第2話
「先輩、起きてください」
俺は空の肩を揺すり起こそうとする。
あの後、空は何事も無かったかのように寝た。空が寝るのは特別なことではない。むしろいつも通りである。初めて会ってから今日まで、俺に気づき声をかけた後寝てしまう。
一回だけ聞いたことがある。男の傍で寝るのは無防備ではと。だけど返答は返ってこなかった。その時は付き合う前ということもあり、深くは聞かなかった。少なくとも嫌われていなくて良かったと思ったことを今でも覚えてる。
今聞いてみたらどんな返事が返ってくるのだろう。
俺の中でそんなことは分かりきっているだろ、と言う声がする。だけど聞くことによって安心したいって声もする。
「先輩、起きてますか」
軽く肩を揺すっても起きる気配はない。
「先輩はなんでそんな無防備で寝られるんですか」
「……」
心臓の鼓動だけが響き、当たり前だが空から返事はない。
空がなぜ図書室に来てなぜ寝ているのかを俺は知らない。一年生の時からなのか、はたまた、俺と会ってからなのか。後者だとしたら今まではどうしてたんだろうか。
「まぁ一人で考えていても仕方ないか」
図書室で寝ているのがどんな理由であれ、今の俺の気持ちは変わらない。
「空先輩、俺の隣があなたに取って気が休まる場所なら……、俺は幸せです」
我ながら恥ずかしいセリフだと思う。顔が暑い。今の俺の顔は見なくても赤くなってることが分かる。
「…………(こく)」
横顔の空の顔が小さくだが頷いたように見えた。
「起きてるんですか。起きてるなら目を開けないとイタズラしちゃいますよ」
俺は努めて冷静に声を振り絞る。しかし内心、恥ずかしいから寝てて欲しいと身悶えしていた。
「……」
「よかったのか?」
寝たふりでも寝ていたとしても、ありがたいと思う反面、それはそれで釈然としない。めんどくさいなと我ながら思う。
時計を見ると時刻は五時五十五分を指している。最終下校時刻が六時のことを考えるとそろそろ本気で起こした方がいいだろう。
「せんぱーい、起きてください」
今度は普通の声で、そしてさっきよりも強く肩を揺すり起こしにかかる。
「ん、んー」
空はすぐに目を開けこちらを見てくる。目覚めがいい方で毎回助かってる。
「もう、時間?」
「はい」
「もうちょっとは、ほらあと五分とか」
「無いですよ。ほら帰りますよ」
「えー」
文句を言いつつ顔を起こし、腕を上げて伸びをする。
「うん、じゃあ帰ろっか」
そうして満足したのか上げた手を既に立っていた俺の前に出す。
俺はその手を取り引っ張った。その反動で空は席を立つ。意味の無いこのやり取りも俺は嬉しく感じてしまう。
その後俺を先頭に図書室の外に出る。俺が来てから図書室に人が来たのかは気にしてなかったが、少なくとも俺たちが出る時に人はいなかった。
五月の廊下は夕方ということもあり少し肌寒い。さっきまで暑くなっていた体温が、下がっていくのを感じる。
「ねぇ唯斗くん、これ持ってて貰っていい?」
空は自分のカバンを俺に渡してくる。
「いいですよ」
渡されたカバンを空いている手で受け取る。真面目なこともあり空のカバンは、当たり前だが置き勉している俺のカバンより重かった。
「ちょっと行ってくるね」
空はそう言うとどこかに歩き出してしまう。
どこに行くのだろうと思ったが向かう先にトイレが見え察する。
特にすることも無いため壁によりかかりぼーっとする。その状態でいるとふと視界の端、正確に言うと階段に生徒が見える。
いつもならスルーしていたが、その生徒はこの時間帯に置いては不自然な行動をしていた為つい目で追ってしまう。そしてものの数秒で俺の視界から消えてしまった。
「わっ!」
「っ、……。わーびっくりした(棒)」
そして新しく俺の視界には空の綺麗な顔が映る。
「つまんない」
「すみませんね、俺そういうので驚かないんですよ」
空は頬を膨らませる。綺麗な顔で可愛い反応のギャップさについ顔を逸らしてしまう。
言葉にしないが正直、辞めて欲しい。急に綺麗な顔が近づいてくるので驚きよりも照れの方が勝ってしまう。
キスをするなかとはいえこんなのドキドキするなという方が無理だ。
「ほら行きますよ」
「はーい」
空は右手でバックを要求してきたが、俺はそれを無視して歩き出す。
俺が渡さないことを理解してくれたのか空が口に出すことはなかった。
「ねぇ、何かあった?」
「何も無いですよ。どうかしました?」
「さっき階段の方を見てて、私が近づくの気づいてなかったでしょ。だから何かあったのかなって」
この人は優しいな。なんてことの無いことまで心配してくれる。
空にとって当たり前のことかもしれないが、そんな当たり前がすごく嬉しい。
