12 月明かりの下の会話1

 あてがわれた部屋は客間だと言う。

 そんなに広くはないが、南向きで日当たりは良さそうである。

 草を精巧に編んだものが置いてあるが、これが寝台だろう。上掛け用に綿が入れられた着物が畳んであった。試しに寝てみる。

「寝れる!」


 横になって、昨日からの出来事を振り返る。

 聖女召喚をしようとして自分が異世界に召喚されてしまった。

 自国の出来事を異世界の人間に頼ろうとしたから、こうなったのだろうか。しかし、聖女には無事に会えた。


 今後はこの世界で魔物退治をしていくのだろうか。

 だが、ガウェインはどうなる。自分が今までやって来たことはなんだったんだろう。


 クリフォードの思考はどんどんと沈んでいった。


「クリフォード様」

 部屋の外から声が掛けられる。千佐の声だ。

 沈んでいた心が引き上げられるような気持ちになった。

「今、よろしいですか」

「いいよ。どうしたの」

「失礼します」

 体を起こして障子を開けた千佐を見る。

 月の光を浴びて、千佐の髪が光っている。昼間より緩く結ばれた髪は自然と肩に流れている。白い着物は昼間着ていたものよりも、体の線に沿っている。

 きれいだな、とぼんやり思っていて唐突に気づいた。千佐は寝間着一枚でここにいる。


 未婚の女性がそんな薄着で異性の部屋を訪れていることに、クリフォードは動揺する。だが、千佐は気づかずに部屋に入ってきて、側に座った。


 なるべく直視しないよう、視線をそらす。それでも近いので、どうしても視界に入ってしまう。なんなら、頬に落ちるまつげの影すらも見える。


 抱き寄せて口説きたい気持ちともっと貞節を大事にすべきだとこんこんと諭したい気持ちとでない交ぜになる。


「どうしたの?」

 改めて問う。千佐も、兄が目の前でいなくなるなど大変な思いをしているので、話がしたいのかもしれない。

 そう思わせるような、真剣な表情である。

 ただ、白い寝間着のせいで妙に艶めいて見えるだけだとクリフォードは結論づける。


「なにかご用事などはありませんか?」

 こんな夜に用事といわれても、と疑問に思う。まさか、そういう意味ではないだろうと傾きそうになる思考を切り離す。


「ないよ」

 平静を装って、答える。

「……今日はもうお疲れですよね」

「ああ、そうだな」

 これは肉体よりも精神的な疲れだろう。

「せっかくお休みになるところをお邪魔して申し訳ありません。なにかご用事があればいつでもお申し付けください。それでは、お休みなさいませ」

「おやすみ」

 千佐は一礼して、去っていった。


「なんだったんだろう」

 クリフォードは寝れるかどうかわからなくなってしまった。もやもやと悩ましさに頭を抱える。


「ん?」

 視界の端にあるはずのないものが見えた。顔をあげてそちらを見る。


「鏡だ」

 それは聖女召喚の際に使用した鏡だった。

 ひとりでにまばゆく光り出したそれに、また召喚されるのかと身構える。

 眩しさから、目を手でかばう。まぶた裏の眩しさが消えた気がして、恐る恐る目を開ける。


 鏡には、自分とは違う姿が映し出されていた。

「誰?」

「お前が誰……って、ああ王子か」

 鏡が答えた。




 城中を見て回りたかったのに、部屋に送り返されてしまった。

 見張りまで置かれて、面倒なことこの上ない。


 寝る前に対策を練るかと思っていると、突如現れた鏡が光り出す。

 そして、鏡は別人の像を映し出した。赤い髪に青目の王子、クリフォードの姿である。

 さあ、どうしたものか。早川は考える。変にへりくだる必要はない。一発かまして、逆に文句の一つでもつけてやろう、と口を開く。


「お前らの聖女召喚とやらに巻き込まれた者だ。名を早川英心と言う」

「もしかして、千佐の兄上か!?」

 早川の名にクリフォードは反応する。クリフォードから千佐の名前が出たことで、早川家に招かれていることがわかる。

 変なところで路頭に迷ってたらどうしようかと思っていたので、無事が確認できてわずかにあった罪悪感が解消された。

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