第7話
ジリリリリリ
朝を告げる音が部屋に鳴り響く。アラームを止め、体を起こす。
「うぅ、眠い」
無意識に口から出た言葉に驚いてしまう。
いつからだろう、私が夜に深く眠れなくなったのは。どんな場所でも、どんだけ少ない睡眠時間でも、起きてすぐに、眠いと感じることはなかった。
もう一度寝たいと思うなんて今までの私では考えられなかった。
「うわ、腫れてる」
違和感を持ちスマホの内カメラで自分の顔を見ると目元が腫れていた。
「そういえば昨日泣いたもんね」
思い出すだけでも恥ずかしくなる。人前で泣いたのなんて初めてのことだった。
姉が亡くなった時でさえ涙は出なかったというのに。
「嫌なこと思い出しちゃったな」
去年の冬、私が中学三年生の時に殺人で亡くなってしまった。通り魔から年下の男の子を庇って、と聞いている。
「お姉ちゃん」
姉と唯斗はどこか似ている。雰囲気とかは似ても似つかないのに何となくそう感じてしまうほど。
「そろそろ着替えないと」
学校に行くにはまだ早いが昨日の夜、朝ごはんを用意すると言われている。
素早く制服へと着替えてリビングに降りていく。
「おはよう、瑠愛さん」
「お、おはよう」
少し照れくさくなってしまう。こんな風に挨拶したのは久しぶりのことだから。
「あれ、唯斗は?」
リビングを見ても姿はなく、食卓にも二人分しか用意されていない。
「お兄ちゃんなら私のベッドで寝てます」
私の朝ごはんは用意されてないと思ったが違ったみたいだ。
「そっか」
胸が痛くなる。私がベッドを使ったせいでしっかり寝れなかったのだろう。
「冷めないうちに食べましょうか」
「うん」
誘導され椅子に座る。
「「いただきます」」
ご飯が暖かい。純粋な温度という訳でもなく、空気感といったものが暖かく感じる。
「瑠愛さん、どうしました?」
「え?」
向かいから慌てている声がする。その声は私に向けられているらしいが原因が分からない。
「苦手なものありました? これティッシュです。涙拭いてください」
そこで初めて気づく。自分の目から涙が出ていることに。
「え? あ、ごめん。違うの、違うの」
抑えようとすればするほど、自分の意思とは逆に涙が出ていく。
「止まって、ごめん、ごめんなさい」
目元をテッシュで抑え、強引に涙を止めようとしているとふと突然抱きしめられる。
「泣きたい時は泣けばいい。ぶつけたい思いがあるならぶつければいい。私が受け止めます」
言葉を聞いた瞬間、頭に思い浮かんだのは昔の記憶だった。
『お母さんと、お父さんに怒られた?』
『うん、お姉ちゃんはもっと出来てたのにって』
『そっか。でも私と瑠愛は違うから気にしなくていいんだよ』
『……うん』
『瑠愛、泣きたいなら泣いていいんだよ。私に言いたい思いがあるなら言っていいんだよ。せめてお姉ちゃんの前でぐらい素直でいて欲しい。瑠愛のためならお姉ちゃんは全て受け止めるから』
その後私はお姉ちゃんの胸で泣いた覚えがある。父と母だけでなくお姉ちゃんにも酷い言葉を言ってしまった。それでもお姉ちゃんは嫌な顔一つせず笑顔で全て聞いてくれた。
あの頃から何も変わっていない。相手が変わっても子供みたいに泣きじゃくっている。
どれほど経っただろう。やがて涙は枯れ、出尽くしてしまう。
「服濡らしてごめんね」
「大丈夫ですよ、私が勝手にやったことですから気にしないでください」
笑顔で言う。昨日の夜からこんなのばっかり。この兄弟の優しさに甘えてしまっている。
「抱きしめてくれてありがとう。すごく嬉しかった」
「そんな感謝されるようなことしてないですよ。私はただお兄ちゃんの真似しただけなんで」
「真似?」
「はい。昔私が泣いてた時にしてくれて嬉しかったんで」
「あの言葉も?」
「全部お兄ちゃんの受け売りです」
はははと笑いながら教えてくれる。
姉と唯斗、似ていると感じる理由をまだ言葉に出来ないが、やっぱり似ているなと改めて思ってしまった。
「冷めちゃいましたね。温め直しますね」
「大丈夫、十分暖かいから」
「そうですか」
よくわからないと言った表情をしている、
確かにご飯は冷めてしまっている。けれど今の私は誰かが作ったものを誰かと食べる、そんな暖かい空間に入れるだけで十分だと思ってしまった。
「こんなことを言うのは失礼かもしれませんが泣いてくれて良かったと思いました」
止まっていた箸を動かしながら言う。私はどうしてと首を傾げる。
「昨日の瑠愛さんはなんて言うか、死んだ目? 死んだ表情? をして感情を全然表に出してなかったので」
自分でも確かに昨日は心を殺していたと思う。
「そう言えばさっき、お兄ちゃんのこと唯斗って呼んでましたよね。もしかして私が寝てから何かありました? よく見たら目も腫れて、もしかして寝ました?」
「寝てないから。むしろ」
そこで慌てて口を閉じる。昨日の夜、こっちから誘ったことを言ってしまいそうになる。
「むしろ、何ですか?」
「何でもないよ」
「むしろ、襲っちゃったとか?」
小悪魔的に微笑みグイグイ聞いてくる。
「うぅ、酷いよ蒼ちゃん」
「あ、初めて名前で呼んでくれましたね」
思い返してみれば一度も口に、それどころか心の中でさえ呼んでいなかった。
咄嗟にでた言葉、それだけで蒼ちゃんは嬉しそうな表情をする。
「あ、嫌とかあった?」
そんなことは無いと分かっていても一応確認の意味を込めて聞いてみる。
「全然、むしろ嬉しいです。やっと呼んでくれましたね。ありがとうございます」
こんなに喜んで貰ってしかもお礼まで言われるなんて、こっちが照れてしまう。
「それで、話戻すんですけど昨日何があったんですか?」
嬉しそうな表情から一変、にやにやとイタズラな笑みを浮かべる。
「勘弁して……」
降参とばかりに言葉と一緒に頭を下げる。
「ははは、からかってごめんなさい。年上ですけどからかいやすいお姉ちゃんが出来たみたいで」
「姉の威厳ゼロなのね……」
「それじゃあ私はそろそろ時間なのでお兄ちゃんを起こしてきますね」
蒼ちゃんはいつの間にか食べ終わっていて、食器を纏めている。
時計を見ると起きてから結構な時間が経っていた。この家から学校まで何分かかるか正確には分からないけど確かにそろそろ家を出た方がいい時間だ。
「食べ終わったらお皿浸けといてください。瑠愛姉さん」
「もぉー蒼ちゃん」
最後までからかういながらリビングを出ていく。
こんなに楽しいと思った食事はいつぶりなのか。今朝から久しぶりと感じることが多すぎて困りつつも嬉しい。
聞かれていないとはいえ、結局私のことは蒼ちゃんにも唯斗にも全く話せていない。いずれ二人には話さなければならない時が来る。けれど今は、今だけは二人の優しさに甘えたいと思ってしまう。
本当のことを言って拒絶されるのが怖いから、嫌われてしまうのが嫌だから。
蒼ちゃんのいなくなったリビングで、一人残ったご飯を食べるのだった。
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