紅茶は茶葉に戻れない

オロボ46

いろいろ考えて、またひとつ気づいた。



「レモンちゃん……さっきはごめんなさい」


 ダイニングテーブルを前にして、ひとりでイスに座って頭を冷やしていると、コウちゃんが部屋に入ってきた。


「いいよいいよ。こっちも言い過ぎただけって。それよりもさ、紅茶、飲まない?」


 テーブルの上に出した2本のペットボトルとプラスチックのコップを指さして、アタシは笑みを浮かべる。

 お菓子がなくても、お茶があればお茶会だよね。


「……うん」


 やった! コウちゃんが笑みを返してくれた!

 本当にさっきはどうなるかと思ったよ。学生時代からの付き合いだったけど、さっきの大ゲンカ……学校では見たことがなかった……


 もうコウちゃんを怒らせるのはやめておこう。




「コウちゃん、ストレートティーとレモンティー、どっちがいい?」

「それじゃあストレートティーで……あ、やっぱレモンティーでいいよ……」


 席に座ったコウちゃんは、あと1杯分しか残ってないペットボトルに目を向けていた。


「遠慮しなくてもいいよ。また買えばいいじゃん? そろそろ食料も減ってきたからさ……あ、今度はアタシが買い物にいくね」

「だ、だいじょうぶ……レモンちゃんは……ここにいなきゃ……」


 ……やっぱり……そうだよね。


「それじゃあコウちゃん、またよろしくね!」

「うん。これでも……おいしいもの見つけるの……得意だよ」




 コップにそそいだレモンティーを少量、口の中に流し込む。


 ふとコウちゃんを見てみると、横の窓の景色を見ているようだった。




 窓の外は、木がほとんどを占めている。


 ここに来てから、もう5日になるっけ……

 この館はかなり広くて、掃除がまったく行き届いていない。だから引っ越して来たばかりのころは、部屋の扉を開ける度にコウちゃんと一緒に咽せていた。


 住んでいるのは、アタシとコウちゃんだけ。

 この5日間、アタシたちは面白い話で盛り上がったり、一緒に屋敷を探検したり、コウちゃんが買い出しに出て行くのをアタシが窓から見送ったりして、満喫してきた。




「レモンちゃん……ボクのこと……まだ怒ってる?」


 顔を前に戻すと、コウちゃんがストレートティーの入ったコップを手に、心配そうに眉をひそめていた。

 ブレザーに赤いリボンをつけた制服の上で、ショートヘアーがかすかに揺れている。


 コウちゃんは、素直な子だ。

 彼女の手元にあるストレートティーのように、混ざったものがない素直な心を持っている。


「だからさっきも言ったじゃん。もう怒ってないよ」

「そっか……うん……」


 コウちゃんはゆっくりと、うつむいた。


「なにかあったら、いつでも言っていいよ。紅茶にジャムを入れることでおいしいロシアンティーになるように、アタシだって力になるからさ」

「……」


 コウちゃん、なにをしているのかな。

 ちょっと観察してみよう。




 コウちゃんは、自分の顔を見ているんだ。


 ストレートティーに映った、自分の顔を。




「あのね……レモンちゃん……」




 まるで振り絞るような声を、コウちゃんはアタシに届けた。




「ボク……部屋の片付けが……苦手……なん……だ……」


 そして、その声は自信が溶けていくように小さくなっていった。


「さっきも聞いたよ。でも、本当にごめんね。そうとは知らずに無理に片付けようとしたから」

「うん……え!?」


 あはは! すっごいびっくりしてる! コウちゃんの顔!

