第36話  逃げる者

 私の言葉に立ちすくむエドワードを見て、私は視線を落とす。



 何も言わないエドワードに、もうこれ以上話すことはないと踵を返す。


 私の事を見ていたらしい副所長と目が合うと、副所長はよくやったと言うかのように優しく微笑んだ。



 副所長の下に行こうとすると、

 


バチッ



と不自然な魔力を感知する。

 


 私と副所長は同時に魔力の源の方に振り向くと、そこには群衆に紛れた帽子を被った男がいた。


 怪しい男に眼を細める。


 不自然な魔力の流れに、副所長が違法魔法道具の流通が多くて、取り締まりに時間がかかっているという事を思い出す。



 隠れる様に私達を見ている男に、「持っている物を出しなさい」と言うと男は「やべっ」と言って走り出した。


 目が合ったにも関わらず、人にぶつかりながら逃げようとする男に、「逃がさない」と呟くと私は拘束魔法を発動する。



 男の周りに現れた鎖により、男の身体が拘束される。動きを封じられた男は勢いよく、地面に倒れる。



 「キャー」と悲鳴が上がる中、男に近づくと男は「クゥッ」と唸る。



「なぜ逃げるのですか」     


「何もしていないのに、追いかけられたら逃げたくもなりますよ」


  

 そう言って、笑う男は身を捩らせ尚も逃げようとする。



「カバンの中身を見せろ」



 私の隣にやって来た副所長が言うと、男は目を震わせる。拘束されて身動きが出来ない男に代わって、私はカバンを開ける。


 カバンから取り出した物を見て、副所長は「……粗悪な物を使っているんだな」と言った。



「これは違法改造された魔法道具ですよね?どうして、貴方がこれを持っているのですか」



 「捜査員として見過ごす事は出来ません」と私が言うと、男は笑みを深め笑い出した。



「そういえば、あんたが魔塔に所属しているのを忘れていたよ。エドワード・クラークの婚約者、シャーロット・アマンさん」



 男が私の名前を知っている事に驚いていると、後ろから「お前は……」と言うエドワードの声が聞こえてくる。



 エドワードを見ると、驚いた顔で男の顔を見ている。


 知り合いの様な反応を見せるエドワードに不思議に思う。



「貴方とエドワードの関係は何ですか」


「関係か……」



 男はしばらく考えると口を開く。

 


「こう言った方が早いな。エドワード・クラークに、あんたが男といると教えたのは俺だ」


「どうして、そんな事を」


「どうしてって、記事を書くためだ、ゴシップ誌を騒がした男とその婚約者。そして、その婚約者の隣には美しい男……三人が言い争う姿を撮って、記事を書けば良い話題になるだろ」



 吐き捨てるように言う男に、副所長が男にだけ聞こえる様に話すと、男は顔を青ざめさせる。



 副所長は何を言っているのかしら。涼しい顔をしている副所長と、顔を青ざめさせる男の姿は対照的で、副所長が脅しているように見える、



 口をパクパクさせて何かを言おうとする男に、「命が惜しければ黙っていろ」と言った。


 男が身体を震わせる姿に、「何を言ったんですか」と副所長に聞くと、副所長は誤魔化す様に笑った。


 副所長は何を言ったのか、教えてくれるつもりはないらしい。



 私は副所長にため息をついて、震える男を見下ろす。



「貴方の言い分は分かりました。でも、残念ですね。この魔法道具は没収されて、貴方は治安隊に連れて行かれるんですから」



 私の言葉に、男は人形の様に何度も頷いた。

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