5 落ちている天空大地

「最悪……ではないけど、酷すぎる」


 天空大地の制御室にたどり着いて状況を確認してみれば、次々に出てくるヤバイ情報。


「メインとサブのエネルギー転換炉が停止。

 今はバッテリー駆動になっているけど、さっき傾いた影響か、バッテリー残量が40%を切ってる」


 天空大地のエネルギー源だが、実は電気だ。

 エネルギー転換炉という発電機があって、そこに物を入れるとあら不思議、物質が分解されて純粋なエネルギーになって出てくる。

 そのエネルギーを電力に変換した上で、バッテリーに蓄えている。


 なお、ここでの物質とは、この星の大気のこと。


 空気中の分子をエネルギー変換することで、天空大地は半永久的に空を飛ぶためのエネルギーを確保している。

 この星の空気を使い切らない限り、天空大地は永遠に飛び続けられる。


 ただし、老朽化には勝てない。



反重力生成クラウン機関はどうですか?」


「ログを見ると、エネルギー供給が一時的に途絶えた時間があるな。

 そのせいで、機関の出力が低下し続けてる」


「つまり、この大地は落ちている訳ですか」


「そうなるな」


 天空大地の浮力を生み出しているのは反重力生成クラウン機関なので、ここの出力が下がり続ければ、天空大地が落ちていくことになる。


「1時間に、50から100メートルってところかな?

 この状況だとあと2、3日で、地表に墜落だ」


「それはダメ!

 私は天空女王なんですよ。

 地面に天空大地を落とすのは、絶対にダメです」


「お、おいっ、俺の首を絞めるな!」


 この妹、さっきまでの冷静さをかなぐり捨てて、俺の首を絞めながら、据わった眼で見てくる。


「兄さん、技術者としては私よりあなたの方が優れているのです。

 今すぐ、天空大地の落下を止めなさい!」


「そうは言われても、この状況……ギャッ!」


 地面が傾いている上に、振動がまだ続いている。

 このタイミングで、ひときわ大きな振動が発生し、俺は舌を噛みそうになった。


 舌を噛まずにすんだが、口の中で上と下の歯が大激突して、メチャクチャ痛い。



「相変わらず鈍いですね」


「そんなこと言ってる場合かー」


 やれやれと首を振る妹。

 常時、上から目線はやめてくれ。



「とにかく、できることな……うーん、逃げるしかない!」


 様々な情報を確認した上で、俺は結論を導き出す。


「逃げるですって?」


「そうだよ。もうこの大地は、何やっても落下を止められない」


 落下を止めるためには、出力が低下し続けている反重力生成クラウン機関へのエネルギー供給を増やす必要がある。


 ところがこの機関は厄介な性質をしていて、出力の維持にはそこまでエネルギーを食わないが、出力を上げるためにはエネルギーをバカ食いするという欠点がある。


 出力を上げるのは論外として、維持するだけでも、今のバッテリー残量だと1週間くらいの延命が精々だ。



 そしてエネルギーを得るためには、停止しているエネルギー転換炉の復旧作業が必要だが、大地が振動し、傾いている状況で、復旧作業なんてできるわけがない。


 仮に電力問題を解決しても、プロペラが壊れたままなので、天空大地の振動と傾き問題が解決できない。



 ぶっちゃけ、この大地はオンボロなのだ。

 一万年を過ぎて使い続けた結果、限界がとうとうやってきたのだ。



 それらのことを、俺はミーシャに説明していった。


「そ、そんな。私の天空大地が、私の王国が地面に落ちるなんて……」


「ここから逃げ出す計画を、以前から考えていたんだ。

 それが、ついにやってきたたってだけだ」


 ミーシャが絶望し、両膝をついて崩れ落ちる。


「おっと」


 そのまま傾いた床を滑っていきそうになるので、慌ててミーシャの手を掴む。


 妹に鈍い扱いされている俺だが、それでも身体能力は人間に比べてはるかに高い。

 ミーシャの体を支えるくらい、難なくできる。


「ミーシャ、しっかりしろ」


「そんな、私の王国が―!」



 ダ、ダメだ。

 脳内がロムスカーナ大佐になっている。


「目がー」って叫ばないだけましだが、ミーシャがポンコツになってしまった。




 ……妹が役に立たなくなった以上、あとは俺1人で何とかするしかない。



「エグエグ」


 ミーシャは制御室の片隅でいじけて座り込んでしまい、斜めに傾いた壁に指を押し付けて何かしている。

 顔は絶望に包まれ、目からは涙が出続ける。


 ただ、励まそうって気にならない。


 今のミーシャに話しかけたら、突然噛みついてこられそうな雰囲気が漂っている。



 これはしばらく放置した方がいいな。


 100年以上兄妹をしているので、なんとなく危険な雰囲気を感じ取ってしまう。




 てなわけで、俺は天空大地脱出作戦を考えていくことにした。


 幸いにも、天空大地が地面に落下するまでには、まだ2、3日の猶予がある。



「あれ、地球の表面って、陸が3割で7割は海だったよな」


 そこで俺は、気づきたくないことに気づいてしまった。


 天空大地がこのまま地面に落下すると思い込んでいたが、海に不時着する可能性の方が遥かに高い。



「海に落ちた場合、俺たちはどうやって生きていけばいいんだ?

 ここには船なんてないぞ」


 陸地に不時着すれば、その後は歩き回ることで、人のいる集落にでもたどり着けるだろう。

 地上ならば、食べ物や水が手に入る。



 だが、海だと無理だ。

 天空大地にある、水に浮かぶものの上に乗れば、一時的に命は助かるだろう。

 でも、その後はどことも知れない海の上を、漂流し続けることになる。


 漂流中に、無人島でも見つけらればラッキーな方。

 下手をすれば、漂流中に干からびて死ぬことになる。



 なお、天空大地は昔は舵が効いて、飛ぶ方向を自由に決めることができたそうだ。

 もちろん、俺が生まれる以前に舵は壊れていて、修復はされていない。


 この大地は、とことんオンボロなのだ。


 そんなわけで、天空大地がどこに落下するのかを、自分の意思で決めることができない。



「チクショウ、俺はまだ死にたくないからなー!」


 とにかく、今は天空大地から脱出する準備が最優先だ。

 その後の事は、あとで考えるしかない。


 俺は叫びながらも、助かるための準備を進めることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る