3 オンボロ天空大地

「私は天空女王ミーシャよ、オーッホッホッホッホッホ」


 天空大地の広場にて、妹が高笑いする。


 ――ピン、ポン、ポロローンッ


 そんな妹の高笑いに相槌を打つかのように、粘土でできているのか金属でできているのかもわからない天空ロボットたちが、音を出す。

 なお、彼らは人型であるものの、完全に人間の姿をしているわけではないので、拍手ができない。


 ただ、頭は360度回転できるので、音を出しながら(たぶん)嬉しそうに頭を回す。


 女王と抜かしても、天空大地の人口はわずか2名で、その他はロボットたちという物悲しさ。


 王国どころか、村にすら負けている。

 3人家族未満の人口構成だ。


 当然女王様の民なんて、ただの1人もいない。

 俺はミーシャの兄なので、女王様の民にカウントしないでくれ。


 そんな妹の姿を、生暖かい目で遠くから見守る。

 人間って奴は、死んで異世界転生しても、中二病をこじらせたままの生き物なのだろう。



 ふうっ、今日も天空大地は平和だな。




 そんな天空大地は、俺たちのご先祖様と呼んでいい黄金の魔眼が、世界征服に失敗したら真っ先に逃げ込む先として作った場所らしい。


 頭のいい御仁だったようで、世界征服に成功した時だけでなく、失敗した時のこともちゃんと考えていたわけだ。


 そんな訳で、天空大地には黄金の魔眼が残した、科学に関する様々な設備や資料、その他諸々が存在している。


 前世の科学技術以上の物が存在していて、色々勉強になって楽しい。

 黄金の魔眼が残した数々の資料を読み漁って、それを元にいろいろな機械を作っていく。

 これが、今世の俺の趣味だ。


 まあ、この大地、俺たち以外に誰もいないので、科学の勉強や研究以外で、時間を潰す方法がない。

 人間、何かしらの趣味を持たないと、生きていけないんだ。



 天空大地には、電磁投射砲なんて代物もあって、たまに空飛ぶドラゴンが襲撃に来た際、叩き落とすのに利用している。

 実際には叩き落とすというより、超高速の弾丸がドラゴンの体を貫通して、体がちょっとどころでなく原形を留めなくなる、危険兵器だ。

 おいそれと使用してはならない。


 それと”ピュタのイカズチ”は搭載されてないので、ご安心いただきたい。

 あんなものがあったら、妹が喜々として乱射しかねない。


 そうなれば、地上の文明が死の灰に覆われて終焉してしまう。




 黄金の魔眼にとっては、使用することなく終わった天空大地だが、子孫である黒のハイエルフが逃げ込む先になり、末裔である俺たちはありがたく使わせてもらっている。



 そんな天空大地は、黄金の魔眼曰く、使用耐久年数は一万年とのこと。


 俺たち兄妹に、両親に、爺様世代、それ以前のご先祖様たちも、皆この天空大地で生まれ、成長し、そして長い寿命を終えて死んでいってる。

 そんな生命のサイクルが、かれこれ一万年以上にわたって繰り返されている。


 まさに、天空大地様々だ。

 一万年も空の上を飛び続ける大地を作るなんて、黄金の魔眼は――過去に魔王として仕出かしたことがヤバイにしても――、非常に優れた科学者だったに間違いない。



 ――ギギ、ギガガガッ


 ただし、黄金の魔眼が保証した一万年後の今では、天空大地もそこら中にガタがきている。


 たまに大地の下で金属同士が擦れあい、錆びついた音をたて、大地が小刻みに揺れる。


 震度1から3といった揺れだが、大地全体が振動する。



「なあミーシャ。下のメンテナンスに行こうか」


「そうね。私もこの大地が落ちるのは困るもの」


 天空大地が墜落することになれば、俺たちに逃げる手段がない。

 幸い、メンテナンスの仕方は知っているので、俺とミーシャは定期的に天空大地の下部に赴いて、必要なメンテナンスを行っている。




 なお、老朽化激しい天空大地から脱出するために、時折襲撃に来るドラゴンを捕獲して、その背中に乗って脱出なんてことを考えたことがある。


 ドラゴンの背中に乗って、空を自由自在に移動する。

 なんてファンタジーに溢れた光景だろう。


 実際にドラゴン捕まえて、テイム従わせるすることに成功したが、ドラゴンの背中の鱗は想像以上にツルツルしていて、とてもではないが人間黒のハイエルフが捕まっていることはできなかった。

