11 世界を満たしている魔力……ではなく、導力
思考多脚戦車のシンクとロボットたちだが、こいつらは全員電力で稼働している。
当然、動き続ければ電力を消費し、いずれは動くことができなくなる。
だが、心配召されるな。
この世界には”導力”と呼ばれる力が満ち溢れていて、それを変換することで電力を取り出すことができるのだ。
ファンタジー風に表現すると、導力は魔力みたいなものだ。
そしてファンタジーの定番である、魔物の体内には魔石が存在している。
ただしこの世界では、魔石でなく”導力石”と呼ばれている点に注意だ。
この導力石だが、内部に特定の術式回路を刻んでやることで、”導力道具”として利用することができる。
料理長が料理をする際に火を起こしたが、あの時使ったのは、俺が用意した簡易ライターの導力道具を使用したから。
作り方は簡単で、倒したゴブリンの体内から取り出した導力石(取り出したのは料理長ロボ。俺にグロはできない)を、手で摘まんで内部に術式回路を刻む。
あとは手持ちの資材をちょっと追加してやれば、ボタンを押すだけで火種が出るライターの完成だ。
導力石内に貯蓄されている導力が尽きるまで、火は何度でも起こせる。
まさに、ライターだ。
これ以外にも、空中にある水蒸気を集めて、水を作り出す道具も作れる。
通称無限水源と呼ばれる導力道具で、術式を刻んだ導力石を特殊加工した水筒に入れておけば、1日に500ミリから1リットルの真水を得ることができる。
原理が周辺の水蒸気を集めている関係上、水蒸気の乏しい砂漠などでは効率が落ちるが、導力石の導力が続く限り、飲料可能な水を得ることができる便利道具だ。
これも、入手したゴブリンの導力石から作っておいた。
なお、術式回路を刻むには、専用の設備が必要になるが、黒のハイエルフは黄金の魔眼が作り出した人工生命体で、人間や通常の生物とは異なる器官を体内に有している。
その器官を使えば、指で摘まみながら、導力石内に術式を刻むことができる。
「兄さんは相変わらず変態です」
「変態言うな!」
「こんなに簡単に術式を刻むなんて、兄さんだけですよ」
術式を刻む作業だが、俺はかなり簡単にできる。
天空大地にいた頃に、たまにやってくるドラゴンの導力石に、術式回路を刻んでいたことがある。
だが、ミーシャは俺みたいにできないらしい。
死んだ両親や爺さんも、俺が導力石に簡単に術式を刻むのを見て、いつも不思議そうな顔をしていた。
「ヴァンフィールド、お前さんは器用すぎるのぅ」
なんて、爺さんには呆れられたこともある。
どうも俺は、黒のハイエルフの中でも、術式を刻むのが特にうまいらしい。
比較できる対象が俺を含めて5人しかいない上、その内の3名が既に亡くなっているので、俺だけ異様に得意なのかは不明だ。
それはともかく、導力石を使えば、様々な便利道具が作れる。
そして導力は電気にも変換可能で、導力石からシンクやロボたちの稼働に必要な電力を取り出すことができる。
が、そんな方法を用いなくても、シンクとロボには常時電力が供給されている。
最初にも言ったが、この世界は導力によって満ちている。
正確には、照射されている。
まず、導力というエネルギーの正体について話していくことにしよう。
導力とは、そもそも黄金の魔眼の前世で用いられていたエネルギーの一つで、光より早く移動し、惑星内の空気や物質の抵抗を、ほぼ無視して直進する性質を持っている。
あまりにも物体の抵抗を受けないために、惑星の地殻内部も、ある程度通過可能ときている。
通常、電気やマイクロ波を無線照射した場合、送信側と受信側の間にある物体が加熱される危険がある。
大エネルギーの送信なんてすれば、大気は燃えるように熱くなり、海の水は沸騰し、地上の人や動物は焼死する羽目になるだろう。
だが、導力は恐ろしく抵抗の影響を受けないエネルギーなので、送受信間の間に物体が存在しても、加熱される危険がない。
導力は、大エネルギーを無線で送受信する際、非常に優れた適性を持っているわけだ。
そんな夢のようなエネルギーだが、なんでも恒星間宇宙船のレーダーや通信に用いられているそうで、光年単位で離れている相手にも、即時通信可能な代物らしい。
ちょっと何言ってるんだと言いたくなるが、導力をこの世界にもたらした黄金の魔眼の前世が、実は太陽系外に進出して、恒星間文明を築き上げていたようだ。
ようだ、としか言えないのは、黄金の魔眼が遺した資料や日記などから、俺が推測した結果だからだ。
