第6話 上に立つ者
文官達は、天幕の一つを使うと宣言した。アレキサンダーは側にいたいと訴えたが、手当てがすんだら呼ぶと言われて、追い出されてしまった。
丁重だが遠慮のないところが、ロバートに似ていた。近衛達に、天幕で休むように勧められたが断った。アレキサンダーはロバートが手当てを受けている天幕の傍でひたすら待った。
眠い目を何度もこすったときだった。ようやく天幕の入り口が開いた。
「どうぞ」
天幕にしつらえられた寝台の上に、目を閉じたロバートがいた。
「ロバート」
血臭がした。あちこちに巻かれた包帯には血が滲んでいた。
「深い傷はありません。浅い傷ばかりですから、出血もいずれ収まります。あと肋骨も折れています」
男の言葉に頷くのが精いっぱいだった。
「なぜ、目を開けない」
ロバートは苦しげな顔で目を閉じていた。
「おそらく、打ち所が悪かったのではないでしょうか。頭に傷があります」
アレキサンダーを抱えて跳んだからだ。普段のロバートであれば、テラスからの着地など、失敗するはずもない。
「ロバートを早く王都に連れて帰りたい。明日朝、出来るだけ早く出立する」
「承知いたしました」
命令したアレキサンダー自身、無理な命令だろうとは思った。
普段なら、ロバートに最初に相談する。そうするとロバートは、各部署の責任者達の意見を聞き、最善の策を提案してくれた。
決定し、決定に責任を持つことが、上に立つ者の責務だと教えられてきた。上に立つ者の決定を実現するための、最善策を考え出すのが、家臣の役目だとロバートは言っていた。
「彼らは明らかに私を殺そうとしていた。王太子の暗殺未遂だ。容疑者であるカイラー伯爵と、家族の全員は謹慎だ。伯爵家の騎士達には武装の解除をさせろ。反対したら、王太子の命令だと言え。それでも逆らうならば、反逆とみなせ。私を襲った男達は捕らえたか。捕らえた男達は、王都に連れて行き訊問させる。死ななければいいから縛り上げておけ。そのための人数は足りるか」
「難しいと言わざるを得ません」
控えていた近衛隊長が言った。
「何が問題だ」
「ここはカイラー伯爵の領地です。彼らの手の者があふれる土地で、彼らに謹慎処分など、逃げろと言っているのと同じです」
近衛隊長の率直な物言いは、アレキサンダーを一人前と認めてくれているように思えた。ロバートは、いつもアレキサンダーを相手に辛辣な意見を言った。アレキサンダー様が、愚か者であれば、意見などいわず、他に仕えますと言い放つのがロバートだ。
「縛り上げて王都に連れて行くとしたら」
「何がおこるかわかりません。道中危険です」
近衛隊長の意見は真っ当なものだ。今回、ここまで派手なことになるとは思っていなかった。連れてきた兵士はさほど多くない。警戒されないようにしたのが、裏目に出た。何か証拠となる書類を手に入れるか、書類の在処の手がかりをつかむことが目的だったのだ。
だが、アレキサンダーは、怪我をして意識のないロバートを一刻も早く王都に連れて帰り、医者に治療させたい。ロバートが大怪我をした今回の視察で、カイラー伯爵を取り逃すのも嫌だった。
「手はあります」
ロバートに付き添っていた文官の男が言った。
「アレキサンダー様は、ロバートを王都に連れ帰り、医者に治療させたい。そう思ってよろしいでしょうか」
「あぁ」
「あとは、殿下を襲った者達の証言をもとに、カイラー伯爵を裁きたい」
見透かしたような男の言葉にアレキサンダーは頷いた。
「そのためには、カイラー伯爵家の者は絶対に逃さない。原則どおり、全員極刑にしてやる」
絶対に許さないと、アレキサンダーは決意していた。
「ならば、伯爵家の地下に牢があります。謹慎なぞにせず、一家を牢に閉じ込めておけば、見張りもさほど必要ありません。手錠も足枷もありますから、殿下のご命令次第です」
アレキサンダーは文官の男を見た。まるでロバートのようなお膳立てだった。
「牢に鍵を持ち込まれたらどうする」
近衛隊長の言葉に男が少し考えた。
「全員丸裸にしてしまえば、本人達が持ち込むことはできないでしょう。男女で部屋は分けておきましょうか。外から持ち込ませないためには、見張りをこちらの手の者にしておけばよい。いっそ、鍵は全て王都に持ち帰るのも手です」
気遣いがあるのかないのかわからない男の言葉に、近衛隊長はあっけにとられたらしく、何も言わなかった。
「カイラー伯爵と一族は、全員捕らえろ。牢に放り込め。大人も子供も全員だ。全員、手錠と足枷をつけて逃げられないようにしておけ。一度丸裸にして何も持っていないことを確認したら、下着くらいは身に着けてよい。彼らは、王太子暗殺の首謀者だ。全員、極刑だ。逃がすな」
「かしこまりました。では、アレキサンダー様の御慈悲に基づき、下着だけは身に着けておいていただきましょう」
近衛隊長が部下に命令する声が聞こえた。
翌朝、地下牢に閉じ込められたカイラー伯爵一家をアレキサンダーは一瞥した。アレキサンダーより幼い子供たちがいた。可哀そうだとは思ったが、極刑を免れる方法などない。
国家の慶事と重なれば、恩赦という制度もある。だが、アレキサンダーは、たとえ相手が子供でも、父アルフレッドに恩赦を願い出るつもりはなかった。
朝になったというのに、ロバートには目覚める気配がない。医者ではないと、文官は断った上で、頭を強く打った場合、このまま二度と目を覚まさないこともあるといった。
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