2 はじまり2
ガウェイン王国宮殿内にある神殿に関係者と警備の兵が集まっていた。
空気が重い。誰もが固唾を飲んで見守っている。成功するかどうかもわからない一か八かの儀式だ。古来の文献に従い、聖女を召喚すると言う。
ただの神頼みだ。やれることはこれまでやって来た。
魔物の討伐は最初は順調だった。当初現れたのは、ただの凶暴化した獣ばかり。それが異形の姿の獣に代わり、ついには人の姿で暴虐を尽くす。
魔物は人を食らうのである。相手が獣であれば、倒すのも心はさほど痛まない。しかし、人の形をされては殺す度に精神が削られる。
それでも殺し続けなければこちらが殺される。持てる力すべてを使い、魔物を蹴散らしていく。
その手助けとなったのは、魔法である。剣では倒しにくい空に浮かぶ敵も、魔法で倒せる。それに魔法を使えば、剣で倒したときの魔物を切るときの手応えを感じずに済む。それが。
魔法が効かない敵が現れ出したのだ。物理攻撃は効く。だが、なかなか強くて、魔法が効いていたときほど簡単には倒せなかった。
聖女を呼び出す主はこの国の王子、クリフォード。これまで先頭に立ち、魔物討伐を行ってきた。 穏やかで優しげだった表情は、今では厳しく鋭い目付きに変わっていた。臣下達はお痛わしいと心で嘆く。
儀礼用の剣をはいて、魔導師により描かれた魔方陣の中央に立ち、請願を口にする。
「大地を治める女神アイア、時をつかさどりし女神ディアナテール、太陽を守りし女神イシュターよ、我らを導き救いたまえ。この国に蔓延る魔物を打ち破りし力を我らに授けたまえ。ガウェイン国が第一王子クリフォードがここに願う」
願いが誰のものかを明確にするために、儀礼用の剣を抜き、その切っ先で指を傷つけ、血を一滴魔方陣に垂らす。
剣を収め、祭壇正面に据えられた鏡を見る。
「女神たちよ、我らをどうか救いたまえ」
鏡が光源もなしに煌めいたかと思うと、ぶわりと強い光を放ち出した。光に呼応するように、魔方陣の模様が怪しく明滅する。
周囲の動揺をよそに、クリフォードはただ光の中心を黙って見つめる。見続ける内に、ぼんやりと人形が浮き上がってきた。
人の姿がより鮮明に見えてきた頃、鏡の光が少し落ち着き出す。淡い光の中に、一人の女性が現れた。
漆黒の長いまっすぐな髪は光を受けてつやつやと輝いている。頭には小振りの金の冠をつけ、目元と唇に紅をさしている。髪と同じく黒い瞳は濡れたように艶やかで美しい。白い上着の胸元には赤い紐が飾られてる。スカートは紐と同色の赤いもの。その衣服は明らかに異国のものであった。
誰かが美しいと呟いた。異国の姫か、聖女様がお見えになった、と周りがざわつき出す。
騒ぎが大きくなる中、クリフォードは声が出せなかった。目の前の女性の目を見つめ続ける。彼女の方も、クリフォードの目を見つめ返してくる。
頭が熱にうなされたときのようにしびれる。胸が熱いが、それが聖女が無事に現れた喜びからくるのかどうかはわからなかった。
ただただ感動にうちひしがれていた。
自然と、彼女に向かって手を差し出していた。差し出した手に応えて、彼女が手を伸ばす。二人の手が触れ合う寸前、強い力で何かに引っ張られた。また鏡が強い光を放ち出した。眩しさに目を開けていられない。
「ここ、どこだ?」
再び目を開けると、森が広がっていた。周囲には誰もいない。
「え?」
聖女召喚の儀式が成功したかどうか、クリフォードには確かめる術はなかった。
「本当に?」
千佐が思わず声を漏らす。
祝詞を唱え終わると辺りに光が満ちた。光が収束していくにつれ、人の形を作る。明かりの中から現れたのは、燃える火のような赤い髪に澄んだ青い瞳の美丈夫だった。赤い髪は肩を覆うほどの長さがあり、黒い襟の高い服によく映えた。腰に革でできた帯を着けて、そこに大振りの剣を提げている。
黒い色は染料を惜しむことなく使われてるらしく、漆黒。光沢のある生地は上等なものだと感じられる。
これは本物だ、と早川の心は期待で高揚した。美丈夫は正面にいる千佐をじっと見つめている。千佐に向かって手を差し出す。千佐はそれに応えて手を取ろうとする。それを見ていて、早川は気づいた。
連れていこうとしている?
咄嗟に駆け寄り、二人の手が重なる寸前、千佐を突き飛ばす。連れていかれるのは困る。お前が来い、と思いながら男の腕を引っ張った。
「兄上!?」
千佐の声が妙に遠く聞こえる。祭壇に置いた鏡が不自然に光っている。その光が大きくなり、それに包まれた。眩しくて目が開けていられない。
目を閉じていたのは、ほんの一瞬だったはずだ。その一瞬の間に長い夢を見させられた気がする。しかし、内容は覚えていない。再び目を開けた先には、違う風景が広がっていた。
「誰だ、貴様は!」
「聖女様はどうした!?」
「王子は何処へ?」
混乱の坩堝のただ中にいた。見知らぬ顔ばかり、それも金や茶色の髪をした大勢の異国の面々に囲まれている。
「なんだ、これは」
早川はただ呆気にとられる他なかった。
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