黄金の魔眼の前世は、それだけ進みまくっていた世界で、彼はその知識を使って1万年以上前に、この世界の多くを改革したことになる。
そんなの相手に、
「現代地球の知識でチートしてやるぜ」
と吠えたところで、古代人扱いされて笑われるだけだ。
さて、導力の話に戻ろう。
導力というエネルギーだが、実は地上にある巨大な導力塔と呼ばれる施設で生産されている。
導力塔はこの世界に3基存在する超巨大な塔で、宇宙空間にまで届くデカさをしている。
導力塔では、大型核融合炉数十基が稼働し、そこで生産されたエネルギーが導力へ変換されている。
ただし、導力塔から直接無線照射したのでは、惑星全体に満遍なく導力を送信することができない。
そこで黄金の魔眼は、導力中継用の人工衛星を衛星軌道上に大量に展開し、人工衛星のネットワークを中継させることで、地表全体に満遍なく導力が照射される体制を1万年以上前に完成させた。
このシステムは現在も問題なく稼働中で、衛星軌道上にある人工衛星が故障しても、新しい衛星が打ち上げられていると考えられる。
俺たちの住んでいた天空大地でさえ老朽化に勝てなかったのだから、このシステムは現在進行形で正しいメンテナンスと、設備の更新が行われているはずだ。
現場を直接見たことがないので、はずとしか言えない。
とはいえ、このようなわけで、この世界は常に導力エネルギーが供給されている。
そしてこれほどのシステムを構築して、導力を供給している目的だが、無線でエネルギーを簡単に得られるようにするためだ。
導力は電気に変換できるので、この仕組みを使えば、スマホを始めとした数多くの家電製品を、コンセントに差す必要がなくなる。
製品内に、導力の受信機と電気への変換機構を取り付けておけば、惑星上のどこにいても、家電製品が稼働するようになる。
さらには、電力を発電所から送電する際の電線網が不要になり、変電所だって必要なくなる。
早い話が、非常に便利な生活ができるようにするために、黄金の魔眼は導力の無線伝達ネットワークを構築したわけだ。
天空大地にいた頃に得た、黄金の魔眼の
こんな便利なシステムを、もちろん俺が使わないでおくわけがない。
シンクやロボたちの内部にも、導力の受信機と電力への変換機構を搭載しているので、導力が照射され続けている限り、こいつらがエネルギーで困ることはない。
ただし、完全に困らないとは言えない。
導力自体は大量の大型核融合炉で作られているが、惑星全体に照射されているため、1か所でエネルギーの全てを受け取ることはできない。
例えとして、1億というエネルギーを生産しても、それを1億という広さに平等に照射しているので、一か所で受け取れるエネルギーの上限は一億÷一億で、1となってしまう。
間違っても、1億をそのまま得ることはできない。
そのため、受信機で受け取れるエネルギー量には、制限がかかってしまう。
天空大地の場合、照射されている導力だけではエネルギーを賄えないので、自前でのエネルギー生産手段として、エネルギー転換炉が設置されていた。
シンクたちも全力稼働状態になれば、受信機で受け取れるエネルギーだけでは、賄うことができなくなる。
この場合の対策として、内部にある電力バッテリーからエネルギーを消費していくようにしているが、バッテリーが尽きれば、シンクたちは完全に動くことができなくなる。
とはいえ、全力稼働状態を常にすることは、よほどの事態が起きない限りないので、シンクたがエネルギー不足で動けなくなる事態は、早々起こらない。
それにエネルギーの消費より供給量が多い時には、導力を電気に変換した上で、内部バッテリーに貯蓄している。
現在森の中を移動している俺たちだが、夜間の休憩中には移動する必要がない。
複数いるロボとシンクの中から数体が警戒に付くが、それ以外は待機状態となって停止している。
この状態ではエネルギー消費がほぼなく、天空から照射されている導力を電気に変えて、内部バッテリーの充電に当てている。
なお、万能に思える導力エネルギーだが、欠点も存在する。
このエネルギーは電気に比べて、空間辺りに貯蓄できるエネルギー量が低いという欠点がある。
バッテリーであれば、1000の空間に1000のエネルギーを蓄えられるが、導力だと1000の空間に1しか溜めておくことができない。
電力で言うところの蓄電性能が、非常に乏しいわけだ。
そのようなわけで、シンクとロボは導力エネルギーで稼働するのでなく、電力稼働を採用している。
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