9 ゴブリンで実験

 ファンタジー系の異世界転生物の場合、ザコモンスターと遭遇して戦うのはお約束。

 特に初めての戦闘となれば、さっさと逃げるか、はたまた戦闘するか、あるいは第三の選択肢をとるかは、物語によって分かれるところ。


 なお、俺とミーシャの場合、初戦の相手はドラゴンである。


 多分、メチャクチャ強いドラゴンだったと思う。

 まだ天空大地にいた頃に遭遇したけど、高度1000メートル以上での遭遇だ。

 あの高さを飛べるドラゴンならば、間違いなく強い。


 まあ、天空ロボのレーザーで、一瞬で弾け飛んで消え去ったけど。


 天空ロボがチートすぎるな。


 ちなみに天空ロボには俺の自作でなく、黄金の魔眼の遺作だ。

 ヤバイ魔王様が遺したロボだけあって、ドラゴンなんて目じゃなかった。


 ただし、天空大地を襲いにきた歴代のドラゴンの中には、天空ロボのレーザーを拡散させて、ほぼ無力化してくるトンデモドラゴンもいた。





 ところで、森の中を移動している俺たちだが、ゴブリンに遭遇した。


『剣と魔法でゴブリンとバトルだー!』


 なんて展開には、もちろんならない。


 俺たちの周囲を警戒していたシュワルツ型戦闘ロボがあっさりと鹵獲し、生きたまま俺たちの前に連れてくる。


「ギャー、グギャーギャギャギャー」


 1メートルくらいの背丈だが、巨漢のシュワルツロボに片手で掴まれ、ゴブリンの足は地面から浮かんでいる。

 それでも手足をジタバタさせ、暴れまわるゴブリン。

 だが、ゴブリンの非力な力では、シュワルツロボの握力から逃げ出すことはできない。


「醜い、死ね」


 そして、さくっとゴブリンを始末してしまうミーシャ。

 手にするレーザー拳銃ハンドガンで、ゴブリンの頭を米神から撃ち抜いてしまう。


「ま、待て、ちょっと実験を……」


 俺はゴブリンでやってみたいことがあったのに、そんなのお構いなし。


 米神を撃ち抜かれたゴブリンの体は、力なくプラーンと垂れ、まったく動かなくなってしまう。


 そして頭から、血とそれ以外の見てはダメな物が流れ出してくる……


「ヴ、オエエッ」


「兄さん、いきなり吐かないでください。

 私にゲロがかかったらどうするんですか!」


「ウゲエエーッ」


 ミーシャに文句を言われるが、まともに聞いてる余裕がない。



「ケダモノの死体で吐くなんて、兄さんはメンタルが弱すぎます」


「仕方ないだろ。俺はお前と違って、前世も今世も平和で、至って平凡な生活しかしてないんだよ。

 生き物の死体を見るとか、無理」


 俺は前世が日本人なので、当然牛や豚の肉を食べたことなんていくらでもある。

 でも、死体を見るのは、全く別の話だ。

 生き物が血を流している姿なんて、とても直視できない。


 こんなものをいきなり見せられて、冷静でいられるメンタルを持っていない。


 ところがミーシャに関しては、前世が特務の軍人で、間接的にだが飛行戦艦まで沈めている凶悪殺人鬼だ。

 ゴブリンどころか、人間1人2人殺しても、平然としてそうで怖い。


 それ以上殺せば、

「素晴らしい、最高のショーだと思わんかね」

 なんて言い出しかねない。


「まったく、こんなのが私の兄とか、心底呆れてしまいます」


 またしても、妹に見下されてしまった。



 でも、無理なものは無理だ。

 俺はミーシャみたいな、殺人OKの世界で生きたくない。




 と、話は逸れたが、その後ゴブリン3体を改めて鹵獲した。


「グギャギャーッ!」


 相変わらずゴブリンたちは醜い顔に醜い声を上げているが、シュワルツロボの拘束から逃げ出すことは不可能。

 こいつらの力で、戦闘ロボのパワーに抗うことなどできるはずがない。


 さすが俺の作ったシュワルツ型戦闘ロボだ。

 シンクの次に、お前たちのことを愛しているぞ。


 ロボットに告白したら、ミーシャに汚物を見るような目で見られるから、口に出しては言わないけど。



「それで兄さんは、この汚物で何をするつもりですか?」


 さて、鹵獲したゴブリンたちを前に、ミーシャが聞いてくる。


「それは……」


「早くやることをやってください。

 醜いものを見ているとおぞ気が走るので、始末したくなります」


 俺が答えるより早く、ハンドガンの銃口をゴブリンに向けるミーシャ。


「ストップ、俺の実験が終わってからだ。

 あと、るのは俺が見てない時にしてくれ」


「チッ、軟弱者が」


「……」


 もういいよ。

 お前にこき下ろされてばかりなのも、慣れてきた。


 実際、ミーシャに比べれば俺のメンタルなんて、ただの豆腐だよ。


 チクショウ!



