第10話
「はぁぁ」
意気込んで図書室に来たけれど足が止まってしまう。
大丈夫だと思っているが、万が一空に嫌われてしまったらどうしようと思うとこの扉を開ける気が起きない。
「そもそも大丈夫だと思う根拠がな……」
女子に告白されて、振ったけど家に泊めてますだなんて、改めて考えると大丈夫だと思える要素がどこにもない。
俺が空の立場で言われたらどうだろう。
――私付き合っていない男と一緒に暮らしてるの。
「うっ」
想像ですら胸が痛くなり、手を当てその場にしゃがみこんでしまう。
俺は今から最低なことを言うんだな。
自分がこの件を軽く考えていたことに反省する。
空はどんな反応をするのか想像がつかない。しょうがないと許してくれるのか、無理と嫌われてしまうのか。
言いたくないそう思ってしまった。
「……最低だ」
「ねぇ邪魔なんだけど」
「うわっ。いてっ」
突然後ろから声をかけられ、驚いて頭を扉にぶつけてしまう。
「言っとくけど私悪くないから。そんなところでしゃがんでる方が悪い」
「す、すみません」
頭は痛いがこの人の言う通り自分のせいなので何も言えない。
ぶつけた所を擦りながらその場に立つ。
「……ちっちゃ」
目の前にいたのは図書室に似合うとは思えない、金色に染めた髪をツインテールにしている、童顔の小柄な女の子だった。大きい方ではない俺の、顔一つ分小さく、そんな小さい体が小刻みに震えていた。
「どうしました?」
「い、今なんて?」
「ん? いや体が小さくてどうしたのかなって……あ」
言葉を全て言い切ってから間違いに気づく。この人を見た時から、小さいなと心の中で思ってしまっていたせいで、口からつい出てしまった。
「すみません、間違えました。体が震えてたので大丈夫かなって心配だったんです」
言い間違いを訂正したところでもう遅かった。俯いているせいで表情は分からないが、全身に力を入れて怒りを露わにする。
「二回。あんたは二回チビって言った」
「へ? 一回では?」
「なっ……。あーそう、一回目は無意識だったわけ」
俺の言葉は火に油を注いでしまったようで、ブチッと効果音が鳴るぐらい怒ってしまった。
「あんたは三回私を傷つけた。だから私も三回あんたを傷つける」
俺は何をされるか分からないので怒りを抑えてもらおうと口を開く。
「えぇと、そうだ。その広く大きい寛大な心で俺の失言を水に流したり」
「……(にこ)」
「……できませんよね。ははは」
この少女の笑顔の圧に負けて、最後まで言葉を繋ぐことは出来なかった。今日何度目かの死を覚悟する。
じりじりと後ずさるが場所が悪く、すぐに扉が背中に触れてしまう。
「……扉?」
追い詰められたおかげで一つの活路が開いた。
「何か言った」
「い、いえなにも」
活路と大袈裟に言ったが、その実簡単なことで後ろにある扉を開けて図書室に入るだけだ。
今すぐ入ってもいいが、扉を開けてから腕を掴まれたり、しないとは思うが大声を出されたりして注目を浴びたくない。
空だけならまだしも中に他の人がいる可能性がある以上そういう迷惑は避けたいしな。
「最後に言い残すことはある?」
どうにかして一瞬の油断を作れないかと考える。一つだけ思いつくがこれはできることならやりたくない。
「なさそうね」
少女がこの後何をするか分からない。傷つけるとは言ったが所詮小さい少女がやること。受けても対して傷つかないだろうと思ったが、俺の直感が受けるなと言っている。
こうなったらやるしかないか。背に腹はかえられない。もう迷ってる暇はないみたいだ。
「ちょ、ちょっと待って。実は言いたいことがありました」
「何?」
俺は少女の肩に手を置き、今まで引いてた分を押し返すように顔を近づける。
そこで顔を近づけたことによって、これからすることに利用出来そうなものがあった。
「え、え、え?」
その少女はさっきまでの怒りは何処へ行ったのか、俺の顔が近くなったことで恥ずかしくなったのか、顔を赤く染めて狼狽えている。
その態度を見てこれはいけると自分の中で確信が持てた。
