第2話 ホワイダニット

「who done it?《誰がやったか》」「how done it?《どうやったか》」「why done it?《何故やったか》」という言葉を聞いた事があるだろうか。この三つは推理小説などでは、基本の三要素と言える。

 そして、今回この歓楽街にやってきたのは「ホワイダニット」。何故やったかを考えるためだ。木山の人間関係と人柄を調べ上げることで、彼を殺す動機がある者がわかるかもしれない。


 車を走らせ、歓楽街についた頃には日が沈みかけていた。定時帰りの新入社員や夏休みを満喫している学生たちが、七色の明かりを灯しはじめた街を練り歩いている。パーキングエリアに車を停めて調査を始める頃には、月が黒色の空に浮かんでいた。


「おいおい、まだ仕事すんのかよ」

「まだ分かってないことが多いですから。それに、残り二人の容疑者もここで働いているから、その人達からも話を聞こうかと」


 事件当時にアパートにいた七人の内、始と吉山夫妻からは直接話を聞いたが、大家の田村や北地、他の二名からは直接話を聞いていない。事件解決のために事件当時に何をしていただけでなく、人柄や人間関係も知っておきたい。

 なぜなら、この事件は手段がハッキリしている分、動機があったか否かが重要になってくるからだ。事件には必ず動機がある、動機なしで殺しをする異常者なんぞこの現代日本にいるはずがない。


「なら、しばらく聞き込みしたら飯でも食おうぜ」

「構いませんよ。とりあえず、最低限木山については調べあげましょう」


 そうして、二時間ほど木山が通っていたというバーやクラブ、キャバクラに聞き込みをした。

 この聞き込みでの収穫は大きかった。大きかったのだが…………


「最低ですね、木山って人間は」

「嫌な奴だとは聞いていたが、ここまでとはな」


 個人経営のラーメン屋でラーメンを食べながら私たちは愚痴を言っていた。豚脂が大量にぶちこまれているパンチの強い味のラーメンが、何故か薄口に感じる。テーブルの上に置いてあるニンニクでも入れようかと思ったが、さすがにやめておいた。

 ジョージ先輩は、歳のせいで脂っこいものは体が受け付けないようで、塩ラーメンを私の豚骨ラーメンを羨ましそうに見つめながらすすっていた。


『あぁ、この人ね。うちの常連さんだよ。え?殺された?へぇ、まぁ、あの人は誰かから恨み買ってても不思議じゃないしね』


 と、バーのマスターが。


『あっ!こいつ殺されたの!?ハッ!ザマァないね!わわ、お巡りさん今のはナシナシ!え?正直に話してくれていいって?なら言うけど、こいつマジで気持ち悪いよ!ボディタッチめちゃくちゃしてくるし、素面でそれだから酔っ払ったらほんと酷いのよ!』


 と、若いキャバ嬢が。


『あぁ、あいつか。多分、小悪党ってああいうのを指すんだろうな。いや、ホント。笑い方は気味が悪いし、昔、盗撮や万引きをしたことがあるって学生時代の武勇伝?を語ってたりもしてたよ』


 と、木山の行きつけの店のおやっさんが。


 とどのつまり、木山は彼を知る全ての人間から嫌な奴と認識されている筋金入りの小悪党だという事だ。


「死んで当然な奴っているもんだな」

「ジョージ先輩、警察なんですからそうこと言ったらダメですよ。まぁ、こんな奴のために使われてると考えたら嫌になりますけど」


 ラーメンを全部食べきってから、重い足を引きずりながら店を出た。もう時間は九時を過ぎており、こんな時間にラーメンを食べてしまったことを少し後悔した。(嫌な気分を持ち直すために食べようと先輩が言ったのだが、あまり効果はなかった)


「さて、次は二人の容疑者に話を聞きに行きましょう」

「え、まだやんのか?」

「手がかりは多い方がいいです。それに、時間は待ってくれません。早くしないと始が逮捕されます」


 人混みをかき分ながら進み、「D.N.」という名前のバーにたどり着いた。ここで二人の容疑者は働いている。


「今日は休みだとよ」


 ジョージ先輩が指差した扉に、《誠に勝手ながら本日はお休みさせていただきます》と書かれた紙が貼ってあった。……そうか。


「入りますよ」

「え?ちょっ!」 


 ノックもせずに扉を開けて中に入ると、そこで若い二人の男女と、バーのマスターであろう老紳士が話し合っていた。若い二人は私達がここに入ってきたことに驚いたがら、老紳士はニコリと笑って会釈をした。


