第8話 待つ者
アレキサンダーの鼻は、病室の独特の匂いに慣れてきたらしい。ここのところ毎日嗅いでいる癖がある匂いだ。乾燥した草とその他のいろいろな匂いが混じった独特のものだ。よい香りではないが、最初より臭いとは思わなくなった。
目を覚まさないロバートは医者達が管理する病室にいた。
「ようこそおいで下さいました」
「あぁ、出迎えご苦労」
医者の妙な挨拶にも、アレキサンダーは慣れてしまった。
「ロバートは」
「目を覚ましません」
いつも通りの返事にアレキサンダーが落胆したときだった。
「ただ、弟子が瞬きをしているような気がすると申しております」
「何」
医者の言葉に、アレキサンダーはロバートの顔を覗き込んだ。
「ロバート」
声をかけたが、何も変わらない。
「弟子を呼んできましょう」
ほどなくして、医者が大柄な弟子を連れてきた。
「お前が、瞬きを見たと言う方法を、もう一度やってみなさい」
医者の言葉に、弟子が大きく息を吸い込んだ。
「起床!」
耳が痛くなるくらいの大音声に、アレキサンダーは両手で耳を塞いだ。だが、確かにロバートの睫毛が動いたように見えた。
「騎士はこういうと起きます。僕の兄は、騎士ですが、試したところ真夜中でも起きました」
得意気な弟子と、その横に立ち、しっかり耳を手で塞いでいた医者をアレキサンダーは睨んだ。
「騎士の兄を真夜中に叩き起こすなど、随分と迷惑な弟だな」
「兄弟なんてそんなものです」
弟子は悪びれた様子もない。
「確かに瞬きしたような気もするが、大声を出すならば先に言え」
「申し訳ありません」
頭を下げた二人に気づかれないように、アレキサンダーは息を吸った。
「ロバート!」
ロバートがわずかに瞬きをした。
「おぉ、さすが殿下」
「聞こえていますね。よかった、よかった」
仕返しも兼ねていたのだが、医者と弟子は全く気にせず、手を取りあって喜んでいた。
アレキサンダーの目に涙が込み上げてきた。
「あぁ、殿下、よかったじゃないですか。陛下にも報告しないと。ほら、師匠、感動するのは殿下に譲って、あなたは仕事です」
弟子はあっという間に、医者を引っ張って部屋を出て行った。
静かになった部屋で、アレキサンダーはロバートの頬に触れた。
「ロバート。目を覚ませ。お前はいつまで寝ている気だ」
微かに瞼が動いたのがわかった。
「ロバート」
ロバートの眠り続ける寝台に伏して、アレキサンダーは泣いた。安堵して泣くなど馬鹿げていると思ったが、涙が止まらなかった。
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