4 天空大地、傾く

 工作室に籠って、プロペラの部品を成形している俺は、現在徹夜2日目。


 前世だったらブラック労働間違いなしだが、黒のハイエルフの体は魔王のボディーとして人工的に作られたので、人間の体よりかなり頑丈だ。


「2徹くらいで、ぶっ倒れたりなどしないのだ。

 フハハハハッ!」


 ただし頑丈だからといって、徹夜の妙なハイテンションからは逃れられない。



 あと、ミーシャは自室でスヤスヤ眠ってやがる。


 数日の徹夜にも耐えられる体をしているが、もちろん毎日眠った方が体にいいのは当たり前。


「お肌の敵だから、毎日8時間は眠らないと」


 なんて、ミーシャは抜かしている。



 そのツケを全部俺に押しつけるのは、やめていただきたい。


 俺、妹にいいように使われている気がする。


「……」


 ハイテンションが去ると、その後は虚ろな目をして、ひたすら作業に没頭していく。



 ――ギギ、ガガッ、ゴゴゴンッ!


 集中して作業をしているものの、足元の大地が時折振動し、危険な音が何度も響く。


「これ、本格的にヤバくないか?

 50年前にもこんなことがあったよな」


 オンボロ天空大地が、墜落してしまうのも時間の問題。

 とはいえ、それが今来られると困るので、部品の成型を……


「おかしいな、何かが変だ?」


 作業に集中していたせいもあって、気づくのが遅れた。

 何故か、体が前方向に向かって進んでいく。


 どういうことだ?


 って、工作室の棚が倒れた!

 棚の中の部品がぶちまけられ、床の上を転がっていく。


「ぬおっ、地面が傾いてる!」


 そして、やっと気づいた。



 ここ数日異常な音と振動を出し続けていた天空大地が、とうとう傾いてしまったのだ。


「ちょっと待て、部品の山が崩れた!」


 大地が傾くことで、工作室内に積んでいたプロペラ部品の山も倒壊。

 その一部が、俺目掛けて崩れてくる。


 部品と言うが、どれも俺の体の半分以上の大きさ。

 巨大なものだと、体なんて簡単に押し潰されてしまう。


「ヒエーッ、死にたくねぇ」


 部品の山に潰されたら、割としゃれにならない。


 黒のハイエルフだから死なないとは思うが、身動きをとれなくなる可能性がある。


 床は傾いている上に、振動までしている。


 俺は悲鳴を上げながら、なんとかその場からジャンプして移動する。


 直後、さっきまでいた場所に、部品の山が次々と転がり落ちてきた。


「た、たすか……ウゲッ!」


 目の前に星が出て、一瞬意識が飛びかけた。


「イ、イツツッ。血が出てる」


 危険を脱したと思って、油断した瞬間が一番危ない。


 頭に何かがぶつかった。

 痛いので反射的に手を当てれば、べたりとした感触がする。


 手を目の前に持ってくれば、血が付いていた。


「これ、死なないよな?」


 出血死はしたくない。

 もちろん、出血死以外も勘弁だ。


 俺はこの世界に転生して、まだ189年。

 前世基準だと人生何回やり直してるんだって年齢だが、黒のハイエルフとしてはまだガキと呼んでいい年齢だ。

 そんな年で、死にたくない。


「大丈夫、大丈夫。黒ハイエルフの体は頑丈。このくらいじゃ死なないって」


 半ば自棄だが、自己暗示をかけて、無理やり自分を勇気づける。


 そして、いつまでもこの場に留まっていても、事態は何も解決しない。



「そうだ、ミーシャは無事か?」


 とにかく、今はできることをしよう。

 まずは妹の無事を確かめることだ。


 とはいえ、ミーシャの所に行くにしても、地面が傾いているせいで、移動するのが簡単でない。


 それでも高い身体能力を生かして、何とか工作室を出て、生活スペースがある住居まで移動した。





「兄さん、血が出てますよ」


 住居に辿り着くと、わりと平然とした様子のミーシャがいた。

 寝間着姿ではあるものの、怪我はしてないようだ。


「ミーシャ、無事か?」


「かすり傷一つしてませんよ。

 それより兄さんの方が心配です。血が出てるじゃないですか」


「この状況で、呑気に怪我の治療をしている余裕はないからな」


「そうですか。

 でも、念のために治療しておきましょう。

 私の部屋に救急キットがあるので……」


 いまだに地面は傾いたまま。

 振動も続いている。

 なのに、ミーシャはかなり冷静だ。


 前世が特務の軍人だから、慌てないのか?


