第9話 再来を待つ家族

 少年がこなくなった後、死んだ息子ジャックが十六歳になる年を迎えた。年上だという名乗らない彼は、何歳になったのだろう。年齢も聞いていなかった。


 いつもどおり、村の者ではない男が、死んだ息子の給金を持ってきた。

「今年で十六歳だ。最初にこちらから伝えたとおりだ。まぁ、これで、あいつが少しは気が楽になったのか、俺にはわからんがな」

男の言葉の意味がわからなかった。

「聞いていなかったのか?」

それに続けた男の言葉に驚いた。


 あの生き残った少年は、自分の給金はいらない、子供を失った親に死んだ子供の給金だと言って、自分の給金から払ってくれといった。使用人は、食事や衣類を支給される。それだけでいいと彼は言った。死んだ子供は五人だった。最初、その話は、誰もまともに取り上げようともしなかった。


 だが、あの少年の生き残ったという罪悪感を軽減するためなら、彼を死なせないために、枷となるだろうということで、彼の主の父親は、少年の申し出を受け入れた。支払いはライティーザ王国で成人したとみなされる十六歳まで。だから彼は、これからずっと先、死んだ子供の給金をその親に支払うために、主に仕え続けるのだ。


 そのために、死ぬことは許されない。


「そうでもしないと、死にそうだったからな。もっとも、今でも無茶ばかりしているそうだが。この家には年一回きていたというから、あなた方だけは知っているかと思ったのだが、やはりか」

男は溜息を吐いた。


「この話、聞かなかったことにしてくれ。あなた方にも内密にしていたのなら、あいつは知られたくなかったんだろう。頼む。忘れてくれ」


 一応、男の言葉には頷いておいた。だが、忘れられるものじゃない。結局妻には話してしまった。妻は大泣きした。

「どうして何も言ってくれなかったの」

言えないと言って名前も名乗らなかった少年が、自分の先の給金まで使って自分たちに、死んだ息子の給金を届けていたなんて、思いもよらなかった。落ち着くまでは来ないといった少年に、礼を言える日はいつくるのだろうか。


 ある年、ジェフが天井を見て首を傾げた。

「なぁ、父ちゃん、おれ、父ちゃんより背の高い人に、肩車してもらった?なんか、どう考えても、父ちゃんだと高さ足りないんだけど」


 妻と顔を見合わせた。

「えぇ、あなたの亡くなったお兄さん、ジャックの年上のお友達だった人よ」

「そういや、あいつ、最初から背が高かったけど、あっさり俺を抜かしたな」

「ねぇ、その人名前は」

「わからないわ。教えてくれなかったの。あなたもジャックの手紙を見てみる?そこに書いてあるRという人が、あなたに肩車してくれた人よ」

「その人、なんで来ないの」

「お仕えしているご主人の都合だって言ってたわ」

「へぇ。なぁ、ジャック兄さんの奉公先の屋敷って、王子様いたところだろ。王太子様になったっていう」

「そうよ」

「ジャック兄さんって、殺されちゃったっていうけどさ、その人大丈夫かな?兄さんみたいに殺されちゃったりしないわけ?」

妻と顔を見合わせた。


「王太子様には、背の高い腹心がいるっていう噂がある。俺と母ちゃんはその腹心ってのが、お前に肩車してくれた人じゃないかと思ってるけどな」

亡くなったジャックが慕っていたあの少年が、王太子の腹心だったら嬉しいから、そう思いたいというだけでもある。


「会ってみたいなぁ。なんか、優しかった気がする」

ジェフは天井を見上げた。

「あそこの梁さ、あの梁に触りたくって手伸ばしたら、持ち上げてくれたんだ。ほら、あれ、多分、俺の手形」

見上げた梁に、小さなの手の痕があった。

「なんか、会ってみたいなぁ。ちゃんと覚えてないもん」

「そうだな。いつになるやら」

また来てほしいといった妻の言葉に、あの少年は礼をいっただけだった。

「今頃、何をしているんだろうな」


<平穏な日々の終わり 完>(次章に続きます)

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