「何にも……、なかったですよ」
「ならよかった」
その後は他愛もない雑談をしながら階段を降りる。
確かにさっきの生徒は不自然な行動をしていた。だけど理解できない訳でも無い。だから俺が何か考えることではない。そう何も。
「ん」
下駄箱についてすぐ空は右手をもう一度突き出してくる。俺は首を振ったがそれでも空が右手を下げることは無かった。
しょうがないと思い口を開く。
「途中まで持ちますよ」
「いいの、ここまで持ってくれてありがとう」
頑なに右手を下げようとしないので俺は諦めてカバンを渡そうとする。俺の右手と空の右手が近づくと、空の方からカバンごと俺の右手を掴んでくる。
「どうしました?」
「んー、今日はここでいいかな」
そう言った空は手を離し、カバンだけ取って靴に履き替える。
「途中まで一緒に帰りましょう」
俺も扉に手をかけ靴を取り出そうとするが、横から空が首を振りながら開けるのを邪魔してくる。
「どうし」
言葉は途中で遮られる、空の唇によって。
「好き、バイバイ」
重なりあった唇はすぐに離され、そういい残した空は校門の方へと歩き出してしまう。
何か言うべきことも、すぐに追いかけるべきことも頭では分かっていたが、体は驚きと嬉しさのあまりその場に座り込むことしか出来なかった。
「なんだったんだ」
口から出た問いに答える声はなかった。
いつまでそうしていただろう。興奮していた心は落ち着きを取り戻した。
今から急いで走れば空に追いつけるかもしれないが、正直追いついたら追いついたで恥ずかしくて顔もまともに見れないだろう。
俺は普通に歩いて帰ることにしたが、ふと冷静になった頭に一つの疑問が浮かび上がる。
気になり始めたら止まらないもので、解決するべく考えてしまう。しかし考えて答えがでるわけでもないので、仕方なく俺は玄関とは逆方向の階段へと向かう。
階段を上がりながらも考えることは辞めない。疑問とはさっき階段で見た彼女のことである。
彼女はあの時間にも関わらず階段を下るではなく上がっていた。図書室がある階は一番上の四階にあるので、上に行くということはつまり屋上に向かっていた。
この学校の屋上は常時解放されていない。昼休みと放課後、許可を取った生徒が入れる。
あの時は最終下校時刻の五分前なのともう一つの理由から少し気になる程度であったが、今は違う。
もう六時を五分も過ぎているのに、空と玄関に来てからというもの彼女は来ていなかった。
部活をやっていればまた違う場所から出たことも考えられるが、その可能性は無い。
俺は彼女のことを知っていて部活をやっていないことも知っているからだ。
そんなことを考えているといつの間にか屋上のドアの前に着く。
「これ、いたらいたで地獄じゃね。何話せばいいか分からないし」
彼女とは知っているってだけで深く話す仲でもない。
気になりはするけど所詮関わりがない他人のことなんてすぐに忘れられる。
「他人。……他人か」
帰ろうとも思ったが、ここまで来たこともあり扉に手をかける。そして音のならないよう少し動かして、扉が開いていることを確認する。
「……やっぱ開いてるよな」
こうなったら背に腹はかえられないと思い、意を決して扉を開けた。
開けた先に見えたのは沈みかけの夕日で赤みがかった屋上。そしてその屋上のフェンスに寄りかかり校庭を見ている彼女、小鳥遊瑠愛の姿だった。肩の辺りまである金色の髪が夕陽で照らされている。
小鳥遊はすぐ俺に気づき、こちらを向く。小鳥遊の赤い目に俺の目が合うと俺に何かを投げてきた。
俺は投げられたものを片手で器用にキャッチする。
「閉めてくれる」
飛んできたのはどうやら屋上の鍵のようだ。
俺は言われた通り、その鍵で屋上の扉を閉める。
「鍵、投げて」
小鳥遊は閉めたのを見ると鍵を要求する。
俺は五メートルぐらい先で立っている小鳥遊にこれまた言われた通り鍵を投げる。
小鳥遊は撮る素振りを見せず、屋上に鍵の落ちた音がした。
「それで、鍵閉めて何する気なんだ」
「分かんない?」
小鳥遊は煽るように問いかける。
夕方の屋上に男と女が一人、ここだけを切り取って見れば予想は難しくない。けれど今回は違う。
「さっぱりだ、検討もつかん」
俺は首を振り分からないことをアピールする。
「正解は」
そこで言葉を止める。そしてさっきまで意図的に纏っていたであろう、掴めそうで掴めない雰囲気、それが変わっていく感じがした。
「私と付き合いなさい」
小鳥遊は強気で強欲に上から目線でそう告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます