11 風呂と褌と刀

 食事の後、風呂を勧められた。屋敷を案内されていると、庭にいた夜十彦に声をかけられる。

「クリフ様ー、俺風呂沸かすの手伝ったー」

「そうか、ありがとう。食事はもらえた?」

「うん!」

 早川家の人々は夜十彦の面倒を見てくれそうで、クリフォードは安心する。


「蒸し風呂かぁ!」

「経験はお有りですか?」

「はい」

 遠征先で風呂を借りると大概は蒸し風呂だった。これはこれでいいものだとクリフォードは知っている。

「この風呂は、英心様自らが山から木を切ってこられて作ったものです。英心様は長らく寺で過ごされてましたから、風呂に入るのが習慣付いておられたもんで、家でも入りたいと申されましてな。止めるのも聞かずに山から木を切ってこられたんです。しまいには村のものも手伝って、これだけのものができあがったわけです」

「すごいですね」

「お陰で、お客様に風呂を振る舞うことができるわけです」

 こちらとしても風呂に入れるのはありがたい話である。

「掛け湯はこちらに用意しておりますから、どうぞごゆっくりとお入りください」

「ありがとうございます」


 

 風呂から出て、用意してもらった服を手にどうしたものかと考え込む。小袖と言うらしい着物はとりあえず袖を通す。問題は下着と思われる、この布である。一枚の長い布で片側に切れ込みが入っている。どう身に付けるかわからず、手にもって広げたまま悩む。

「失礼します」

 外から声を掛けられた。

「着物の着方はわかりますか」

「わかりません」

 聞かれて即答する。

「では、失礼して」

 中に下男が入ってくる。まずは下着の付け方から教えてもらった。

「この二股に割れてる部分を一回結びます。背中側の腰に当てて、前に持ってきて結んだあと一回ねじります。余った部分は両横にねじ込みます。垂れを前に持ってきて差し込んで完成です」

「おー」

 一枚の布から下着が出来上がった。

「用を足すのはどうするんですか」

「こう弛めてから横にずらします」

「なるほど」

 小袖と袴は着付けてもらう。

「この部分は、どちらを上にするか決まってるんですか」

 小袖の合わせのどちらが上かを尋ねる。

「こう、利き手を入れられる方が便利なので、こちらを上にするのがほとんどですね」

「覚えやすい」



 着付けを終えて千佐に出会う。

御髪おぐしを整えましょう」

 千佐に言われるまま座ると、後ろから櫛けずり結わえられる。やはり、結うのが一般的らしい。



「すっかり若武者らしくなられましたな」

 千佐の大叔父、忠克はそう言って目を細める。

 庭の一角へ案内される。こちらの世界の武器を扱うのを練習しないかとのことだった。

 弓は元々割りと得意である。弓の形が若干違うし、向きも違うので、力加減が変わってくるが、基本は同じものなので、難なく扱える。

 的を射るとお見事と声が飛ぶ。


「弓は問題ないですな。では、こちらの刀はいかがでしょう」

打刀うちがたな太刀たちがある」

 両刃の剣ではなく、片刃の刀が主流らしい。

 二振りの刀を見せてもらう。少し短く反りが浅いものが打刀、反りが大きく刀身が長いものを太刀と教わる。

「素早く抜いて切りつけることができるのが打刀、多対一の状況で使うにはこちらの方が扱いやすい。こちらの太刀は馬上から切るのに向いている」

 千佐の叔父、通正が細かく教えてくれる。


「やはり打刀の方が扱いやすいし、こちらを使うのを勧めたい」

「少し抜いてみてもよろしいか」

 鞘から抜いて、刀身を眺める。波紋のような模様が入っていた。

「試しに切ってみてはいかがか」

 藁を束ねたものを用意される。

 軽く振りかぶって切りつけると、束は意図も容易く真っ二つに分断される。

「切れ過ぎる……!」

 自国の剣ではあり得ない切れ味に恐ろしさを覚える。クリフォードの中で剣とは叩きつけた結果、押し切るものである。

 だが、この国の刀は切ることそのものを目的に作られている。


「いや、中々結構な腕前をされている。では、こちらを切ってみてもらえますかな」

「は……?」


 忠克が指差したのは、庭の中で存在感を放つ大岩だった。大きさはクリフォードの胸の高さほどある。


「この国の刀は岩までも切れるのですか!?」

「いやいや、さすがによほどの業物と達人の腕がなくては」

 笑いながら否定される。


「この岩は英心が大雨の際に流れてきたものを拾ってきて庭石としたもので、縁も云われもないものです。存分に切ってもらって構いません」

「ついでに趣もない」

「まったく趣味の悪い。これでは庭木を隠してしまっておるではないか」

「大方力自慢がしたかっただけであろう」

 忠克と通正はひたすら庭石を扱き下ろす。


「あの……」

「おお失礼した。では、切ってもらいましょう」

 やはり切らねば終わらないらしい。どう言うことだと思いつつ、構える。

「あ、暫し待たれよ。千佐、こちらへ」

 忠克はクリフォードがそのまま切ろうとしたのを止めて、千佐を呼ぶ。

「刀を女子が触るのは良くないそうなので、お手の上から失礼します」

「ん?」

 千佐が刀を握るクリフォードの手を取る。

 千佐の掌から温かい力が流れてくるのがわかる。

 一瞬クリフォードの手から刀身全体が淡く光る。


「さあ、その状態で岩を切ってみてください」

 刀身はよく目を凝らさなければわからないほどの微かな光を帯びている。再び構え直し、刀を上段から振り下ろした。

 岩は静かに二つに割れた。

「お見事!」

 忠克と通正は拍手して喝采する。クリフォードは振り返って千佐を見た。

「これが君の能力?」

「はい」

 千佐は静かに頷く。

「千佐のこの特技とクリフォード殿の神通力があれば化け物など容易く討ち取れましょう」

 聖女の奇跡の力を目にして、クリフォードは感動した。


「クリフォード殿、漬け物石にしたいので、もっと切ってくだされ」

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