第2話 腕白達の抱える辛さを分かってやってくれないか
マシューは、調理長に頼んで、王太子宮の調理人、見習いも含め全員に集まってもらった。マシューは調理人だ。大勢を相手に何か言うなど緊張する。だが、言わねばならないことがある。
腕白達のために、マシューが伝えてやらねばならないのだ。
「お前さん達は誇りをもって料理をしているだろう。それは相手に食べてもらってのものだ。あの二人がなぜ、王都の貴族が好むような味の濃いものを食べられないのか、お前さん達は知っているか」
マシューの言葉に、集まった者達は、顔を見合わせたり、俯いたり、頭を掻いたり、様々な反応をした。
「それは、食べ馴れないからだとおっしゃっていました」
調理長の返事は、マシューの予想通りだった。あの事件のことを、つらい思い出を二人は口にできないのだろう。
「それもあるだろうな。だが、言いたくなかったんだろう。濃い味だとな、中に何が入っているか、わかりにくいだろう」
マシューの言葉に、調理人達は耳を傾けてくれていた。
「あの子たちが育った場所でな、一度に五人死んだことがある。料理に毒が混ぜられていたんだ。ロバートは特に、目の前で仲間を失い、自分も死にかけた。一時期は水以外、何も口にできなかったくらいだ。何を食わせても全部吐いた」
ロバートは、母親が死んだ直後に仲間を失った。なんとか食事を食べられるようになっても、人が変わったように笑わなくなった。必死に大人に近づこうとするロバートに、周囲は心配したが、どうしてやることもできなかった。
ロバートは一人前にならねばならなかった。他に選択肢などなかった。
「お前さん達、一人生き残ったつらさがわかるかね。俺は戦場の怖さは分かる。こうして手と足を失った。目の前で仲間が死んだ。生き残った辛さは俺も味わった。だが、食事で死にかけた恐怖は分からん」
ティタイトとの戦争が終わり、もうすぐ二十年にはなるはずだ。周囲に立つ調理人たちも、多くは子供だったろう。戦場の怖さを本人は知らなくても、話を聞く機会などいくらでもあるはずだ。
「片手片足の俺が一日鍋に張り付いているから信用しろと言って、俺の作ったスープを食わせて、他の料理も少しずつ食べられるようになったんだ。我儘で食べないんじゃない。食べられないんだよ。同じ食事を食べていた仲間が目の前で倒れたんだ。同じように倒れたロバートが、目を覚ました時には、全員死んでいたんだ。その怖さがわかるか。俺にはわからない。俺は戦場の怖さは知っている。さっきまで隣にいた仲間が死体になったときのことは、今も忘れねぇ。そんな俺でもわかってやれないんだ」
恐怖というのはやっかいだ。自分の中にあるのに、自分にはどうしようもない。そのくせ恐怖のほうは、人を好き勝手に操ってくれる。
「俺も、亡くした手足が今でも痛い時がある。そんなときは、あの戦場のことを思い出す。昼でも夜でも関係ねぇ。鉄の臭い、鉄臭い血の臭い、土の臭いが今もする。死んだ仲間の顔が見える。俺に切りつけてきたやつの顔が、今でも見える。あのお二人も、自分自身では、どうしようもないのだろうさ」
生々しい話だ。マシューだってこんな昔話は好きではない。こんな話をしたら、数日は、またあの戦場の夢を見るに決まっている。それでも、マシューが言ってやらねばならない。
「あの子達も、お前さん達を困らせたいわけじゃない。お前さんたちを信用してないわけでもないだろうさ。信用してなかったら、厨房には来ない。だけどな、無理なんだ。そういう問題じゃないんだ。わかってやってくれ。自分じゃどうしようもないものなんだ。年寄りのおせっかいだ。あの子たちが食べられるものをつくってやってくれ」
マシューは頭を下げた。
調理長がゆっくりと頷いた。
「わかりました。今まで私たちが研鑽を積んできた料理が、受け入れられないと言うのは残念です。ですが、お若い二人のお口に合うものを料理することが、私達の務めです」
マシューと違い、最初から調理人になると決めた男だろう。そんな男の矜持を曲げさせて申し訳ないという気持ちでマシューはいっぱいだった。
「俺の作れるのはスープだけだ。本当は、俺の方が、お前さん達に教わらなきゃいけない立場だってのにすまねぇ。王領の田舎の母ちゃんたちの料理だ。お前さん達ならすぐに覚えて作れるよ」
マシューの言葉に調理長が笑った。
「いや、意外とそういう料理のほうが難しいのですよ。何せ、料理に思い出がありますから。私だって、子供の頃に、母が作ってくれた料理が、今でも懐かしい」
調理長の言葉にマシューは安堵した。
「ありがとう。年寄りの辛気臭い昔話につきあわせちまったな」
「いいえ。あなたの辛い経験も含め、お伝えいただいたこと、感謝しております。ありがとうございました」
この日を境に、王太子宮の料理は、アレキサンダーとロバートの好む味にかわった。
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