第7話 悩む者
王宮には罪人の塔がある。アレキサンダーは、牢獄の前にいた。
カイラー伯爵家の子供は二人だ。幼い妹ジェニファーはまだ何もわかっていないのだろう。ただ、怯えたように兄セドリックにしがみついていた。
「妹は助けてください。お願いします」
セドリックの声に、アレキサンダーは耳を塞ぎたかった。
王族への反逆罪は極刑だ。過去にそれを覆した例はない。赤子でさえも容赦なく命を絶つ。復讐の芽を摘むための刑罰だった。この二人の父親はそれをわかっていて反逆したのだ。
「お願いします」
アレキサンダーを殺そうとしたのだ。ロバートがいなければ死んでいただろう。ロバートはこの二人の父親のせいで、大怪我をした。未だ目を覚まさない。医者も、頭を強く打った場合、打ち所が悪いと、このまま目を覚まさずに息絶えることもあると言った。
ロバートを連れたアレキサンダーが王都に帰還し、数日後に、元カイラー伯爵一家は、罪人用の馬車に乗せられ王都にやってきた。それでもロバートは目を覚まさなかった。
ロバートは子供が好きだ。小さな子を相手にしている時など、アリアが生きていた頃のように笑うこともあった。
元カイラー伯爵の子供達に恩赦を与えたら、ロバートは、相応の罰を与えるべきだったとアレキサンダーを叱るだろう。子供達を極刑に処したら、アレキサンダーには何も言わないだろうが、ロバートは悲しむだろう。
どちらにしても、アレキサンダーにとって良い結果ではない。そもそも、ロバートが目を覚ましてくれる保障すらないのだ。
子供達の牢に来る前、アレキサンダーは、彼らの父、元カイラー伯爵、今は、ダニエルという名だけを持つ男に、一つの提案をした。
彼のせいで大怪我をし、今も意識のないロバートのために賠償金を払うことで謝意を示せと言ったのだ。アレキサンダーを守ったロバートは、意図せずとはいえ、ダニエル、つまりは元カイラー伯爵の罪を、軽くした。王太子の暗殺を暗殺未遂にした。それ相応の対価を払えと要求した。王族の暗殺は、計画されていたというだけで、一族の極刑以外にあり得ない。だが、ダニエルとなった男が、ロバートに謝意を示すならば、アレキサンダーは、子供達には恩赦を与えるようアルフレッドに願い出てやるつもりだった。
アレキサンダーの提案を、大罪人ダニエルはせせら笑った。
アレキサンダーが、伯爵家の地下牢で、幼い兄妹を見た時は、極刑以外はありえないと思った。だが今は、幼い二人に別の人生を与えてやってもいいとアレキサンダーは思えるようになっていた。幼い二人が、暗殺計画には関係がない。王太子の暗殺未遂は、親の罪であり、子の罪ではない。
ダニエルのように、子供達を助ける機会を、せせら笑って無下にする親がいるなど、アレキサンダーは考えたこともなかった。
アレキサンダーは、多忙を極める国王である父アルフレッドと会う機会はあまりない。だが、アルフレッドは、アレキサンダーを大切にしてくれている。今回も、最後までアレキサンダーを囮とするような計画に、反対してくれた。
他に方法がないというアルフレッドに仕える影の言葉に、アルフレッドは、渋々同意した。
アレキサンダーが戻ってきた時に、アルフレッドは抱きしめてくれた。ロバートを助けるために、アルフレッドは自らの侍医に治療を命じてくれた。アルフレッドのように、子供を大切にしてくれる父親ばかりではないのだ。子供を大切にしない父親など、ロバートの父バーナードぐらいだと、アレキサンダーは思っていた。この幼い二人は、父であるダニエルの計画のせいで極刑になるのだ。
可哀想だと思った。あの時、カイラー伯爵家の地下牢で、初めて二人を見た時には、無かった感情だ。
「残念だな。君たちの父上は、私や私にとって兄弟同然の男を殺すために払う金はあったようだが。君たちを助けるために払う金は一切ないとおっしゃったよ」
「父上が」
「せせら笑っておられたね」
セドリックの顔に絶望が広がった。可哀想だとは思う。だが、理由もなく恩赦など与えられない。
「だったら、僕が払います」
セドリックが叫んだ。妹を助けようと、必死なのだろう。
「何を言っている。君はもう、伯爵家の人間じゃない。カイラー伯爵につらなる大罪人の一族の一人だ。財産も領地も既にすべて国のものだ」
「僕が働きます。働いて払います」
「働いたことなどないだろう」
アレキサンダーの言葉に、セドリックは口を閉じた。
「お前にできる仕事など、あると」
「あります、きっと、だから働きます。妹は、ジェニファーは、助けてください。お願いです。まだこんなに小さいのです。何もわかってなどいません。お願いします」
法律通りであれば、二人は極刑だ。だが、それで後悔しないとは言い切れなかった。恩赦の口実があれば、アルフレッドに相談できる。それを断ったのは、幼い兄妹の父だ。
「恨むなら君たちの父上を恨め。君たちを助けるための金を払わないと決めたのは、君たちの父上だ」
アレキサンダーはそう言うと、牢を後にした。セドリックの目に溜まった涙を見なかったことにしたかった。
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