前に歩く君に憧れて

@amiris

第1話

……。

「好きです」

「私も」




キーンコーンカーンコーン

高校入学後、初めてのゴールデンウィークが終わり、普段通りの学校生活が戻ってきた。

長い休み明け特有の憂鬱さが、六限の授業を終えるチャイムと共に吹き飛ぶ。

「気をつけ、礼」

俺を含めクラスの半分以上が適当な挨拶を済まし、各自帰る準備をする。朝、担任に言われたが、この後はホームルームもなく自由解散となっている。

「なぁ、叶翔かなと、今日も図書室に行くのか?」

バックに教科書などを閉まっていると後ろから声をかけられる。

「あぁ」

声をかけてきたのは俺の後ろの席の飯島唯斗いいじまゆいと。このクラスになってまだ一ヶ月だが、人当たりがよく、顔が整っているため自然とクラスの中心人物になっていた。席が近くなければあまり話さなかっただろう。

「いくら図書室が好きだからって、たまには一緒に帰ろうぜ」

「俺と帰んなくても他のやつがいるだろ。それに図書室が好きだから行ってるわけじゃない」

「はいはい、知ってるよ。男の見苦しい嫉妬だよ」

そう言ってカバンを肩にかけ、席を立つ。

「じゃあな。幸せになった分爆発してくれ」

「うるせぇ」

唯斗はそのまま教室の後ろで集まっていた、男のグループの方へ歩いていった。

「俺も行くか」

俺はカバンを手に持ち唯斗とは逆の前から教室を出る。慣れ親しんだ廊下を歩き図書室へと向かう。

高校に入れば変わることが多いのではと不安だったがいざ蓋を開けてみればそこまで変わらなかった。勉強は生まれ持った力のせいなのか特に難しいとは思わず、友達関係も誰とでも話すが、誰にも深く関わらない、中学の時と何も変わっていない。

他にもあるが変わらないものを探していてはきりがない。結局環境が変わったところで人はそう簡単に変わらないのだ。

そうこうしているうちに、目的の図書室に着く。

「……」

無言で扉を開け、中に入っていく。放課後になったばかりということもあり中には人が少ない。

いつもと同じく入口から一番遠い机に足を運ぶ。二週間も同じ場所に通えばそこはもう自分の中で定位置になっている。

俺は本を読むのが好きで中でもライトノベルと謂われる分類をよく読む。じゃあここに本を読むために来たのか、と言われればその問いにはノーと答える。本を読むためであれば図書室より家の方が集中出来る。じゃあなぜ来たのか。その問いにはこう答える。変わっていないなかにも大きく変わったことがあるからだ、と。

「こんにちは、空先輩」

定位置に付き、カバンを置きながら向かいの席で本を読んでいる天海空に声をかける。

「……」

いつも通り返事はない。彼女は本を読んでいると本に入ってしまうタイプの人間である。物語が一段落するまで戻ってこない。肩を揺らすなりして身体に触れば戻すことも可能だが、急な要件でもない限りわざわざそんなことはしない。

俺も本を読もうとしたがどうも今日はそういう気分ではないみたいだ。原因は分かっている。

向かいに座る空を見つめる。腰の辺りまである綺麗な黒髪、吸い込まれそうな黒い瞳、そして誰もが綺麗だと認める整った顔立ち。こうして本を読んでいる姿だけでとても絵になる。

「あぁ、好きだな」

ふと思っていたことが口から出てしまう。その独り言は空に聞こえるはずもなくどこかに消え去ってしまった。

そうして何分がたっただろう。空は本に栞を挟み閉じる。そして閉じた瞬間俺と目が合い嬉しそうな顔をする。

「叶翔くん。……ごめんね、全然気が付かなかった」

両手を合わせ、穏やかな小さい声で言う。

「いつものことですし気にしてないですよ」

「ありがとう」

吸い込まれそうな瞳で真っ直ぐ俺の目を見て微笑んでくる。

その後空は机に両腕を置き、顔を伏せようとする。

「空先輩」

空はどうしたの?と顔を上げる。俺はそこで一呼吸置いた。

この思いは日に日に強くなり、止まらない。会えば会うほどどうしようもなくなってしまう。

「好きです」

「私も」

口から出た四文字の言葉に空はすぐに返してくれた。一週間前に告白した時と同じ反応。

こんな短く、当たり前のやり取りがとてつもなく幸せで、嬉しい。

俺は自分のカバンを持って、いつもの定位置から空の隣の席へと移る。そしてカバンを机にこれからやることを隠すように置く。空は察してくれたのか両腕に顔を乗せながらも目を瞑り俺の方へ向いてくれる。

「空先輩、好きです」

さっきの言葉をもう一度口に出す。そしてその流れで、空の唇にキスをした。


俺、橘唯斗たちばなゆいと天海空あまみそらは付き合っている。

これは俺と彼女の物語だ。

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