13 対ミノタウロス戦
私、カシュナンシュと、アスベル・クロークはクライスラー連邦国の辺境で生まれ育った。
家が近いということもあり、昔からの幼馴染というか、腐れ縁の関係が続いている。
クローク家は、クライスラー国が王政だった頃は貴族だった。
といっても、この国の貴族制は私たちが生まれる遥か昔に終わっている。
現在は階級に関係なく選挙で選ばれた政治家が、市民議会を構成し、国の最高意思決定機関になっている。
貴族なんてのは、昔の遺物だ。
それでも血というものは価値があり、クローク家は辺境でそれなりの名士として扱われた。
少なくとも、そういう風に考えている人は、王政が終わった時代になって多い。
もっとも、クローク家はアスベルの祖父の代に下手な儲け話に騙されてしまい、それまで持っていた資産を売り払い、借金を作ってしまう。
この時点で、クローク家は没落した。
そしてアスベルの父親は名士の出ということで、プライドだけは高いものの、人間としてはクズだった。
結婚して奥さんとの間に子供ができているのに、それ以外にも手当たり次第に女に手を出し、妊娠させている。
当人はプレーボーイ気取りだったのだろう。
しかし、奥さん以外の女性が妊娠したと知れば、途端に関係を切り捨てて、知らぬ存ぜぬを貫く。
アスベルは、そんな正妻以外との間に生まれた子供だった。
いつものアスベルの父ならば、妊娠させた女のことなど知らないと言い張っただろう。
当然、子供の養育にも手を貸さない。
ところが、妊娠させた女性側の家が、クローク家には問題になったようで、アスベルはクローク家の子供として育てられることになる。
アスベルの父親としては、面倒な女に手を出してしまったと後悔したのだろう。
だから、不満のはけ口がアスベルへと向かう。
アスベルは、昔から家の中での扱いが酷かった。
小さい頃から、ボロボロの格好をして、家の外でメソメソ泣いていることが多かった。
ある雨の日に、傘もささずにずぶ濡れ、うな垂れていたことがある。
「ねえ、どうして傘もささずに泣いてるの?」
「ううっ、父さんがお前は家にいるなって言うから……だから。ウワーン」
「ちょ、ちょっとどうしたの、どこか痛いの?」
「ワーンッ」
幼いアスベルの姿に見かねて、私は同情したのだと思う。
私はこの日の出会いから、いつも泣いているアスベルに、何くれとなく優しく接していった。
あの頃のアスベルは、いつもビクビクしていて、小動物みたいな子だった。
自分よりも大きな動物に襲われないかと、常に怯えていた。
この子のために、
でも、最初は小動物みたいに弱い子だったのに、成長していくにつれて太々しく、逞しく育っていってしまった。
10歳の頃、アスベルが右頬を赤く腫らしていたことがあったので、私は心配した。
「アスベル、大丈夫。こんなに頬が晴れて」
「クソ親父に殴られただけだ。痛くなんかない」
「ダメよ。冷やすからジッとしてなさい」
「いいって……グッ」
アスベルは何でもないって言うけど、濡らしたハンカチを頬に当てると、痛そうに顔をしかめる。
「ほら、やっぱり痛いんじゃない!」
「カシュー、俺に構わないでくれ」
「キャッ」
なのに、アスベルはその場から去って行こうとする。
ちなみにカシューとは、私の愛称だ。
「カシュー、俺はこの家をとっとと出て、フリーランサーになる」
そして去り際、アスベルはそんなことを言った。
フリーランサー。
それは
この世界には
小型のものあれば、人間の子供の背丈くらいしかないゴブリンがいる。
逆に大型になれば、それこそ10メートルを超える、巨大な化け物がいる。
フリーランサーは戦う相手が人間でないものの、戦場で戦う傭兵と似たような職業。
戦うのだから、当然町で普通に暮らすより、遥かに命を落としやすい。
「ちょっとアスベル。フリーランサーって、そんな危険な仕事はダメよ。
アスベル、聞いてるの!」
去り際のアスベルを止めようと私は必死になったけど、結局私の言う事を聞いてくれなかった。
「はあっ、あいつのことを放っておけなくて、結局私までフリーランサーになっちゃったけどね……」
今の私とアスベルは、18歳。
私の方が、数か月だけ年上だ。
アスベルは10歳の頃の目的をかなえて、家を飛び出し、晴れて人型戦車に乗って戦うフリーランサーになってしまった。
そして私もアスベルを見捨てられず、フリーランサーという危険な仕事の仲間入りを果たしてしまう。
今回私たちは、フリーランサーの依頼を受けて、辺境の村の周辺に出没したミノタウロスを討伐する為にやってきた。
討伐するミノタウロスの数は2体。
人型戦車のコックピットに乗り、相棒のアスベルの声が無線から聞こえてくる。
『カシュー、ミノタウロスだ。気を付けろ』
「OK、右側を先制するわ」
『任せる』
森の傍で、目的のミノタウロスを発見。
依頼にあった通り、数も2体いる。
私がライフルの狙いを定め、右側のミノタウロスの頭を攻撃する。
「やった」
私が撃ったライフルが命中して、ミノタウロスが地面に倒れる。
とはいえ、頭にクリーンヒットして倒れても、ライフル1発で即死するほど、ミノタウロスは軟じゃない。
脳を揺さぶられて、一時的に気絶した程度だろう。
万全を期すなら、さらにライフル弾を連続で撃ち込むべきだけど、弾薬が高いので、簡単に連発できない。
よほど切羽詰まった時でなければ、ライフルの連射はなしだ。
