戦国コンバート 王子ともののふの異世界交換
カフェ千世子
一章
1 はじまり1
とどめを刺し逃した。苦悶の鳴き声をあげつつ逃げる獣の姿は、異形。背骨や肋骨が体躯から飛び出した大型の猫。身の丈は人よりも大きく、爪や牙は鋭く長く伸びている。黒い毛皮はぬらぬらと怪しく光っている。
領内で家畜が食い荒らされていると聞き、探ってみればこれがいた。
早川は家督を継いでからこんな化け物の退治ばかりに追われていた。
各地では戦が続き、数年前は飢饉に悩まされていた。弱小の武将である早川家は自分達の領地を守るので精一杯だ。うまく戦を避けつつ、農地を荒らさない。最低限、それさえできていればいいと思っていた矢先の害獣騒ぎである。
「兄上!そちらです!」
声をあげるのは早川の妹の
矢は鋭く走り、空を切り裂いて、獣にまっすぐ向かっていく。弓矢には霊力が込められている。千佐は元は巫女をしていた。彼女の強い霊力は化け物退治にうってつけである。
化け物が一際大きく鳴き声をあげる。
「よくやった!」
早川は一足飛びに獣に寄ると、上段から刀を振り下ろした。
「疲れたな」
落とした獣の首を検分しつつ、ポツリと呟く。
「女子を化け物退治に誘う人がありますか」
「憂さ晴らしになるかと思ったんだ」
千佐に苦情を言われる。楽な気持ちで臨んだ化け物退治は、思いの外苦戦した。どうやら、出てくる化け物がどんどん強くなっていっている。
「今はまだ倒せます。しかし、これ以上となると、いずれこの地は」
「うん、まずいな」
淡々と答えながらも、早川は内心焦っていた。化け物で溢れて、荒れた領地は地獄と化すことは容易に想像できた。
「千佐、願掛けでもするか?」
あくまで軽い口調でそう告げた。
神社に祭壇を用意し、身を清め、衣服を改める。
「本当にやるのですか?」
「ここまでやって、今ごろ何を言う」
兄の口調が軽いままなので、千佐には真偽がわからない。言われるままに巫女衣装を着た段階で本当にやるのかと、尋ね直す。
「お前のやり易いように進めてくれ」
そして、儀式を進めるのは千佐らしい。
「兄上が願を掛けるのではないのですか」
「護摩業は準備が大変だし」
早川は家督を継ぐ前は山伏として修行をしていた。祈祷の類いは経験してきている。
しかし、自分でやる気はないと言う。
「お前の方が霊力が強いからな。より強い力を持つものがやる方が叶うだろう」
事を丸投げされることに対し、千佐は冷えた視線を投げる。
「馬鹿強い
「馬鹿なことを」
兄の言う荒唐無稽な願望に、急に自身の話を混ぜられて、苛立ちを込めて吐き捨てる。
「俺は真剣だぞ!? お前の花嫁姿が見れるはずだったのに、それが叶わなくなったんだからな」
千佐は隣の領地の男と結婚するために、巫女をやめたのだった。
早川は、千佐がその男に口説かれたり抱擁されたりしているところを見かけていたので、政略結婚ではあるがそれなりに幸せをつかめるだろうと期待していたのだ。しかし、その男は祝言をあげる前に不慮の事故で死んでしまった。
それゆえの、”憂さ晴らし”である。
「いいからやってくれ」
妹の表情が不機嫌に固くなったのを見て、ごまかすように急かす。
千佐は、兄の強引さはいつもの事と考え、頭を振ると深く息を吸い込み、静かにそれを吐いて、気持ちを切り替える。妹の纏う雰囲気が変わったのを見て、早川は口をつぐみ、静かに距離をとった。
今この場にいるのは早川と千佐のみ。雅楽を鳴らすものもないので聞こえてくるのは、森のざわめきと鳥の鳴き声、そして舞をする千佐の降る鈴の音と衣擦れくらいである。
「かけまくも
朗々と祝詞を唱える妹の姿に、早川は誇らしさで胸が一杯になる。
自慢の妹だから、やはり幸せになるべきだと考える。日の光が雲間からまっすぐと降りてきていて、神聖さに拍車をかける。早川は、その光景が眩しく感じて、目を細めながら祈祷を見守った。
「諸々の
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