第3話

「私と付き合いなさい」

会った時とは違う、冷たい目で俺を見てくる。まるで自分が絶対だというような目。

だけど分からない。俺と小鳥遊は同じクラスというだけで他に接点がない。

喋ったことがないわけじゃないが友好的な会話は一度もしたことが無い。ましてや小鳥遊が女子の中で上位のグループにいるやつなのは、傍から見て分かる。

だからこそクラスで中途半端な位置にいる俺に、上からとはいえ告白する意味が分からない。

「えーと……。分かった、どこに付き合えばいい」

「は」

漫画とかでよくある勘違い系のやつかと淡い期待を持ったが、威圧的な一文字で否定される。

「君がしていい返事は肯定的な返事のみ」

「だとしても返事はノーだ。俺には好きな人がいるんでな」

これが普通の告白であればもっと言葉を選んだかもしれない。けれど告白でもないただの強欲な頼みに律儀な返事を返すこともない。

「……しょうがない、しょうがないか」

額に掌を当てぶつぶつとつぶやく。

俺は話は終わったと小鳥遊に背を向ける。そして屋上から出ようとしたところで自分が鍵を閉めたことに気づく。

振り返るとちょうど小鳥遊が地面の鍵を拾ったところだった。

「もう一度聞くよ、私と付きあって」

鍵をつまみながら俺の目を見て聞いてくる。

「あのな何度言われても」

「次否定的な言葉が出たら鍵を落とす」

俺の言葉を途中で遮って言う。そして鍵を持つ右手を自分の背の高さまであるフェンスの外側へと無理矢理出す。

「脅しでも無駄だ」

仮に本気で落としたところでずっと出られないわけじゃない。屋上の鍵が返却されなければ、いつか先生が来る。

「本気でやると思ってない? それともいつか先生が来るとでも思ってるの?」

「まぁそんなところだ」

思っていることを当てられたが否定することでもないので素直に返す。

「いいこと教えてあげる。この鍵学校から借りた訳ではないから」

小鳥遊は右手をフェンスの外へ出すのを辞めこっちに見せつけてくる。

「だから」

嘘だと思うが例え本当だとしても関係ない。どうせ遅くても明日の昼まで我慢すれば強制的にここから出られるのだから。

「……はぁ、これじゃだめか」

小鳥遊はまたぶつぶつと呟く。そして何を思ったのかブレザーのボタンに手をかける。全て外すとブレザーを脱ぎ、地面に雑に置いた。

「何やってんの」

「見て分からない?」

「分からないから聞いてる」

小鳥遊は話している間も手を止めない。

リボンを取り、ワイシャツのボタンも外していく。一つ、二つ、そして上から三つ目を取ったところで今度はスカートに手をかける。スカートを緩め、そしてその場に座り込んだ。

今の小鳥遊は上下の下着が少し見えるように出して、簡単に言うと乱れているが適切だろう。

「これが最後。私と付き合って」

「断ったら?」

「レイプされるって叫ぶ」

「ここに来たやつが信じると思うか」

「信じさせる」

これ以上の押し問答は無意味だろう。こうなった時点で俺の詰みだ。

「分かった、とりあえず服を正してくれ」

俺が降参と両手を上げると満足したのかさっきの逆の手順で服を直していく。

それを見ながら俺はずっと思っていたことをぶつけることにする。

「何で俺なんだ。お前の目的を教えてくれ」

「……」

「さっき、好きな人がいるって言ったがあれは嘘じゃない。俺はその人と付き合っていてその人を裏切ることをしたくない」

空は俺に幸せをくれる。そんな空を俺は悲しませたくない。

「俺はお前とは付き合わない、これは絶対だ」

ブレザーを着ようとしてた手が止まる。

「お前、俺のこと好きじゃないだろ。そんなのは言動と行動を見てれば分かる」

それじゃあなぜ付き合えと脅迫を交えて言ってきたのか。答えは一つだ。

「お前にとって付き合うのは目的じゃない、目的のための手段に過ぎない」

ここまで続けて喋っていた俺はここで一呼吸置く。

「恋人として付き合う気はないが目的になら約束通り付き合う。お前の目的はなんだ」

これが今までのことから導き出した考えだ。

少なくともこの考えは小鳥遊の初めて見せる驚いた表情から合ってることが分かる。だが目的についてはどんなに考えても分かるはずもなく小鳥遊の口から聞き出すしかなかった。

「……。瑠愛、お前でも小鳥遊でもなく瑠愛

、そう呼んで」

「断ったら」

「目的には付き合ってくれるんでしょ」

目的に付き合うと言ったのは失敗だったなと後悔する。この先何かあればこの口上を使われてしまう。

しかし今更取り消すことも出来ないので素直に従っておく。

「分かった。それで瑠愛、目的を教えてくれ」

「時間もあれだし付いてきて」

言われてスマホを見ると、時刻は六時二十分。先生に見つかった時、言い訳するにはギリギリの時間だ。

瑠愛の乱れていた服装は会った時のように戻っていて、俺の方へ歩いてくる。そして持っていた鍵で扉を開けた。

どうやら最初に言っていた恋人関係には成らずに済んだ。これにて一件落着だな。いや目的のことを考えると半件落着ってところか。

来た時には完全に出ていた太陽が、今では半分隠れていた。

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