 顔に出すまでもないけど、なんだか、心の中では笑いたかった。コウちゃんの驚いた顔を見て、学校でよく見せていた表情と同じで、確かな安心を得られたから。


「あんなに……汚い声に……なってたのに……」

「ちゃーんと聞こえているってば。それにしても、それってコウちゃんの……」




 お父さん。


 その言葉が出そうになって、飲み込む。




「……父親さんが、原因?」


 コウちゃんは、黙ってうなずいた。












 コウちゃんは、父親さんのことについて話してくれた。




 コウちゃんの父親さんはちょっと気むずかしい。


 でも、コウちゃんが言うには悪い人ではないらしい。ちゃんとコウちゃんの悩みについて真剣に向き合ってくれたこともあったって言っていたから。

 だけど、普段は笑わず、指導も厳しい。小さいころは怒鳴られてしょっちゅうだって。




 その中でも、今になっても怒鳴られることがあるみたい。

 それが、自分の部屋の片付けだった。


 小さいころから父親さんは、効率的な掃除の仕方を教えていた。

 それが小さいコウちゃんはうまく飲み込むことが出来なくて、よく怒鳴られた。


 そのことから片付けができないまま放置され、コウちゃんの部屋はどんどん散らかっていて……

 それで片付けも大変になり、その度に「まだ散らかっている」と怒鳴られていたみたい。











「でもコウちゃん、学校ではすごく掃除ができたよね?」


 コウちゃんの語りが一息ついたところで、アタシは会話を挟んだ。

 実際には、コウちゃんは掃除ができる。それどころか、環境美化委員の委員長でもあるんだけど、それについては口に出さなかった。

 ……というか、“学校では”と聞くのもまずかったかもしれない。


「うん。学校の掃除はすごく簡単……だけど……ボクの部屋は……もう手が付けられないほど……散らかっているから……」


 コウちゃんはちびちびと、ストレートティーを喉に通している。


「父親さんとケンカになったのも、それが原因なんだっけ?」

「うん……お父さん、急に模様替えを始めるぞって言って……勝手にボクの部屋に上がり込んで物を動かし始めたんだ。そっちが勝手に始めたクセに……怒鳴りまくって……」

「それで人生初の親子ゲンカの後、アタシの家に来たんだ」


 コウちゃんは、少しだけ頬がさくらんぼ色になった。


「うん。そりゃあ父親さんも悪い。それを知らずに無理に部屋の改造を始めたアタシも悪い」

「ううん……ボクが勝手に……パニックになっただけだから……」




 さっきのケンカの原因は、この館の部屋の改造だった。


 この館に訪れてから5日。せっかく住むのならと、アタシは自分の部屋の掃除を始めた。

 置かれていたホコリだらけの家具も掃除して、自分らしい、我ながら奇麗な配置を行うことができた。


 一方、コウちゃんの部屋は、この館に来たときと変わらず、ホコリだらけの家具が乱雑に置かれていた。これじゃあ病気になっちゃうと思ったよ。あの部屋は。

 せめて部屋の行き来しやすいようにと、落ちているイスを動かそうとしたとたん……


 “あの人”よりも威圧感のない、だけど必死すぎる金切り声で「やめて」と叫ばれた。


 その声が、なんだか不快に感じて……そこからアタシたちは冷静さを失った。




「本当に……ごめんね……レモンちゃんなら、片付けで怒鳴ることもなかったのに……」

「だ、か、ら、何度も言っているよ? アタシはもう怒ってないって」


 手元にあるレモンティーを、アタシは喉に流し込む……




 ……しまった! 一気に全部飲んじゃった!!


「もっと味わいたかったけどなあ……どうしよっかな……」


 思わず声に出しながら、レモンティーの入ったペットボトルに目を向ける。

 レモンティーももうなくなってきたかなあ……あと2杯分しかないや。


「どうせだったら……もう1杯、飲んだら? レモンティー……ストレートティーと一緒に買ってくるね……」

「ごめん!! お願いします!」


 アタシが目の前で手を合わせると、「別に怒っているわけじゃないんだけどなあ」と笑みを浮かべられた。

 からかわれた! でも、なんだか嬉しい。


「こんどはボクが……注ぐね。ついでに……ボクもレモンティー……いいかな?」

「えへへ。これでちょうど、空っぽだね!」




 ……さっき、なんでケンカしていたんだろ?

