第8話
「ふわぁー」
つい眠気のせいで大きな欠伸が出てしまう。
ソファーで寝たせいなのか、はたまた昨日の夜の出来事のせいなのか体が休まった気がしない。
朝少しでも長く寝て目を覚まそうと蒼のベッドを借りたが、逆効果になってしまったみたいでソファーで起きた時よりも眠い。
気を抜いたら歩いていても寝てしまいそうだ。
「お兄ちゃん顔色悪いけど大丈夫?」
隣で瑠愛と喋っていた蒼が、会話を止め心配そうな顔で聞いてくる。
「あー、大丈夫大丈夫」
気の抜けた生返事で答える。大丈夫とは言ったもののしんどい。
「ほんとに大丈夫なの唯斗」
「心配だな、もう」
蒼はどうやら俺を起こすのに手間取ったらしく、何回も呼びかけたけど全然起きなかったと言っていた。
今までどんなに眠くても、声をかけられれば起きれていた。だからこそ今日のことが珍しくて心配なのだろう。
「ほらお前そっちだろ」
俺の通う高校と蒼の通う中学の分岐の道に差し掛かる。
「早く行け、遅刻するぞ」
蒼は中学校の方へ歩くことをせず、その場で立ち止まっている。心配性は誰に似たんだか。
「じゃあな、気をつけろよ」
ずっとこのまま立ち尽くしている訳にも行かないので、仕方なく俺が高校の方へと歩き出した。
俺が歩き出したのを見て、瑠愛も空を見ながら付いてくる。
「お兄ちゃん、体調悪かったら休んでね。なんなら連絡してもいいから。瑠愛さん、お兄ちゃんのことお願いします」
後ろから早事で伝えてくる。俺は後ろを振り向くことをせず手を挙げることで返事をする。
「任せて蒼ちゃん。バイバイ」
任せてって何を任されたのか。学校で関わることないのにな。
瑠愛はいつの間に仲良くなったのか、昨日まで呼んでいなかった名前で呼び、蒼に向かって手を振っている。
ここから高校までは五分もかからない。一ヶ月前までは満開に咲いて、新入生を出迎えてた桜が今では見る影もない。
時は進み、環境が変わる。変わらないと思っていた俺の周りも徐々に変化が起きている。
「ごめんなさい」
大きな変化の一部である瑠愛が後ろから急に謝ってくる。
「何がだ?」
「寝不足なの、私のせいでしょ。私がベッドを使ったから」
申し訳なさそうな声で言ってくる。
「そう思うなら二度と誘惑して来ないでくれ。ベッドを使われたことよりそっちの方が原因だ」
こう言った方が気に病まないで済むだろう。あながち間違ってもないしな。
「あ、あれは! ……忘れて」
思い出して恥ずかしかったのか急に顔を赤らめる。
「暗かったし、そんなに長く見てないから安心しろ」
覚えてないとは言わなかった。一瞬でも視界に映ってしまったせいで忘れることが出来ないからだ。
まぁそれでも嘘はついてないし、瑠愛は安心した顔をしているから良かった。しかし恥ずかしがったり、安心したりと昨日まで見せなかった感情を今日は普通に出している。これが素なのかは分からない。
「……けど、こっちの方がいいけどな」
「何がこっちの方がいいの?」
つい思っていたことが口から出てしまっていたみたいだ。
「な、なんでもない」
慌てながらも何とか平静さを取り繕う。
「そう? あ、そうだ。蒼ちゃんに任されたからね。何かあったら言ってよね」
「あぁ頭に入れとく」
瑠愛に言うことは多分、というか絶対に無いだろう。こいつに相談するぐらいなら空に言う。
気づけば学校に着いていて靴を履き替える。その後は何か喋ることも無く教室へ向かう。
一のBと書かれた教室に俺、瑠愛の順番で入る。
教室には半分以上の生徒がいるが、俺たちが同じタイミングで入っても誰も気にしている様子はない。
当たり前か、傍から見たら一緒に登校してたと思うより、偶然同じタイミングだったと思うだろう。ましてやクラスで人気があるやつとそこまでの奴なら、尚更そう思うのも無理はない。
自分の机に荷物を置き、それを枕にしてうつ伏せる。
