第6話
時計の二つの針が真上で重なりそうな時間帯。俺はやることもなくソファーで寝転んでいる。
蒼はさっきまで一緒にいたが今は自分の部屋にいる。
瑠愛はと言うと夜飯の後から俺の部屋にいる。俺たちと一緒に居づらいと思ったから気を回した。
その時に余分な布団も部屋もないので、俺の部屋で寝てもらうように言った。瑠愛は恥ずかしがることも、ましてや嫌がる素振りも見せることはなかった。
「はぁ、めんどくさい」
この時間になってもまだお風呂に入っていない。別に特別な理由があったわけでもなく、唯純粋に入るための気力が起きてこなかった。
それでも流石に入らなければならない時間なので体を無理やり起こす。そのままお風呂場まで行き湯船に浸かることはせず、シャワーを浴びた。だいたい三十分ほどで寝る前の準備を全て済ませる。
時計を見ると一時ちょっと前だった。電気を消し、さっきまで居たソファーに戻り横たわる。ブランケットに包まり眠気が来るのを、考え事しながら待つ。
空には明日全て話すつもりだ。蒼には言えなかった今日のことを。言わなくて済む問題なら良かったかも知れないが、いつまで瑠愛が家にいるか分からない以上言うしかない。
嫌われる恐れもある。どんな理由であれ彼女がいながら他の女を家に入れているのだから。
それでも隠しながら罪悪感を持ち、付き合うよりは嫌われる恐れがありながらも伝える方がいい。これは彼女のためだなんかではなく、あくまで俺のためだ。俺が楽になる方を選択したに過ぎない。
「はぁ」
無意識にため息がこぼれる。
こんな自分が嫌になる。空を好きとは言いつつも、空のことを考えていない。挙げ句の果てに、今回は俺自身を一番に考えているでもない。
「はぁ」
もう一度ため息がこぼれる。
「なぁ、どうすればいいと思う?」
天井の先にある夜空に問いかける。当たり前だが俺の問いに答えてくれる人は誰もいない。
暗闇に慣れた眼に赤く染まった髪が映る。
「ふぁ〜」
ようやく眠気が訪れてきたと思い身を任せることにした。ふと外から階段を降りる音が聞こえる。
蒼がなにかしに来たのだと思い無視して寝ようとするが、その足音はリビングの前で止まった。蒼ならば普通に入ってくるため、そこにいるのは必然的に瑠愛になる。
横になっていた体を上げると同時に、トントンとドアを叩く音がした。
寝ている可能性を考えているのかノックの後に何か喋ることはない。
「瑠愛だろ、どうした?」
扉の方に声をかけると、ガチャと開く音がした。
「お、お前」
俺はリビングに入ってきた瑠愛を見るなり驚いてしまう。
瑠愛は裸だったのだ。
「な、何してんだよ。早く服着ろって」
慌てて目を逸らす。瑠愛は俺の話を聞いていないのか、無視しているのか近づいてくる。
足音はソファーを隔てて俺の後ろで止まる。
「いつになったら抱くの?」
瑠愛は機械的に抑揚のない声で言う。
「はぁ、何言ってんだ。抱くわけないだろ」
俺は夜中だと言うのに声を荒らげてしまう。
「何で?」
「分かるだろ」
俺には彼女がいるんだと言葉を続けようとしたが、後ろにいる瑠愛が動いている気配を感じたので言葉を止める。
分かってくれたのかと思ったがそう簡単なことではないみたいで、瑠愛は離れていくどころか今度は俺の前まで来てしまった。
「何がしたいんだよ」
俺は瑠愛を見ないように下を向き、目を瞑る。
「ねぇ私を見てよ」
「無理だ」
「私を犯してよ」
「嫌だね」
「私を、滅茶苦茶にして」
そう言った瑠愛の声は最初とは変わって震えていた。異変に気づき顔を上げようとするが瑠愛が手で頭を押さえてくる。
「言ってることとやってることが矛盾してるぞ」
「知ってる、知ってるけど……」
瑠愛の表情は声からして分かってしまう。何でか分からないが泣いているのだろう。
俺は頭の上にある瑠愛の手をどかし、極力体を見ないようにして立つ。
「とりあえず座れよ、ほらこれ」
瑠愛をソファーに促し、自分に掛けていたブランケットを渡す。泣いているからなのか、抵抗せずに座った。
最初からそう素直だったら良かったのにと思いながら俺はキッチンに向かう。
リビングの明かりを点け、キッチンでお湯を沸かす。インスタントのココアを準備し、お湯が沸くのを待つ。
静かな空間に瑠愛の泣く声がする。俺が近くにいなくなったことにより止まらなくなってしまったのだろう。
お湯が沸いたのを確認したが、ココアをすぐには作らなかった。俺が瑠愛の近くに行ってしまえば、瑠愛はまた泣くのを我慢してしまうかもしれない。
「泣きたい時は泣かせてあげる、か」
俺の選択があっているかは分からない。しかし瑠愛が泣けているのを見る限り間違った選択ではないのだろうなと思った。
しばらくして瑠愛の泣き声が治まり、そのタイミングで俺はココアを持ってソファーに戻る。
「はいよ、ココア飲めるか?」
ソファーに体育座りをして、その上からブランケットを掛けた瑠愛は、こくりと頷きマグカップを受け取った。
この様子を見る限り、抱いてなど言うことは無さそうだな。
「温かい」
ココアを飲んだ瑠愛が言う。涙はどこかに行き俺の知っている普段通りに戻っている。
「そりゃあそうだろ。そんな格好なんだから」
俺は隣に座り、右に座っている瑠愛を見ないように左を向く。
「それ飲んだら部屋に行けよ。俺ももう眠いんだから」
気づけばもう二時になっていた。今日は色々なことが起きたせいで普段より眠い。今ならば横になった瞬間寝れそうだ。
「……ねぇ何で抱かなかったの?」
眠気と戦っていた俺に隣から話しかけてくる。
「普通、裸の女に言い寄られれば我慢出来ないものじゃないの?」
続けざまに問いかけてくる。
「お前は」
そこで言葉が詰まる。瑠愛の言う普通なら、ここには抱かれる覚悟を持って来たことになる。想像もつかない覚悟に何を答えていいか分からない。
「私に魅力を感じなかった?」
頭の中でどう答えるべきか考えていると新たな問いが飛んでくる。
「……。魅力とかじゃない。そもそも裸の女が言い寄ってきて興奮しないわけがない」
理由は分からないが素直に話さなければいけないと感じた。
「それでも抱かなかったのは彼女がいるから?」
「……そうだ」
強く言えたらどれほど良かっただろう。彼女のために嘘はない。けれど半分は自分のためだ。
「優しいね」
「そんなことはない」
「優しいよ。あなたが何を思っているかも何を考えているかも分からない。けどあなたの行動で私は救われた。だから」
そこで瑠愛はソファーを立ち、顔を逸らしていた俺と目が合う場所に来る。
「ありがとう、唯斗」
学校での作っているキャラとも、さっきまでの心を殺している感じでもなく、そう言った。
瑠愛は言い終わるとマグカップをキッチンに置きリビングを出ていった。
「ありがとう、か」
そう言われる筋合いはなく、俺が瑠愛を家に泊めてるのも、瑠愛に何も聞かないのも全て俺の都合でしかない。
「あぁ嫌いだ」
こんな自分が本当に嫌いだ。
明かりをつけたまま寝る体制に入る。明日になればこんな自分が好きになれると信じて。
夢を見た。起きれば忘れてしまう寂しい夢。
「ありがとう助けてくれて」
「なんのことですか?」
「またまた、そんなこと言っちゃって。ツンデレなんだから」
「ツンデレなんかではないです」
「ツンツンして、可愛い」
「俺、もう高校生なんで可愛いはやめてください」
「知ってるよ、あと少しで私と同じ歳だね」
「……」
「そろそろ時間だ。またね」
「あ、待って。待ってよ、行かないで」
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