 それを忘れてしまうほど……この時間、楽しいな。




「ねえ……レモンちゃん……」


 レモンティーを注ぎながら、コウちゃんがたずねてきた。


「なに?」

「レモンちゃんってさ……部屋の片付け、得意?」


 部屋の片付け……かあ……


「アタシも正直、苦手かな。というか、嫌い」

「え……でも、ひとりで片付けを……始めた……よね……?」


 手を止めて、あっけにとられた顔でペットボトルを持ち続けるコウちゃん、なんだか面白い。


「たぶんなんだけど……アタシの家の人も、結構部屋の片付けにこだわっちゃう人だったんだ。だから怒られないように……」

「……」

「でも、慣れたら案外、楽なんだよ? 片付けって」


 コウちゃんはなにも言わない……戸惑っているのかな。


「……今日もなんとなく、この屋敷の寝室が散らかっているのが気になっちゃって……それだけだったの」


 ……なんだか、空気が暗くなっちゃった。




「……やっぱり、一緒……なんだね。ボクのお父さんと、レモンちゃんのお父――」

「ううん!! 全然そんなことない!!」




 コウちゃんの言葉を塞ぐように、アタシは断言した。




「コウちゃんの父親さんはたしかに気むずかしいけど、コウちゃんのことを思っているんでしょ? だって、ちゃんとコウちゃんの相談に真剣に乗ってくれるんだもん」


「……」


「それにくらべて……あの人は……アタシの真剣な話を聞いてくれなかった……」




 なんで、こんなことをしゃべっているんだろう。




「そのくせ……怒鳴るのは……自分の思い通りにならなかった時だけ……」




 もういい、もういいってば。




「あんなやつが、アタシのために怒鳴ることなんて……怒鳴ることなんて……」




 もう、やめて。










 手に、ひやりとした触感が乗った。


 右手に握っているものを、確認してみる。




 それは、包丁。




 真っ赤に染まった、包丁。




 顔を前に向けると、




 コウちゃんは、消えていた。


 ダイニングテーブルも、周りの家具も、消えていた。











 あったのは、白目を空に向けている男性。









 のど元に空いた穴からは、もう血が出ていない。




 赤く染まった、散らかった家具の上で、そのマヌケ面をさらしていた。











 だけど、ぜんぜん悲しくはなかった。











 むしろ、笑いたい。




 あざ笑いたい。




 今なら、これからアタシに降りかかる恐怖だって忘れている。











 このクズに……気が済むまで……満面の笑みを……!!!