「やっぱりいたわね、神瀬剛、白梅綾花。千葉県警の木虎真白よ、あなた達に聞きたい事があって来たわ」

「……ノックぐらいしろよ」

「ちょっと!落ち着いて!」


 喧嘩腰な口調で威圧してくる神瀬を、白梅が一生懸命なだめるが、彼はそれを振り切って私の方にズカズカと歩いてきた。


「俺らに何のようだ。事情聴取ならもうしたはずだぞ」

「私は現場主義でね、直接聞かないと気が済まないのよ」

「ハッ!ご苦労なこった!それでわざわざこんな時間に、店を閉めているのにも関わらず、ノックの一つもせずにやって来たのかよ!」


 少し悪いことをしたが、普通ここまで怒るか?それはともかく、事件が起きたこのタイミングで、隠れてバーで話していたところを見ると、この二人には何かありそうだ。


「その事は謝るわ。でも、私たちには時間がないのよ。知ってる事があるなら何か話してくれない?」

「あ?金田さんを犯人って決めつけるような無能警察に話すことなんてねぇよ!」

「ちょっとゴウ君!言い過ぎよ」

「イテッ!」


 いきり立っていた神瀬を白梅がチョップをして止めた。そして、神瀬を引っ張って下がらせると彼女はペコペコと頭を下げて謝った。

 それより、どうやらこの子たちも金田が犯人ではないと考えているようだ。これは都合がいいと思っていると、老紳士が話を切り出した。


「木虎さんでしたかな?その顔を見る限り、あなたも私たちと同じ考えのようですな」

「え?ま、まぁそうだけど、まだ何も言ってないのに何でわかったのよ」

「随分と、わかりやすい顔をしていたのでな。ホホッ」


 揶揄うように老紳士は軽く笑った。何がおかしいのだろうか。まぁ、そんな事は置いておいて、若い二人も状況を理解したようで私達と話す姿勢になった。


「そうだったんですか、すみませんでした。早とちりしてあんなことを言ってしまって」


 神瀬が態度を改めてさっきのことを謝罪した。うわぁ、態度と口調変わり過ぎて逆に気持ち悪い。まぁ、感情が昂りやすいのだろう。私もさっきの事は水に流して……いや、私が先に喧嘩売ったことを考えるとおあいこか?いや、むしろ私は真面目に謝ってないから悪者だね。まぁいいか。早く話を聞きたいからこの話は一旦置いておこう。


「それより、あなたたちが始を犯人じゃないと思う理由と事件当時何をしていたかを聞きたいわ」

「わかりました。まず、俺は七時に起きて八時に綾花とアパートを出て大学に行きました。そして、事件があったと連絡が来るまでずっとアパートには戻ってません」

「アパートを出たところは大家さんが見てます」

「なるほど、こりゃ確実にシロだな。疑う余地はない」


 かなりガチガチに固いアリバイが出て来た。事件発生時に現場にいなかったなら犯行は不可能だ。


「時間は正確なの?」

「はい。起床時間は目覚ましをいつもその時間にセットしてますし、出た時間はスマホでバッチリ確認してます」


 白梅は丁寧にそう答えた。彼女は神瀬とは違って真面目で落ち着きがあるようだ。


「それで、あなたたちはここで何をしてたの?」

「金田さんを助けるために真犯人を考えてたんです。そのために今日はずっとアパートの皆さんの経歴とかを調べてたんです」

「ほぉ、そりゃいい。だが、なんで金田をこれっぽっちも疑わないんだ?」

「始さんを知ってる人なら、あの人が殺しなんてしないって断言できますよ」


 彼らの情報は警察の情報ではないので、少し信頼は落ちるだろう。しかし、この二人に関しては信頼できるだろう。鉄壁のアリバイもあるし、わざわざ事件を調べている。なにより、この二人の始を助けたいという想いは嘘とは思えない。

 そして、バーのカウンターに置いてあるパソコンを見ながら、白梅が説明を始めた。


「まず大家さん。彼女が持ってるあのアパートは、五年前に祖父から譲り受けたものらしいです。それまでは普通の会社で働いていたようです。恋人とかそういうのはいない。家族との関わりは、正月やお盆に帰省するくらいなようです」

「変わった事とかはないのか?借金してたとか」

「ないですね。特に身の回りでトラブルとかは無かったそうですし」


 話を聞く限り、大家の田村は木山を殺す動機は無さそうだ。殺す事は「もしかしたら出来るかもしれない」程度、方法も動機も弱いという事はシロにかなり近いかもしれない。


「次に北地さん。この人は近くの町工場で働いてます。そこでの人間関係は良好、最近は給料も上がったそうです。恋人はいない。家族については、関係はそれなりにいいんですが、一ヶ月前に母親がひき逃げで死んだそうです」

「ほほう、そのひき逃げ犯は誰なんだ?」

「まだ捕まってないそうです」


 多分これも外れだろう。木山を殺す動機がないし、アリバイも信頼できる。ジョージ先輩が興味津々に聞いた内容もさして関係ない事だろう。


「次に吉山公亮さんと真弓さん。二人が出会ったのは七年前、五年前に交際をはじめ、二年前に結婚しました。真弓さんは専業主婦で、公亮さんは一流企業のサラリーマン。稼ぎはそれなりに良いそうです。木山とはともかく、人間関係に問題はなし」