「実は君に一目惚れしたんです。その赤い右目と青い左目のオッドアイ、可愛らしい顔立ち。君のことが好きになりました」
「ふぇぇぇぇぇ」
少女はよく分からない奇声と共に力が入らなくなったのかその場にへたり込んでしまう。
俺が思いついたこととは告白のことだった。昨日瑠愛に告白された時のことを思い出し、これは使えると思ったのだ。
瑠愛には散々な目にあってるが今だけは感謝しよう。まぁここまで告白に効果があるとは思わなかったけど。
空に対しては罪悪感をまた持ってしまうが、あのままだと俺がどうなってたか分からないので、許してくれると信じよう。
少女は座り込んでぶつぶつと何かを呟いているが、俺はそれを無視してこの隙に図書室に入り込んだ。
「ふぅ助かった」
汗をかいてもいないのに額を腕で拭い、いつもの席を見る。
そこには当たり前だが空がいた。空はドアが開いたことでこっちを見たのか、俺に気づいて笑顔で手を振ってくれる。
「珍しい」
いつもだったら本を読んでいるため、俺が部屋に入るのに気づくことはない。少なくとも空と初めて出会ってから今まで、気づかれることなく目の前の席まで座れていた。
どうしてだろうとも思ったが、よくよく考えてみれば和泉先生に呼び出しをくらったおかげで、いつもより来るのが遅くなってしまった。
その間にいつも通り、きりのいいところまで本を読んでしまったのだろう。
幸い図書室に他の生徒はいないので、空の所まで足早で向かう。
「先輩、遅くなりました。ごめんなさい」
「全然、謝らなくていいのに」
笑顔でそう言ってくれるので、色々なことで疲れ切っていた心が癒される。
「あ、そうだ」
今日ここに来たのは癒されるためだけでは無い。瑠愛のことを話さないといけない。
すごく言うのは怖いけれど、逃げていたところで変わらない。
「ちょっと話があるんですけどいいですか?」
俺の問いかけに空はすぐに返事をしなかった。じっと何かを待つように俺のことを見る。
「うん、いいよ。あ、でも私から話してもいい? もうすぐ来るから」
しばらく経って口を開いた空から出た言葉に、引っ掛かりを覚える。
「来るって何がですか?」
「えぇと」
空が言おうかどうか悩んでいると、図書室の扉が開く音が聞こえた。
俺はものすごく嫌な予感がして、振り向くことが出来なかった。
「あ、きたきた」
目の前の空は自分の居場所を今入ってきた訪問者に伝えるために、俺が入ってきたよりも大きく、両手を振っている。
「おーい」
誰もいないとは言え図書室なので声は控えめにしている。
俺はと言うと背中に冷や汗をかき、足音が近づくにつれ恐怖という感情が湧き上がってくる。
今思えば空が本を読んでいなかったのは、俺というより今入って来た人を待っていたのだろう。
足音はコツコツと鳴り、やがて俺の後ろで止まった。
「こっち空いてるよ、みーちゃん」
「うん、大丈夫。気にしないで」
みーちゃんと呼ばれた人は、空に隣の席を案内されたが俺の後ろから動く気配はなかった。
先輩助けて下さい。無理やりにでもそっちの席に座らせて下さい。
「そお? じゃあ唯斗くん紹介するね。私と同い年で幼なじみの
俺の事情など知るはずもなく、空は後ろに立っている少女の紹介をしてくれた。
「あははは。初めまして神崎先輩」
俺は後ろを振り向くことをせず、そのまま挨拶をする。
「橘唯斗だっけ? 早速だけど私に言い残すことはあるかしら?」
指をポキポキと鳴らしているのが音でわかり、これは何をしても許して貰えないなと理解してしまう。
俺は何を言うべきか迷ったが、開き直ることにする。
「ロリっ子先輩と呼ばせてください」
この後のことは言うまでもない。この小さい体の何処にそこまでの力があったのか。
これが漫画であればボコッという効果音が相応しいだろう。
「唯斗くん」
一瞬意識が飛び、誰かにそう呼ばれた。
俺はなんとも言えない感情とともに、すぐに現実に戻るのだった。
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