「――モンちゃん? レモンちゃん?」




 コウちゃんに声をかけられて、われに返った。


 気がつくと、辺りは元の館の中。

 目の前のダイニングテーブルを挟んで、心配そうにコウちゃんが話しかけてくる。


 ……さっきまで、アタシは窓を見ていたみたい。


「レモンちゃん……だいじょうぶ……?」

「う……うん。だいじょうぶだいじょうぶ……」


 アタシは、手に持つプラスチックのコップをのぞき込んだ。


 さっきレモンちゃんが自分のストレートティーを見て、自分の顔を見ていたように。











 アタシは、家から逃げ出した。


 家の中にいる、あの人を刺し殺してしまったから。




 あの人は、母親のいないアタシを縛っていた。


 暴力ではなく、言葉で。


 これはこうしないとだめだ。

 ああするのは絶対間違っている。

 僕なら絶対そんなことしない。


 あの人は、決めつけの世界観しか持っていなかった。

 ネットでありそうな否定な文しか並べない、ポジティブな意見もわざわざ別の物を見下して表現する3次元の誹謗中傷リアルアンチ


 そのくせ、自分が間違っていると「ごめーん」と、へらへら笑ってる。


 まるで自分だけがなんでも許される完璧人間と思い込んでいるみたい。




 その影響が、アタシにも出始めた。

 クラスメイトの友達に対して、アタシが自分の価値観を押しつけるようになったから。


 アタシも、あの人になるのかな……


 イヤ。それだけはイヤ。


 その思いを抱えて、高校生活を送っていた。


 将来の進路なんて、考えられないほどに。




 そんなアタシの気持ちを、あの人はまったく考えなかった。

 アタシが希望する大学や就職先なんてすべて否定して、かってに公務員を薦めてくる。

 いつもニュースに映った政治家や警察に対しても、暴言を吐くくせに。

 政治家の政見放送を「お笑いショーだろ」と誇張するようにわざとらしく笑い、その固定概念をアタシにジャムのように塗りたくっていたくせに。





 助けてくれる人なんて、いなかった。

 あの人は表向きにはまじめで人当たりのいい人を演じて、周りの信頼を得ていたから。


 1度、あの人に刃向かったことはある。

 するとあの人は、わざわざ外に聞こえやすい窓際に連れてきて、アタシと論争を始めた。

 負けるわけにはいかないと、アタシも声を上げたら……いつの間にか、あの人は弱腰ながらも必死に説得している言葉使いになった。


 アタシがあの人を責めている声を、自ら近所に届けていた。


 その日以降、アタシは近所の人のウワサ話に注目するようになった。


 あの人が、娘の反抗期に頭を悩ませている。


 アタシではなく、あの人に同情が集まっていた。




 1度だけ、カウンセリングを受けたこともある。


 だけど、カウンセラーから何に困っているという質問に対して、アタシは答えられなかった。


 あの人に否定され続けて……

 近所があの人に同情したことで、近所からも否定されたように思って……


 アタシが口にした真実は、アタシが捏造した記憶じゃないかと。


 カウンセラーからそう思われるんじゃなくて、アタシ自身が捏造しているという可能性が、頭をよぎったから。




 ミルクティーを見た瞬間、あのまろやかな口どけを連想するように、


 その可能性は味覚に残り続けた。




 そんなアタシに、あの人はこんなお言葉を贈ってくれた。











 就活に追い詰められて苦しんでいるのは、遊びほうけていたレモンの自業自得だ。











 その言葉を聞いた瞬間、アタシの体は誰かに引っ張られるように、動き出した。




 包丁のある、台所へと。











 館の中、レモンちゃんに見守られながら、アタシはレモンティーをのぞいていた。




 アタシの顔は、見えなかった。




 せっかく、自分の顔を見ようと思ったのに。


 黄色い液体の上で波紋が途切れることなく広がっていて、見えなかった。




 アタシの涙が、レモンティーの上に落ちて、見えなかった。




 あの人が死んで悲しいわけでは決してない。


 あの人のせいで、アタシが墜ちるところまで墜ちたことが、悔しかった。


 悔しくて……認めたくなくて……警察に捕まるのが怖くて……


 だから、逃げ出した。




 逃げ出す直前に、コウちゃんがやって来た。

 父親さんとのケンカをきっかけに家出して、アタシに頼ってきたコウちゃんは……中にあるあの人の死体を目撃した。


 それでも、アタシについていくと言ってくれた。

 自分も父親さんともう会いたくないからって……




 アタシとコウちゃんは、警察に捕まらないために旅に出た。


 見知らぬ街に来て……一緒に身を隠せる場所を探して……


 この館を見つけたのが、5日前だった。




「コウちゃん……」

「うん……もうだいじょうぶ……もうだいじょうぶだから……」




 アタシは目元の涙を腕でぬぐってから、




 涙の混じったレモンティーを、飲み干した。










 ティータイムを終えた後、コウちゃんはリュックサックを背負った。

 捜索願いが出ていることを考慮して、顔はサングラスとマスクで隠している。決して強盗に行くわけじゃないけど。


「それじゃあ、買い出しに……」

「ちょ……ちょっと待って!」


 アタシは、そのコウちゃんを呼び止めた。


「やっぱりさ……アタシが行っていいかな」

「え!?」

「いや、よく考えたらさ、結局人殺しでも家出でも顔を隠すよね? だったら、一緒かなーって」

「でも……ボクが見つかって捕まっても、ただ元の家に連れ戻されるだけだけど……でも……レモンちゃんは……」

「どうせ、ひとりが見つかったらその付近を捜索するでしょ? 一緒だよ」

「……」


 コウちゃんは少し迷ったように首をかしげていたけど、すぐにうなずいてくれた。


「それじゃあ……一緒に行こうよ。スーパーまでの道で、迷子になったらいけないから」

「……そうだね! それに、荷物も全部持っていけば、留守番も必要ないもんね」


 アタシはこの館にある荷物……


 コウちゃんの背負っているリュックサックと、アタシの足元にあるリュックサックを交互に見た。


 数日で、なくなってしまいそうな……アタシたちの全財産を。











 館から出て、アタシとコウちゃんは山道を降りていく。


 コウちゃんが言うには、この道の先にスーパーがあるらしい。




「ねえレモンちゃん……」


「なに?」


「レモンちゃんに言われて……嬉しかったな。お父さんがボクの相談に乗ってくれていたこと……気にしてくれて……」


「ああー、ごめん。コウちゃんがお父さんとケンカしたばっかりなのに……」


「だから、言っているよね? 嬉しいって。相談に乗ってくれること……それがとても大切なことだなんて……レモンちゃんに言われるまで、気づけなかったよ」




 アタシに言われるまで……気づけなかった……




「まるで、スプーンでジャムをすくって、紅茶を一口飲んでからジャムをなめる。そんなロシアンティーの飲み方を、教わったみたいに」




 ……!




「でも、まだ帰るつもりはないよ。いくらボクのためだと言っても……あんなに怒鳴るのは……間違っているから」


「それはたしかに」




 コウちゃんと顔を合わせて、一緒に笑う。


 サングラスとマスクで笑い合う女の子ふたり。はたから見たら不気味かな?











 山の坂道を降りながら、コウちゃんの言っていた言葉を思い出す。




 アタシに言われるまで、気づけなかった。




 コウちゃんにそう言われて、アタシも思うことがある。





 あの人も、本当はアタシのためを思ってくれたのかな。


 自身の価値観だけを頼りに……あの人なりに……




 だけど、アタシはあの人を許せない。


 アタシのために思ったことと、その行動は別物だ。


 たとえ不器用だからといっても、


 それならアタシの心が傷だらけになってもいいと言うのか。




 人を殺したアタシは許されないけど、あの人は許されない。




 あの人“も”、てはなく、


 あの人“が”、でもない。


 あの人“は”、だ。





 アタシがしたことと、あの人がしたことは、違うことなんだ。




 ただ、アタシの殺意という紅茶の葉が、


 あの人の言葉という、お湯に注がれて、


 殺害という名の紅茶になっただけだ。




 紅茶の中でも、なにも入れずに飲むものを、ストレートティーと言う。


 だけど、そもそも紅茶は、紅茶の茶葉にお湯を注いだものだ。


 純粋な、紅茶という液体ではない。




 今日という日まで、アタシはコウちゃんのことを決めつけていた。


 アタシがあの人の影響という名のレモンを入れた、レモンティーなら、


 コウちゃんはなにも入れていない、純粋なストレートティーなんだって。




 だけど、たぶん違うんだろう。


 アタシが考えているコウちゃんの父親さんと、


 コウちゃんが考えている父親さんは。




 コウちゃんの片付けが苦手な理由と、父親さんの関係を知るまでは、


 そんなことを考えたことはなかった。


 ストレートティーは紅茶の茶葉とお湯を注いだものであることに、気づいていなかったんだ。


 ロシアンティーの飲み方が、紅茶に直接入れるものだと……


 勘違いしていたものを偉そうに言いふらしていたように、決めつけていたんだ。




 いろいろ考えて、またひとつ気づいた。




 いくら考えたって、もう紅茶は元のお湯と紅茶の茶葉に戻れないって。











「ねえ、かけっこしない?」


「え……?」


「スーパーって、この先でしょ? だったらそこまで!!」


「あっ……!! 待って!!」




 だから、今は紅茶を味わおう。




 コウちゃんと一緒に。




 いつか見つかってしまう、その時まで。











「……」


「いきなり走るからだよ……」




 マスクの中に、土が入った。


 サングラスは、アタシが転んだ勢いで地面に落ちている。




 そのサングラスに手を伸ばしながら、土をはたこうとマスクを外す。




 ふと、上を見上げると、










 カーブミラーが、アタシを映していた。










 レモンティーにも映らなかったアタシの顔は、




 そのカーブミラーで、はっきりと映っていた。






 誰から見ても心配されそうな、無意味にジャムを入れられた液体のような顔。


 さっきまでそんな顔だったような、顔。


 今では……今度こそは……




 おいしい紅茶になるかもしれない。




 そんな、顔だった。

 

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