命とお金を天秤にかけて戦わないといけないなんて、フリーランサーって、本当にろくな仕事じゃない。
『ミサイルだ』
「へっ!?」
先制してミノタウロスを1体気絶させたことで、油断した。
もう1体のミノタウロスが、胸部ミサイルを撃ってきた。
アスベルに指摘されなかったら、気づくのがもっと遅れていたかもしれない。
「いやーっ」
私は泣きながら、機体をジャンプさせてなんとかミサイルを避ける。
「ハ、ハアハアッ。私、生きてるわよね?」
本当にフリーランサーなんて、ろくな仕事じゃない。
常に命が掛っていて、生きている気がしない。
ミノタウロスの生体ミサイルは、爆薬を積んでいないものの、内部にある強酸の液を浴びれば、人型戦車の装甲とて無事では済まない。
最悪、コックピット内の私まで溶ける危険がある。
私は自分のことで精いっぱいだけど、アスベルが操る人型戦車は、ミノタウロスとの距離を詰めていた。
アスベルの人型戦車にも生体ミサイルが向かっていたけど、それをどう処理したのかは見ていない。
アスベルは生体ミサイルを無力化し、そのままミノタウロスに接近する。
そして近距離で放たれたミノタウロスのアームパンチを、簡単に避ける。
近距離であんなに器用に戦うのは、私には無理だ。
もしもコックピット部分に直撃すれば、操縦室ごとペチャンコに潰されてしまう。
「アスベルって、命知らずよね」
つい口からこぼれた声だけど、通信から返事は帰ってこない。
そのままアスベルは、超高硬度刀でミノタウロスの体を横に切り捨てた。
ミノタウロスの体が上下に分断され、崩れ落ちていく。
ミノタウロスの固い体をいとも簡単に切り捨てたけれど、こんな芸当をできる人間は滅多にいない。
人型戦車の人工筋肉が出せる力には限界があり、力任せに剣を振るえば、人工筋肉の方が負荷に負けて断裂し、動かなくなってしまう。
超高硬度刀の切れ味にしても、本来はミノタウロスの外皮を切るのがせいぜいで、体を真っ二つに出来る鋭さはない。
最小限の力で、効率よくミノタウロスを切れるのは、アスベルの技量があるからだ。
とはいえ、腐れ縁の幼馴染がいくら神業的な強さを見せても、見ているこっちは常にハラハラさせられる。
アスベルの戦い方を見ていると、私まで生きた心地がしない。
この後、アスベルは私が気絶させたミノタウロスにも止めを刺した。
『カシュー、お疲れ』
「ええ、お疲れ様」
戦いが終わった後、アスベルは冷静な声をしていた。
命のやり取りした戦いの高揚感なんて、まるでゼロ。
一方の私は、冷静でいられない。
いまだに、心臓がバクバクと音をたて続けている。
でも、昔は泣いてばかりだった幼馴染に弱みなんて見せられるわけがなく、私も精々太々しい声で返した。
それから私たちは、人型戦車の手と手を叩き合って、ハイタッチした。
これで、依頼にあったミノタウロスを討伐した。
でも、フリーランサーとしては、やるべき仕事がまだある。
むしろ私たちの収入源としては、ここからの作業の方が大事。
「それじゃあアスベル。ミノタウロスの解体をしてちょうだい」
『分かってるよ』
倒したミノタウロスだけど、その体からは導力石を始めとして、様々な素材を手に入れることができる。
導力石は、貴重なエネルギー源になる。
頑丈な外皮は、加工する必要があるものの、兵器の装甲に転用することができるし、あるいは建材の一部としても使える。
筋肉部分に至っては、うまく加工すれば人型戦車に使用している人工筋肉へ、生まれ変わらせることができる。
私たちは加工までしないけど、これらの価値ある部位を売り捌けば、依頼で得られる以上の金額を稼げる。
アスベルが解体用の小型ナイフ――人型戦車から見た小型ナイフなので、成人男性並にでかい――を使って、ミノタウロスの体を丁寧に解体していく。
ゴブリンなんかの小型の
この時の解体の仕方で、素材の善し悪しが分かれ、売値が大きく変わるので、これはある意味戦闘より重要な作業になる。
フリーランサーとしては、駆け出しに過ぎない私たちにとっては、解体で得られる素材は、大事な金策だ。
アスベルが解体をする間、私はライフルを構えて周囲の警戒をする。
村からの依頼はミノタウロス2体だったけど、実はそれ以外の個体もいたとになれば、奇襲を受けかねない。
警戒は、常に必要だ。
ただ、警戒はしつつも、この間暇になるのも事実。
「ねえ、アスベル……」
だから私は、無線を使ってアスベルに話しかける。
楽しいおしゃべりをと行きたいところだけど、アスベルは「ああ」とか、「そうだな」なんて、最低限の言葉しか返してこない。
私1人が話しているようで、話し相手としては凄くつまらない奴だ。
「はあ、私たちのパーティーに、もっと人が増えてくれないかな。
そうすれば、こんなムッツリ男相手に話しかけずに済むのに」
『誰がムッツリだ』
私の声はちゃんと聞こえていたようで、アスベルが文句を言ってきた。
「もちろん、あなたの事よ。ア・ス・ベ・ル」
『……』
強調して言ってやれば、奴はだんまりを決めた。
『……あー、あー、マイクのテスト、テスト中
夫婦喧嘩のところ申し訳ないですが、聞こえてますかー?
聞こえていたら返事をしてください。
もしもーし?』
そんな中、突然無線から、知らない第三者の声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます