第15話
いつかこうなる日が来ると思っていた。それでもその日はもっと先になると思っていたし、こんなに早く訪れて心の準備というのが出来なかった。
唯斗の部屋で唯斗の彼女と二人きりという状況。言葉で並べてみると凄く異様なのが分かる。
この人が唯斗の彼女だと言うことは、さっきこの人自身から聞いた。私が誰で、唯斗と何の関係があるのかはまだ喋っていない。
二人きりになったのは色々聞きたいことがあるからだろう。彼氏の家に知らない女が居れば、誰しもその人について知りたくなるもの。
その点、今は都合がいい。唯斗は下で寝ていて、勝手に二人きりになれる状況が出来た。
この人は間違いなく唯斗のことを心配しているだろう。それでもこうしてるのは、妹の蒼ちゃんが私たちには分からない何かを察したような顔で、大丈夫と言ったからだ。
静寂のまま時だけが過ぎていく。この人は私が話すのを待っているのかもしれない。
何を求めているのか予想は簡単で、私から話すことも出来る。でもそれをしない。私から話せば全てが言い訳に聞こえてしまう可能性があるから。
今から言うことは身勝手なことだと分かっている。自分がしたことを考えればそんなのは無理であることも。
でも私はそれでも出来ることならこの人に、唯斗に信用されたいと思ってしまう。
静寂で張り詰めた空気は彼女の微笑みによって終わりを告げた。
「私は待っていたのにあなたから話さないのはなんで?」
穏やかな口調な口調とは裏腹に、微笑みの中に、私を見定める目を隠している。間違ったことを言えば、突きつけられた刀で切られるような、そんな異常な感覚に襲われる。
「言い訳をついていると取られたくなかったから」
「あなたが唯斗くんの親戚じゃないのは分かった」
絶対ではないだろうが、私が唯斗の親戚ではないのは最初から分かっていただろう。
本当に迷っていたならば二人きりになる前に、蒼ちゃんに聞いていたはずだ。
「……言い訳か。うん、面白いこと言うね」
「面白い?」
「だって、例えあなたから話さなくても言い訳だったり、嘘をついてる可能性はどうみても高いでしょ?」
言われてみればその通りだ。私は正直に話すつもりだが、彼女にとってそれが本当かどうか確認する術を持っていない。
「でも安心して。私ならあなたが嘘をついてるか分かるよ。さっきの言葉に嘘はなかった」
どうやって、何て聞くのは躊躇ってしまう。話し合いとは思いつつも、立場を考えれば取り調べに近い。今はこの人の言葉を信じるしかない。
「それにしても言い訳したくないか。じゃあこれにも正直に答えてくれるよね。あなたは唯斗くんとどんな関係?」
ついに私が聞かれるだろうと思ったことが来る。だけど私はこの問いに対してどんなに考えても答えが出なかった。
唯斗との関係性。少なくとも友達なんてことはありえない。私がやったことを考えればそんなことは烏滸がましくて呼べるはずがない。
じゃあ他人なのか。それもまた違う。唯斗にとってはその可能性があるが、私にとって他人と呼ぶには近くなりすぎてしまった気がする。
「分からない」
今の私にはそう答えるしかなかった。
「へぇ、嘘じゃないんだ」
これを見抜いてくるのならば、彼女が嘘を分かるのは本当なのだろう。
「まぁいいよ。どうでもよかったことだしね」
負け惜しみとかではなさそうだ。唯斗との関係に自信があるのか、また別の理由があるのか。
「こっちが本当に聞きたかったこと。あなたは何でここにいるの? さも当然のように私服で、この部屋に制服をかけている。唯斗くんのなんてことは言わないよね」
唯斗の部屋に女子の制服があり、私は私服姿でいる。ここに泊まっているのは、この人のことだから気づいているはず。
仮に気づいていなくても、この人が求めている答えはきっとそういうことじゃない。
「昨日脅してこの家に住んでいる」
「脅して?」
ここに来て顔を顰める。
怒り、憎しみ、嫌悪、普通なら抱くであろう感情を今まで見せてこなかったこの人が、初めて私に見せた不快そうな表情。
「脅したってどんな風に?」
すぐに微笑みの表情に戻る。
私は昨日の放課後に何があったか、覚えている限りのことを話した。
その際に脅した理由も聞かれたが、唯斗にも言えていない秘密を明かす訳もなく、嘘をつかないように省略して伝えた。
「そんなことがあったんだ。……気にしてたのはか」
最後の方は何を言っているか聞こえなかったが、私が唯斗にしたことを理解したようだ。
その上でこの人は私に対して何を言うのか。
「唯斗くんの優しさに感謝しないとね」
「感謝?」
予想だにしない言葉に驚いてしまう。
もっと責めて来ると思っていた。少なくとも出ていって欲しい、ぐらいは言われてもおかしくなかった。
「そう。色々とね」
「感謝はしてるけどあなたはそれでいいの? 私は最低のことをした自覚のある最低な女。そんな女が住むことに反対はしないの?」
「するよ」
穏やかな口調は変わらずに、しかし食い気味に言葉を被せてくる。
「本音を言えばあなたを殺したいほど憎んでる。唯斗くんにも二度と関わらないでほしいよ」
微笑みのまま言うものだから恐怖を感じる。
「だ、だったらどうして」
「あなたは私が言ったとして素直に出ていくの?」
ふるふると強く首を振る。
「だから言わなかったんだよ」
最初から決めていた。何を言われてもこの家から出ていかないと。だってやっと見つけた落ち着く場所なんだ。
迷惑なのは分かっている、自分勝手なのも。でもせめてもう少しだけは、ここにいたい。
「ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言った。
これで聞きたいことを全部聞き終えたのか、部屋から出ていくので背中を追う。
そう言えば名前を聞いていなかった。
「私は小鳥遊瑠愛。あなたの名前は」
「天海空だよ」
前に歩く空は振り返ることはせずに言う。
空、私は懐かしい響きを心の中で繰り返すのだった。
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