 彼女は自分の部屋のドアを開けて、その中を見渡す。

 俺もミーシャの傍まで行って、部屋の中を覗いた。


「うわっ、部屋の中がメチャクチャだ」


 工作室も部品が散乱してヒドイことになっていたが、ミーシャの部屋も似たような惨事になっている。


 棚に仕舞われていた道具類が全てぶちまけられ、部屋にある机やベッドは、本来の場所とは全く関係ないところに滑って行ってる。


「言っておきますが、片づけをサボっているわけではないですから。

 地面が傾いたせいで、こうなっただけです」


「分かってるよ」


 ミーシャが心外そうにするが、この妹はちょっと冷静すぎると思う。

 今は、そんなこと言ってる場合じゃないだろう。


「あった」


 ただ、そんなゴチャゴチャになった部屋の中から、ミーシャは救急キットを見つけ出した。


「どこだ?」


「取ってきます」


 あまりに物が散乱していて、俺には見つけられない。

 だけど、ミーシャは身軽に部屋の中に飛び込むと、あっさり救急キットを取って戻ってきた。


 ゴチャゴチャの道具に足を取られず戻ってくるとか、人間技じゃない。


「スゲェー、よく身軽に動けるな」


「当たり前です。黒のハイエルフの体なら、この程度余裕です」


「俺には無理だけど」


「兄さんは運動音痴ですからね」


 涼しい顔をしているミーシャ。


「いや、お前の運動能力がおかしいだけだろ」


「兄さん、いつまでも無駄口を叩かないでください。

 傷の手当てをするので、口を閉じて動かないように」


「……はい」


 言い返してやりたいが、傷の治療のために大人しくすることにした。


 ただ、動くなと言われても、今も大地が揺れ続けている。


「……ギャッ」


「あら失礼。揺れていて治療しにくいので、手が傷口に当たっちゃいました」


「……」


 わざとじゃないよな?

 そう言ってやりたいが、治療中なので黙ったままでいる。



 なお、ミーシャが治療のために使っているのは、”皮膚再生装置”という道具。


 箱形の機械から、謎の回復光線が出る治療道具で、この光を浴びると軽い怪我なら即座に治癒することができる。


 魔法じゃないかと言いたいが、光線によって皮膚細胞の増殖が急促進され、それによって傷口を治す装置だ。


 一応、科学に分類する技術らしい。

 黄金の魔眼が残した資料ではそうなっているが、もはや魔法でも科学でもどっちでもいい気がする。


 そんな怪我を即座に治療できる便利道具だが、光を浴び続けると細胞の増殖が促進された状態が続き、傷口の肌が変に盛り上がったりする。

 それでもさらに浴び続ければ、細胞が異常をきたして、がん細胞化したり、あるいは分裂しすぎた細胞が急激に老化し始める副作用がある。


 薬は適量を守らなければ毒になる。

 皮膚再生装置も、それと同じだ。



「終わりました。動いていいですよ」


「ありがとう、ミーシャ」


「いいえ、これくらい当然の事。

 今兄さんに死なれては、天空大地を治める次代の王族子供を残すことができなくなりますから」


「あ、そうっ」


 ミーシャは前世からの願望ゆえか、天空女王へのこだわりが強い。

 女王様なので、お世継ぎのことも考えているようだ。


 でも、今のは彼女なりの照れ隠しだよな?

 実の兄への、照れ隠しだよな!?


 表情はまったくデレてないけど!



 ま、いいや。

 これがミーシャだから。




 これで俺の怪我は問題なしだ。

 では、次の重大問題に取り掛かるとしよう。


「さて、ミーシャ。

 今の状況だが、どう思う」


「どうと言われても、天空大地が傾いてますね」


「ああ、原因はプロペラ群の故障が、とうとう致命的なレベルになったからだと思う。

 この状況で、呑気にプロペラの修理なんてやってられないぞ」


 振動し続ける中で、プロペラの修理なんてできない。

 当然プロペラの修理ができなければ、天空大地は今後も傾き続けたまま。


 こんな状態で、天空大地で生活を続けていくのも無理だ。


「兄さん、まずは現状の正確な把握が必要です。

 最も優先すべきは、天空大地が今の高度を維持できているのか、それとも落ちているかです」


「そうだな。

 落ちてたら、ヤバイよな」



 天空大地を浮遊させている反重力生成クラウン機関は、エネルギー供給が途切れても、即座に全ての浮力を失うことはない。

 エネルギー供給停止後も、機関内部で浮力がわずかに生産され続け、浮力生成が完全に止まるまでには時間がかかる。


 なので、いきなり惑星の重力に引かれて自然落下という事態にはならない。


 仮に自然落下していたら、天空大地はとっくに地面に激突して、俺たち兄妹もあの世行きだ。

 いくら黒のハイエルフの体が頑丈でも、高度1000メートル以上の高さから落下すれば命はない。


 しかし、反重力生成クラウン機関へのエネルギー供給が切れていれば、緩やかにだが、確実に天空大地は地面に向かって落ちていってることになる。



「地上に落ちた天空大地なんて、もはやただの地面です。

 私が天空女王を名乗れなくなってしまう」


「いや、問題はそこじゃないだろ」


「いいえ、私にとっては命よりも重大な問題です!」


 ミーシャ……いやロムスカーナ大佐、あんたその拘りいい加減に捨てろよ。

 だいたい今の天空大地だって、人間は俺とお前以外誰もいないだろ。


 天空大地で、当分2人っきりで過ごすつもりなのか?

 その当分が、既に50年以上続いているけど。



「とにかく制御室に向かおう。そこで状況確認だ」


「分かりました。私もついて行きますね。

 鈍い兄さんだけでは心配なので」


 俺の事を心配してくれてるんだよな?

 単に、ディスられてるだけの気がする。

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