、護衛を連れて行くことを条件に許可してくれた。アルフレッドはそのための護衛も手配してくれた。多分、あの日文官に扮していた男の一人だろう。幼い頃、屋敷で一緒に暮らしていた護衛達とよく似た歩き方には、安心感があった。
「ようこそおいで下さいました」
「あぁ、出迎えご苦労」
いつもの挨拶をした医者は、アレキサンダーの後ろで、フードを被ったまま立つ二人を見た。
「あの方々は」
医者が誰何するのはもっともだ。
「会わせようと思う」
アレキサンダーの返事に、医者は顔をしかめた。
「あまりお勧めできませんが。今日も体を起こせないようですから、無理をさせるようなことは、お控えください」
「あぁ、無理はさせない」
アレキサンダーも無理はさせたくない。ロバートが無理をしがちなだけだ。
ロバートは、瞬きをするようになってから数日前に、目を覚ました。
目を覚ました第一声が、「殿下は、ご無事ですか」だったという報告を受け、少しは自分の心配をしろと、殴りたくなった。怪我人を殴るわけにはいかないから、代わりに枕を殴っておいた。
枕を殴っているのを、数か月前から近習としてアレキサンダーに仕えるようになった、エリックに見つかってしまった。
「アレキサンダー様、ほどほどになさいませ」
エリックは物静かで礼儀正しい。ロバートとは違う苦言の呈し方に、ロバートの不在を突きつけられて、一緒にいるのが少々辛かった。
目を覚まして数日たってもロバートは、ひどい頭痛と眩暈のため、身を起こすことができずにいる。昨日、査察官達がやってきたときも、無理をして起きようとして、吐いた。
医者と弟子が、査察官達を追い出そうと、鍋や薬研や手近なものを振り回していたのをアレキサンダーは見てしまった。
逃げるように出ていった査察官達と、ばつの悪そうな医者と弟子に、アレキサンダーは久しぶりに笑った。顔色の悪かったロバートも少し笑った。
病室に入ったアレキサンダーは、扉を開け放っておいた。護衛には、子供たちを連れ部屋の外で待つように命じた。二人を連れてきたものの、本当に会わせるべきかわからなくなった。二人が何を思うかわからない。ロバートが二人をどう思うかもわからない。
アレキサンダーが確実に解っていることは、ロバートが、弱った姿を他人に見られたくないということだ。
少し早まったかもしれない。だが、刑の執行まで日が限られていた。
「ロバート」
寝台に横たわり、目を閉じていたロバートが目をあけた。
「ロバート、起きるな」
ロバートが動こうとするより先に、アレキサンダーは止めた。
「しかし、アレキサンダー様」
「起きるな、命令だ」
「はい」
「昨日の今日だ。無理をするな」
アレキサンダーは寝台の横にある椅子に腰を降ろした。
ロバートは、何気ない風を装おうとしているのだろうが、あきらかに声に力が無い。顔色も悪い。
「顛末を、そろそろ話そうと思った」
「はい」
「カイラー伯爵家は取り潰し、財産、土地、その他すべて没収だ。伯爵の一族は全員極刑。常通りその予定だった」
アレキサンダーは言葉を切った。
「カイラー伯爵に子供がいたのは知っているか」
「ええ。たしか、御子息と御息女がおられたはずです。まだ、相当お若いはずです」
ロバートの表情は変わらない。
「セドリックとジェニファーだ。その子達も通例通り、極刑だ」
「はい」
答えるまでのわずかな間があった。ロバートをよく知る、アレキサンダーだからわかるようなものだ。
「そのはずだった。大司祭から、連絡があった。カイラー伯爵が、罪を悔い改め、全資産を聖アリア教に寄付すると申し出があったそうだ。そのため、子供達だけでも恩赦を与えてはどうかと、父上はお考えだ」
ロバートの返事がなかった。
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