「おはよう唯斗」
そのまま寝ようと思っていると後ろから声をかけられた。
「よー、叶翔」
頭を上げ後ろを向くと、ちょうど今来たみたいで叶翔は荷物を机に置いていた。
「え、お前大丈夫か?」
「何が?」
爽やかなイケメン顔に眩しさを感じていると突然心配されるが、心当たりがないので聞き返す。
「いや、何がって。顔色悪いけど」
「あぁ、それか。ただの寝不足だ」
そういえばさっき蒼にも、ついでに瑠愛にも言われた気がするな。さっきのことなのに眠気と戦っていて忘れていた。
「……寝不足、なるほど」
ポンと手を叩き、閃いたみたいな顔をしている。
「唯斗、大人の階段を登ったんだな」
「はぁ」
急に肩に手を置かれ突拍子の無いことを言い出す。呆れてしまい否定することが出来ず、ため息しか出てこなかった。
「どうだった? 気持ち良かった?」
ため息をどういう風に感じ取ったのか次々と質問を投げかけてくる。
本当にその通りだったらどれだけ嬉しいことか。こっちの事情も知らないで好き勝手いいやがって。
「うるさい、寝る」
にやにやしている叶翔の手を振り払い、机に伏せようとする。
「あー、待ったごめんて、そんな怒るなよ」
体を揺すられ強制的に起こされる。
「怒ってねーよ、ただ朝からそのテンションはきつい。ふわぁ」
欠伸を一つ入れながら言う。
「わるいな」
叶翔はサッカー部に所属していて、自称期待の一年生なんて言われているらしい。
「……なんで爽やかイケメンの奴って、サッカー部所属って設定が多いんだろうな」
「なんか言った?」
「気にしないでくれ」
漫画や小説のせいでメタ的発言が出てしまった。
自称というのは本人に聞いたから付けているだけであって、本当に言われているかもしれない。俺に確認出来る友達なんかいないのでとりあえず自称を付けている。
自分で言ってて悲しくなるな。そもそも自分から話しかけるのが苦手なだけで、叶翔みたいに話しかけてくれれば話せるのにな。
言い訳をすればするほど惨めになりそうなのでこの辺で止めとく。
「それよりお前には好きな人いないのか?」
こんだけハイスペックなら浮ついた一つや二つありそうだが、いつも俺の話で叶翔のそんな話は聞いたことがない。
「内緒」
唇の前に人差し指を立てて言う。そこら辺の女子が見たらそのあざとさに簡単に惚れてしまいそうなものだ。
「うわぁ」
しかし俺はそのあざといポーズに少し引いてしまう。
こんなポーズ男が男にしてもドキッとするはずがない。
「まじで?」
「えーまじでって何さ」
「いやーごめん。思いのほかキツくて。……ふわぁ」
「大丈夫? 保健室行けば?」
欠伸のによって出てきた涙を、指で拭っていると心配そうな声で話しかけてくる。
「大丈夫大丈夫、どうせ保健室行っても、ここにいてもやること変わらんし」
「ふーん、それもそっか」
いつもの俺を知ってる分、それ以上何か言ってくることはなかった。
そこで一時限目を告げるチャイムが鳴り、前のドアから数学の先生が入ってくる。
「起立、気をつけ礼」
誰かが形だけの号令をして、授業が始まる。
俺はみんなが先生の話を聞く中、一人机にうつ伏せて寝る。
こうして寝るのはいつも通りである。学校が始まって以来授業中は基本的に寝ている。
別に授業がつまらないからとか、眠いからとか(少しだけあるが)そういった理由ではない。単純に授業を受ける意味がないのだ。
最初は先生達も必死に起こそうとしていたが、今では授業中に声をかけられることも無くなった。
それが諦められたからなのか、もう一つの理由からなのか分からないが、これ程俺にとって楽なことはない。
この後、これが原因で放課後に面倒なことが起きるのを知らない俺は、今は心地よく寝るのだった。
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