3 聖女召喚は失敗ですか?
森の中を当てもなく歩く。日が傾いているので、この森の中で一夜を明かす覚悟をする。そのために、薪になりそうな小枝を拾う。
クリフォードには野営の経験があった。火魔法が使えるので、火起こしは問題ない。水魔法が使えれば良かったが、それは習得できていない。クリフォードに使える魔法は火魔法のみである。
食料と水をどうするかが問題だ。川があればいいな、と辺りを探索する。
森に生えている木々や植物はクリフォードのいた国では見たこともないものばかりである。そうだと認めたくないが、別世界に来てしまったとしか考えられない。
人の悲鳴のようなものが聞こえた。急いでそちらに向かう。
「魔物……!」
叫んでいるのは、子供だった。 対して、奇声を発しているのは魔物。
魔物の声は近づかなければ聞こえない。決して小さな声ではないし、そばに居れば轟音に聞こえる。
しかし、一定距離から外れると途端に聞き取れなくなるのだ。助けを求める声を発する間もなく殺されてしまい、あとから血痕だけが見つかるケースを何度も目撃した。
亡骸は見つからない。魔物は、人をまるごと食べるのである。ただの行方不明か魔物に食われたかの判別は難しい。
叫んでくれて良かった、とクリフォードは思う。助けることができる。
魔物の姿は鳥なのか、とかげなのか。猛禽のような顔に、鋭い爪のついた前足、前足には羽がついていて飛べそうである。後ろ足は太く、その2本足ですっくと立っている。
よだれを垂らしながら、爪で切り裂こうと腕を振るっているが、子供はそれをすんでのところでかわしている。だが、子供の背後には木があるので、かわし続けるのも限界がある。
クリフォードは走りながら剣を抜き、一人と一体の間に割って入った。
剣で鉤爪を受け止める。力を込めて押し返していると、剣が折れた。
「あっ!」
思わず情けなく声を出してしまう。腰に下げていた剣は儀礼用の物で、戦闘に耐えられるような強度はなかったのだ。とにかく距離をとらねば、と火魔法を怪鳥の顔面に叩きつけた。
「ギェアアアアァ」
怪鳥が苦悶の声を上げる。思っていたよりも、敵にダメージを与えている。魔法が通用することに驚きながら、子供を抱えて怪鳥の背後に回り込む。
とどめをどう刺すか、思案していると怪鳥の体が霧散していく。
「倒せた……」
クリフォードはほっと安堵の息を漏らした。
「すっ……げーーーーー!」
小脇からいきなり叫ばれて、思わずびくりと体が跳ねる。抱えていた子供を下ろしてやる。目をキラキラと輝かせながら、こちらを見てくる。頬はほんのりと紅潮していた。
「すっげー!すっげー!お兄さん、神様なの!?手から火が出て、化け物倒したよ!すっげー!」
興奮した口調でまくし立て、ぴょんぴょんと跳ね回る。魔物に襲われた恐怖は今のところどこかへいったらしい。
「ねえ、神様、どっから来たの?ばてれんと同じ国?なんで手から火が出るのー?すっげー!」
「……神様じゃないよ」
「神様じゃないのに火が出せるのー?すっげー!」
子供の質問への答えをクリフォードは持っていなかった。魔法の説明を子供にも分かりやすくできる自信がない。
「この森を抜けて人里に行きたいんだけど、道は分かる?」
「分かる!」
逆に質問を返して、子供の質問攻めから逃げることにした。
「神様の名前は何て言うの?俺は
地面に枝でガリガリと名前を書いてくれたが、クリフォードにはその文字が読めなかった。
「ごめんな、読めないんだ」
「そうなの?これ読み仮名」
別の文字を書いてくれたが、そちらも読めなかった。読めないながらも、こんな小さな子供が文字を扱ってることに感心する。子どもの身なりはそう裕福そうでもない。どちらかと言えば、貧しい。
「俺の名前はクリフォード」
言いながら、子供と同じく枝で地面に名前を書く。
「読めない……く、くりふ?くりふお?くりふおー?」
「クリフでいいよ」
とても言いづらそうだったので、略称を教える。
「クリフ様、行こう!」
間もなく、日が暮れそうである。人里を目指して夜十彦の先導で森を歩いた。
「川だ」
少し歩くと川にぶつかった。日は既に大半が落ちていて、森の中は暗かった。
ここからどう進むのか、と思っていると元気よく歩いていた夜十彦がまったく動かなくなってしまった。
どうしたのかと、顔を覗き込む。
「道、わかんない!」
一声叫んで、泣き出してしまった。暗闇のせいで道を見失ったらしい。なだめている内に、日は完全に落ちた。
「また夜が明けたら、道を探そうな」
二人は夜明けまでそこで過ごすことにした。焚き火を作り、川で魚を取って焼く。焼きながら、以前した野営を思い出す。
兵士達と同じものを食べなければ、士気に関わりますよ!と言いながら焼いた魚を差し出してくれたのは、幼馴染みで兄のような存在だった魔導師のナルミスだ。
あのときは、なんだかんだいいながらしっかりと毒味はしてくれたし、魚は食べやすいよう味をつけて取り分けて渡された。寝るときも、天幕を張ってその中で寝たのだった。
「食べないの?猫舌?」
焼いた魚を手に取って、物思いに耽っていると、既に食べ出した夜十彦に声をかけられる。子供に毒味のようなことをさせてしまったと悔やみながら、魚を口にした。
寝れるだろうか、不安に思いながら横になる。
「母ちゃん……」
隣で寝ている夜十彦が小さく寝言を漏らす。暖を求めてか、すり寄ってくる。
まだ小さな子供が親とはぐれてこんな森の中で夜を過ごすことに、クリフォードは心を痛めた。
母親を亡くしたときのことを思い出す。弟は幼さから葬儀の段階では状況を理解できず、夜に寝る頃になって母親と寄り添えないことに気づいて大泣きした。
儀式で出会った聖女の姿を思い出す。今のこの事態は聖女を迎えに行けということなのだろうか、と解釈した。早く会いたいな、と思いながらクリフォードは目をつむった。
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