 よし、心を入れ替えて、実験をしよう。


 俺は深呼吸してから、ゴブリンの一体に指を向ける。


《ボイスコマンド、ストップ》


 俺は命令した。

 ただし、普段喋っている言葉とは違う、”機械言語”と呼ばれる言葉を用いて、ゴブリンに命令を出す。


「……」


 その瞬間、ゴブリンの体がビクンと痙攣したかと思えば、硬直して動かなくなる。

 ジタバタ動かしていた手足の動きも、完全に止まる。

 片腕は上に向けられ、足も不自然な形のまま動くことを止める。


 この状態から、手足がダラリと垂れたりしない。


「ふむふむ、ちゃんと生体兵器としての機能を失ってないな」


 俺がやったことは、異世界ファンタジー定番の魔法ではない。


 ゴブリンとは魔物モンスターだ。

 元々この世界には野生動物は存在しても、魔物と呼ばれる存在はいなかった。

 魔物を人工的に生み出したのは、黄金の魔眼だ。


 彼は世界征服を実行するための生体兵器として、魔物を作り出した。


 兵器である以上、それを統率している者、支配者に対しては、命令を従順に聞く道具でなければならない。


 魔物とは、黄金の魔眼に対して、絶対服従する生物として作られている。


 そして黄金の魔眼の肉体として黒のハイエルフが作られたため、魔物たちは黒のハイエルフからの命令にも従順に従う。


 黄金の魔眼の命令が最上位に位置すれば、次席に来るのが黒のハイエルフの命令だ。


 なので、黒のハイエルフである俺の命令を聞いて、ゴブリンは動くことをやめた。



《ボイスコマンド、ストップ》


 それから俺は、残り2体のゴブリンにも同様の命令を出し、ちゃんと言われた通りに動くかを確認していく。


 結果は3体とも俺の命令を聞いて、動きを止める。


「全員言うことを聞いたか。

 過去に天空大地を襲ってきたドラゴンにも試したけど、あいつらの場合命令を聞く奴と聞かない奴がいたからなぁ」



 今回行った実験で、このゴブリンたちは、俺の命令に従うことが分かった。


 でも、こいつらも生体兵器として一万年以上経っている代物だ。

 ゴブリン自体は、一万年も生きられるように設計されていないので、どこかの生産工場で作られて生まれた個体だろう。

 と言っても、生産設備自体も一万年経過しているので、いろいろとバグを含んでそうで怖い。


 過去に実験したドラゴンの場合、バグのせいで黒のハイエルフの命令を聞かない個体が生まれてしまっている。



《ボイスコマンド、右向け右》


《ボイスコマンド、一歩前進》


《ボイスコマンド、一歩後退》


 それから俺は、ゴブリンにいろいろな命令を出し、ゴブリンは命令通りに動いてくれた。


 ただし、面倒なことも分かる。


「こいつら、俺が指さしてないと命令を聞かないのか」


 指さししながら命令できるのは1体まで。

 左右の指で2体同時に言うこと聞かせようとしても、不可能だと分かった。


 もしゴブリンが集団で出て来たら、そいつら全員に命令する前に、襲われるよな。


 ゴブリンと戦闘するつもりなんてコレッポッチもないし、ゴブリンをテイムする気もない。

 だが、集団に対して一度に命令できないのでは、群体の兵器としては失敗作の様な気がする。



《ボイスコマンド、街への道案内》


「ギャアッ?」


 そしてゴブリンは、複雑な命令は理解できないよう。

 その場で変な声だけ出して、意味不明な顔をする。



「兄さん、いい加減玩具で遊ぶのはやめてください。

 こんなところにいつまでもいたら、餓死しますよ」


「それもそうだな」


 もっと試してみたいことはあるが、ミーシャの言う通り、今の俺たちは水と食料を確保できる手段を持っていない。

 森の中で絶賛迷子中の、黒のハイエルフだ。


 実験はここまでにしよう。


「……」


「玩具の片付けくらい、自分でしてくださいよ」


「……わ、分かった」


 ミーシャは片付けというけど、生き物の場合は……


《ボイスコマンド・機能完全停止》


 生き物としての機能を、すべてやめさせる命令を下す。


 途端にゴブリンは地面に崩れ落ち、動かなくなる。

 息が止まり、心臓も停止する。


 生体兵器ではあるが、彼らは生き物だ。

 俺の命令一つで、ゴブリンは生き物としての死を迎えた。



「……二度ととこんなことしたくないな」


 言葉一つで生き物を殺せるとか、恐ろしすぎる。


 そんな命令を、さらに残り2体のゴブリンにもして、俺は3体のゴブリンの命を奪った。


「ほら、ぼさっとしない」


 俺は罪悪を感じて動けなかったが、ミーシャは全く気付いてくれない。

 あるいは気づいていても、俺の事なんてちっとも心配しない。



 ミーシャのタフすぎる精神メンタルが、少し欲しいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る