私したいこと

荼八

私のしたいこと

「今日出会ったばかりなのに、今日でお別れってなんか不思議ですね。」

「そんなことないです、これからが私達の未来ですよ。」


ほんの一瞬だけが、この崖から飛び降りるその間が私達の未来なのか。そう男は思った。女とは顔は合わせたことは無かったが、ネットで友人伝で仲が良くなり意気投合してかれこれ5年近くの関係だ。



地元の喫茶店、コーヒーを啜る。サイフォンのランプがカウンターから差し込む、この店に来るのも今日で最期になるはずだ。ここで読む太宰が私の中の癒しであった。ガラスのカップで提供される深みのある赤茶色のコーヒーは華やかで優しい酸味とスッキリとした後味が特徴でチーズケーキと一緒に頂くと本当に素晴らしいひと時を後れる。アンティーク調ドアチャイ厶が揺れ音を立てる。コツコツとブーツを履いた足音が私の斜め後ろで途切れた。


「こんにちは…もしかして…なんでもどーなっつ博士さんですか…」

「あっ……小野寺ももさん……どうも…」


そこには、ボブヘアーに薄ピンクのワンピースの可愛らしい女性が佇んでいた。

私は何処か安心してしまった。


お互いに、この街出身の身だったし歳もひとつしか変わらないが対面して話すことはなかった二人が出会った。ここまで顔を合わせることが無かったのが奇跡とも思える程の関係は進んでしまった男女はここから、この狭い田舎の町を一通り観て回ったあとに心中をする手筈であった。


「…前…失礼しますね……」

「何か飲みますか?僕出しますよ…」


「あっ……じゃぁ…ミルクティーで……お願いします」

「他には…何にか食べます?ここは…そう、チーズケーキ…が美味しいですよ?」

「じゃ…じゃぁ…チーズケーキもお願いしていいですか…」

「すみません あっ…聞こえてた? じゃぁそれで お砂糖どうします?」

「ストレートで大丈夫です…ミルク入ってればそれで……」


しばらくして、綺麗なティーカップに注がれた彼女の紅茶がテーブルに置かれた。この店では統一したカップでは無く一つひとつが違う可愛らしいデザインのものが提供される。対照的にコーヒーはコーヒーの色合いがわかる様に透明なガラスのカップではこばれてくる。


「なんで…僕を選んでくれたんですか?」

私はふと気になったことを口にしてしまった。実際は解っているつもりだったが、それでもそれが確信に変ればきっと今の小さな緊張も解れるかと思ったのだろう。

「なんで…ですか…… 誰でも、良かったのかも知れませんね。私のことを解ってくれる人なら誰でも…その中で一番頼りになるのが博士さんだったので、そう、地元も同じだったし、安心して死ねるかも…とか、そんなこと思っちゃったんですよ。」


正直その条件が飲める時点で、誰でもって訳では無いと頭の中で過ぎったが私はただ嬉しいかった。こんな自分でも頼ってくれる人が居ることを知れて本当に今日死んでしまってもいいと思った。なんなら、そんなことを言ってくれる人がいるなら私も安心して死ねる気がした。


喫茶店を後にした二人は、寂れた繁華街を抜け渡船場。港町特有の磯の臭いと、にわか雨が晴れ間に照らされたアスファルトから揮発した青いにおいが混ざっていた。


「何処か行きたい場所とかあります?」

「じゃぁ…そうですねぇ、あそこのファミレスの前にあるパチンコ屋行きませんか?」

「なんでまた、パチンコ屋に…」

「言ったことありませんでしたっけ、私パチ屋で高校生の頃バイトしてたんですよ。パチンコ打たなくともタバコだけでもどうです?」

「タバコかぁ…いいねぇ、行こうか。」


渡船場から、小さな漁船の並ぶ港の方面に歩きながら出会ってからのここまでの思い出を語る。結局太宰はクズだったのかとか、あの映画は私達の為にあるとか、どれもこれも最終確認の様に今迄に話してきたことばかりだった。飲み物を買い喫煙所に入って、かれこれ30分も同じ様なことを話していた。


落陽 夕は暮れるまた来る明日の為に人々は、食事とり、風呂を沸かし、各々ベッドか布団かはたまたリビングのフローリングで眠りにつく時間 私達は地元でも有名な身投げの名所それも崖の縁に二人は居た。


「今日出会ったばかりなのに、今日でお別れってなんか不思議ですね。」

「そんなことないです、これからが私達の未来ですよ。」


「それに……」

「それに…?」

「今日は最高に楽しかったんです。なんて言うか、同居人も私の言ってることちゃんと聞いてくれないし、周りの友達もこう言う話しするとよくわからないって…そんなのおかしいですよね……私は……ぶっちゃけちゃうと!全部嫌なんです!皆大っ嫌いです!死にたいのにも疲れちゃったんです…だから…博士さんがいて私、本当に救われました。」


彼女は涙を流しながらそう言った。

本当だったら、今から死ぬはずの人間がするはずのない嬉し涙だった。男はその涙とはまた違う意味で嬉し涙を流していた。


「ねぇ 最期にタバコすいませんか?シガーキスしてみたいんです。最後だしいいでしょ?」

「いいよ どうせ…最後なんだから……」


ジッポの火が激しく揺れる


「キスは男の子からですよ?」

「わかってるよ……」

「あ…まって…その前!その前に 名前!

教えてくださいよ!」


「名前なんて どうでもいいじゃないか」


男は左手で火のついたタバコを持ち

右手で女を抱き寄せキスをし



「私 名前なんてどうでもいいこと なんです

さようなら 愛しき人」




一人分の影が海と岩肌の中に落ちていった。



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私したいこと 荼八 @toya_jugo

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