10 方針決定は外野から

「君はこっちにおいで」

 馬の手綱を受け取った下男が夜十彦を手招きする。

「クリフ様、またねー」

 夜十彦は手を振って、束の間の別れを告げた。


「お食事はされましたか?」

「昨日、魚をとって食べたよ」

 言いながら、満腹にはほど遠かったなと思い出す。

「胃に優しいものを用意させますね」

 千佐からの申し出が素直に嬉しい。何時間ぶりかの真っ当な食事である。


 屋敷はここまで見てきた家に比べると大分立派な方だった。玄関の構えは歪みもなく、柱もしっかりと太い。この地の有力者の家だとわかる。

「履き物はこちらでお脱ぎください」

 そういう文化なのかと従う。通された部屋に、床に座る男性二人がいた。床に座る文化なら、履き物は脱がないといけないな、と納得する。

 勧められて、円い藁で編んだ敷物の上に座る。


「で、こちらの方が英心の身と引き換えに現れた神であらせられると」

「どう見ても、ただの伴天連バテレンではないか」

 二人の男性は千佐の叔父と大叔父だと言う。大叔父は恰幅が良く、にこやかに笑っていて落ち着いている。叔父は痩せていて神経質そうで、千佐の発言にも懐疑的である。

「ですが、神通力をお持ちです」

「まあ、本人にも話を聞こう。あなたは、千佐の言う通り現人神あらひとがみでございますか」

「俺はただの人間です」

 大叔父の質問に否定で返すと、千佐が悲痛な表情をする。かわいそうで、申し訳なくなってくる。

「では神通力なども持っておられない」

「それは……あるんですが」

 魔法のことだろうと思い、小さな火を出して見せる。

 ぽかんと二人の目が見開かれた。驚き方からして、魔法をあまり使わない世界なんだろうと、察する。

「……あなたのお名前を書いて見せてもらえますかな」

「はい」

 用意されたのは、上等な紙と筆である。紙の質が見たことないほどの出来映えなのに対し、筆記具が前時代的な筆で、妙なアンバランスさを感じる。筆の質自体はいいので、絵師に渡せば喜びそうだと思う。

「字が違うな……」

「文字の書く向きは伴天連と一緒だが……」

 クリフォードが書くのを、二人は感想を言いながら見守っている。

 出来上がり、渡すと受け取った大叔父は改めて尋ねてくる。

「これは、どこからどこまでが名前と名字になりますかな」

「あー……クリフォードと名前しか書いてません。名字は持ってないのです。便宜上、ガウェインと名乗ることもありますが」

「名字を持っていない」

 ゆっくりと復唱しながら、大叔父の目付きがすっと変わったように見えた。

 思わず身構えるが、ふっと笑顔に代わり、意図が読めない。

 袂から、小物入れを出すと、それを渡してきた。

「こちらは伴天連から譲ってもらったものなんですが、なにか文字が書いてあるでしょう。読めるかどうか見ていただけますかな」

 書いてある文字は少し、少し自国の物に似ていた。

 だが、読めそうで読めない。

 線が一本足りないとか、逆に多いとか、形が一致しない。ひっくり返してみても、何かの文字に見える。


「千佐はどうしたいのだ?」

「私は、この方と一緒に化け物討伐したいと思っております。それが兄をこの地に返す近道であると考えております。どうか、お許しください」

 千佐は言うと、その場で平伏する。

「英心の姿がないことの説明が必要だな。やまいで臥せっていることにするか?それゆえ、千佐はやまい平癒祈願のために、各地の霊場を参拝して回る。これで、どうだ。英心の不在と千佐の嫁入り延期の言い訳が一度にできた」

 大叔父の提案に、千佐は顔を上げる。


「ありがとうございます!」

 大声で礼を言う千佐に、叔父は諦めたようにため息を吐く。

「英心不在の間は、通正みちまさに任そう」

「しょうがあるまい」

 三人は話をどんどん進めていく。

 クリフォードは横目でそれを見ている。


 放って置かれている間に、勝手に話が決まった。



「粥です」

 出された食事はポリッジに似ていた。塩気が効いていて美味しい。クリフォードは実はポリッジが苦手だったが、これは口に合った。じんわりと胃が温まり満たされる感覚に癒される。

「正直に申しますと、当家は実は裕福な方ではないのです。贅を凝らしたお食事などは中々出せませんので、お口に合わないこともあるかと思います」

「いや、お気持ちだけで十分です」

 申し訳なさそうにする千佐に、気にしないでいいと返す。食事にありつけるだけでも、ありがたい。もてなしてくれようとする気持ちが嬉しかった。

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