第12話
「そういえば先輩、ロリっ娘先輩にすーちゃんって呼ばれてましたけど、どうしてすーちゃん何ですか?」
帰路の途中、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
空の苗字は
どんなに考えても俺には繋がりが見えなかった。
「私とみーちゃんが幼なじみなのは言ったよね」
紹介された時のことを思い出す。
「そういえば言ってましたね」
あの時は別のことに意識がいってたので忘れてたが、今思い出すと確かに言っていた。
「私とみーちゃんはね六歳の頃に出会ったの。父親同士が仲良くてその繋がりから」
自分の体から血の気が引いていくのが分かった。
空先輩の父親は政治家だったはずで、仲良しってことは。
「まさかロリっ娘先輩の親も政治家なんてことはないですよね」
「ん? そうだよ。高校からの付き合いみたいで、そこからずっと仲良いらしいんだよね。まぁお母さんから聞いたことなんだけど」
「俺、消されます?」
「ふふっ、唯斗くんがどんな想像しているのか分からないけど、そんな物語みたいな力はないから大丈夫だよ」
半分冗談半分本気だったため、空の言葉で安心する。
「それにもし唯斗くんの言う通り人を消せる力があるなら、私もお願いするもんな」
「え」
普段の空を知っているため、そんな人がいることに驚いてしまう。
「先輩にも嫌いな人とかいるんですね」
「もー唯斗くんはさっきから夢見すぎだよ。私だって嫌いな人くらいいるって」
「どんな人です?」
「内緒」
気になって聞いてみたもののはぐらかされてしまった。
空の嫌いな人。パッと考えたところでどんな人間が嫌いかなど分かるはずもなかった。
「安心して、唯斗くん。これから先唯斗くんが変わりさえしなければ、嫌いになることは無いから」
空から見て俺は不安そうな顔をしていたみたいだ。
隣にいる空は綺麗で、大好きで、ずっと一緒にいれたらなんて思ってしまう存在だ。
『君は変わらなければいけないよ』
遠い記憶の思い出が蘇る。何故今この言葉を思い出したのかは分からない。しかしこの時から俺は変わっている。
空は今の俺を好きだと言ってくれた。なら俺は俺のままで居続ける必要がある。
「俺先輩のことが好きです。だから、変わらない自分でいますね」
「大丈夫、君は変わらないよ」
空の言う変わらないものが何を指しているのか分からない。だからこそ今の自分であり続けようと、そう思った。
「それじゃあね、唯斗くん」
いつの間にか空との別れ道が来てしまったようだ。左に行けば駅へと続き、右に行けば五分もしないうちに俺の家がある。
「すーちゃんの理由なんだったんですか?」
手を振っていた空の腕を掴み引き留める。
「どうしたの、珍しいね」
不意をつかれたせいかキョトンとした顔を見せる。今までこうやって腕を掴んでまで引き留めたことはなかったからだろう。
「ははは、どうしても気になっちゃったので」
嘘をついてしまった。呼び方について気になるのは本当だ。けれども今日じゃなくて良かった。明日でも、明後日でも問題はなかった。
ならなぜ引き留めたのか。何となく一緒にいたいと思った。
問いに対する答えはただ漠然としていて、明確な答えなど何一つなかった。
変わらないと思った矢先にこの行動、自分のことが嫌になる。
「面白い理由なんてないよ」
そんな俺の心情など知るよしもない空は語り始める。
「私って名前が空でしょ。それで、出会った頃のみーちゃんって英語習い始めだったらしくて、私が空だよって自己紹介したら英語のスカイだ、ってなってその流れでスカイだからすーちゃんになっただけだよ」
特に深い理由などないだろうと思っていたが、想像より馬鹿っぽい付け方だった。
「なんかあれですね」
何か言わなければと思ったが、いい言葉が出て来ず曖昧になってしまった。
「拍子抜けした? 引き留める程じゃなかったでしょ」
「結構単純でしたね」
二人顔を合わせて笑ってしまう。
「それじゃあ今度こそまた明日ね」
二人の笑いが収まると空はそう言い残し、駅の方へ歩いていった。
『大事な人からも逃げてしまったら君の先には何も残らない』
また昔の思い出。けれど今回は思い出した理由が分かる。俺はまた逃げようとしていた。
なぜ引き留めたのか。その問いに今なら答えられる。瑠愛のことを伝えるためだ。
大事な話があると俺は言ったが、空から話しがあったことで忘れていた。
いいや、忘れられないくせに忘れようとしていた。嫌われるのが恐くて、別れるのが嫌で、一度決めた覚悟はどこかに捨ててしまっていた。
空の背中はもう随分と遠くなっている。
その背中を見るだけで、明日でいいや、明日頑張ろうなんて思う自分がいる。
「嫌いだ」
自己嫌悪に陥っていると、ふと背中を押された気がした。
「え」
後ろを振り向いても当たり前だが近くに誰もいない。しかしそのおかげで目が覚めた。
「今は自己嫌悪に陥ってる場合じゃないな」
嫌われるのが恐い、別れるのが嫌、だけどこのまま伝えずにいるのは最低だ。
もう一度伝える覚悟を決め、空の方へ一歩踏み出す。そのまま二歩目、三歩目と走っていく。
「そ、空、先輩」
やがて声が届く範囲まで追いつき、走りながらも声を振り絞る。
「唯斗くん、どうしたの?」
俺の声が届いたみたいで空は歩いていた足を止める。
「はぁ、はぁ、あ、あの」
「大丈夫? ゆっくりでいいよ」
運動が得意でない俺にとって、たかだか少し走った程度で息が切れてしまう。
それでも空は急かすようなことはせず、ただただじっと待っててくれる。
「ふぅ、先輩少し時間ありますか? 話があるんですけど」
息が整い、口を開いた。
「……やっぱり君は変わらないよ。いいよ」
最初の方に何を言っていたかよく聞こえなかったが話を聞いてもらえるみたいだ。
「じゃあ公園に行こうか」
空の提案に俺は頷き、二人で別れ道の突き当たりにあった公園に入る。
俺にとっては家が近いということもあり、馴染みがある。二人分のブランコとベンチが一つあるだけの、質素で小さい公園。昔はよく来ていたが、今は一ヶ月に一度くらいしか来ていない。
俺と空の二人はベンチに座った。俺から話さなければならないのに口が開かなかった。
その間も空はじっと俺の言葉を待っていてくれる。
「空先輩に、言わなければ」
覚悟を決め口を開いたのも束の間、俺の体に異変が起き途中で言葉が途切れる。
頭が割れるように痛く、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
気持ちが悪くなり、吐き気までしてきた。
「唯斗くん?」
俺の様子がおかしくなるのを見た空が、心配そうにこちらを覗いてくる。
「空先輩、空」
視界がぼんやりとしてきて、至近距離にも関わらず空の顔が分からなくなってくる。
本格的にやばいと思ったが、何も出来ない。
「唯斗くん、唯斗くん」
隣からずっと心配そうに声をかけてきてくれるが、もうその声もぼやけてきている。
「唯斗くん」
『ゆう』
ありえもしない幻聴まで聞こえて来て、もう駄目だと感じ取る。
「ご、ごめん。
その言葉を最後に俺は空の方へ倒れ、意識を失った。
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