「この二人も特に変わったとこはないか」

「強いていうなら、公亮さんの双子の兄の吉山大河たいがが三年前に肺炎で病死してますね。公亮さんも肺炎で、病気が治って結婚するまでは、同じ病院で闘病生活だったそうです」

「……ほほう?」


 ジョージ先輩が「双子」というワードに反応して、ニヤリと笑った。まぁ、考えてる事はわかる。


「これはまさか……ふ」

「双子入れ替わりトリック……とか言うんでしょ」


 被せる感じで言ってみたら、案の定その通りだったようで、先輩は驚きを隠せないでいる。


「ミステリーの読みすぎですよ。それに、もし入れ替わっていたとしても、何で木山を殺さなきゃいけないんです?」

「あっ……うーん」


 私が指摘すると、顎に手を当ててうんうん唸りだした。だが、調べた四人は、どの人も木山と関わりがほとんどない。つまり、誰も動機を持ち得ないという事だ。始も神瀬と白梅もだ。

 ……動機もなく殺されたのか?


「……あの、外部犯の可能性はないんですか?」

「ないわね。アパートを隅から隅まで調べたけど、住人以外の痕跡とか、外部から侵入した痕跡は何一つ無かったもの」


 白梅の外部犯説もなし。だとすると、アリバイがなく、凶器に指紋があったと言う証拠がある始が犯人ということになってしまう。

 ……本来ならそう考えるのが普通だろう。だが、始の性格はよく知っている。あいつが人を殺すはずはないし、ましてや動機すらないなどあり得ない。


「そういえば気になったんですけど、木山って無職なのにどこから歓楽街を遊び回る金を手に入れたんでしょうね?」


 神瀬がパソコンを覗き見て、パッと思いついたように言った。確かにそれは気になる。もしかしたら動機につながるかもしれない。


「なるほど、金関係のトラブルか。ありえるな」

「その辺はまた警察が調べるわ」

「やっぱりまだ出てきてない情報があるんですかね」

「そうかもね。まだ事件が発生して一日だもの、まだ諦めちゃダメよ。とりあえず、この情報の裏は警察で取らせてもらうから、今日は解散しましょう」


 今日はもう疲れたので、私はそう言って帰ろうとした。そんな時に、ジョージ先輩が本棚の方に寄って行って、そのラインナップを見て歓声を上げた。


「すっげぇ!コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズ、横溝正史の『金田一耕助』シリーズ、アガサ・クリスティの『エルキュール・ポワロ』『ミス・マープル』シリーズ……すっげぇ!知ってるの全部あるぞ!」


 バーの壁にギッシリと詰められた、本棚に入れてあるおびただしい数の本を次々に手に取って、子供のようにキャッキャッと年甲斐もなくはしゃいでいる。


 近づいて私も見てみた。確かに、かなり充実したラインナップだ。ジョージ先輩が挙げたものの他に、昔の名作は勿論、最近のものまで揃っていた。


「もしかして、D.N.ってDetective novel(探偵小説)ってこと?」

「そうですね。まぁ、私の趣味みたいなものですよ」


 老紳士はニコリと笑って、「お好きにどうぞ」と言うように優しい目でサッと手を前に差し出した。だが、まだ事件が解決していないのでこんなことをしている暇はない。


 手に取って本を読み始めようとしているジョージ先輩の首根っこを掴み、三人にお礼を言ってバーの外に出た。


 車に乗り込み、ガッカリしているジョージ先輩を乗せて警察署に向けて車を走らせた。その道中、先輩が大きなため息をついてこんなことを言った。


「ハァーーーー、少しくらい良いだろー」

「明日も忙しいんですから。別に小説はいつでも読めるでしょう、仕事に専念してください」

「……あの本棚見てちっと思ったんだが、こういう難事件をパパッと解決してくれる探偵っていねぇのかな」

「リアルの探偵の仕事内容は知ってますよね。そんな物語みたいなことあるわけ無いじゃないですか」


 正直なところ、私もそんな人が居たらな、と少し考えた。余りにも木山と関係する人物がいないのだ。あの七人の中に動機もなく人を殺す異常者がいるとは思えない。


 動機があるとすれば、木山をかなり嫌っていた吉山公亮だ。しかし、木山を嫌っていたのは全員で、公亮はそれが少し強いというだけだ。


 しかも嫁が妊娠して子供が生まれるというのに、その程度の動機で人を殺すだろうか。


「まぁまぁそう言わずに、実は聞き込みをしてる時に小耳に挟んだ話があるんだ」

「へぇ、どんなです」

「この街にはまるで小説に出てくる様な、華麗に事件を解決する探偵がいるって話さ」

「……これまた素っ頓狂な話ですね。どうせ、ただの噂話ですよ」

「いやいや、実際に事件を解決してもらったって人がいるんだぜ?」

「今の時代、そういう嘘をつく奴なんて珍しくないですよ」


 変な希望は持たない方がいい。誰かが解決してくれるなんて考えず、自分にできることを考える方が有意義だ。そんなこと考えながら、私は何処かでそんな探偵が存在していることを望んでいた。

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