 その状態でドラゴンが飛ぼうとしたら、俺たち兄妹はドラゴンの背中から落ちることになった。


 ドラゴンでの脱出は無理だ。



 あとは天空ロボットが空を飛べるので、ロボットの背中に乗って地上に降りる方法も考えたことがある。

 試しに天空ロボに一度地上に降りてもらい、再び天空大地まで戻ってくるように命令したことがある。


 主人である黒のハイエルフの命令に、天空ロボは素直に従ってくれたが、地上まで飛んで行ったのはいいが、帰ってくることがなかった。


 たぶん地上まで行けても、空まで戻ってくる燃料がなかったのだろう。

 あるいは地上にたどり着く前に、燃料切れガス欠で墜落した可能性も無きにしも非ずだ。


 こんな危険極まりない方法に命を掛けたくないので、天空ロボでの脱出計画も廃案となった。



 その他脱出法はいろいろと考えたものの、命を懸けるには不安すぎる方法しかないので、今でも俺たちは天空大地の住人を続けている。




 それはともかく、俺とミーシャは作業着に着替えて、天空大地の下へ潜る。


 天空大地の下には、巨大なプロペラが十数基存在し、それが常に回転している。

 この巨大プロペラ以外にも、中小のプロペラが無数にある。


 島全体の浮力を踏み出しているのは、反重力生成クラウン機関と呼ばれる装置で、ここにあるプロペラ群は天空大地の水平を維持するための、補助的な浮力を生成している。


 クラウン機関に問題がない限り、天空大地が墜落することはないが、プロペラ群に問題が起きれば、島が斜めに傾いて傾斜しかねない。


 当然、傾きすぎれば大地の上にある物は、俺たち兄妹を含めて、全て地上に落ちていくことになる。

 丸いリンゴを机の上に置いて、机を傾ければ、そのまま床まで転がり落ちていくのと同じだ。


 プロペラ群の維持管理は、俺たちにとって生命線のひとつといっていい。


 ここでの定期メンテナンスは、俺もミーシャも手を抜くわけにはいかない。



 プロペラ群は、グウォングウォンと音を立てて、盛大に回転している。


 そんな場所で、ひとつひとつチェックしていき、問題がないか確認していく。


 ここにはメンテナンス用タラップがあり、そこを進んでメンテナンスを行っていく。


 なお、タラップの下には海が見える。

 ここから落ちれば、俺たちは一貫の終わりだ。


 高所恐怖症の人間が、絶対に来てはダメな場所。

 とはいえ、何度も来ている場所なので、今更恐怖は感じない。



「これは完全に止まる手前だな」


「こっちもかなり動きがぎこちない」


「このプロペラ止まってるぞ」


 確認していくだけでも、大型プロペラが3機故障手前。もしくは既に止まっている。


 ほかにも中小のプロペラも、ガタのきているものが多い。


 優先度としては、大型のプロペラ3機の修理が最優先だ。



「これが止まると、大地が傾くな。急いで修理が必要だ」


「私、こんなオンボロの天空女王なんてイヤだ」


 俺もオンボロなのには勘弁してほしい。

 一万年物の天空大地なんて、あまりにもボロすぎて泣きたくなる。


 どこもかしこも修理が必要。

 しかも手を抜けば、俺たちの命に関わる大惨事に直結だ。


 夢も希望もありゃしない。


 どこかに、ぼろくない天空大地がないかな?

 あったら、そっちにぜひとも引っ越したい。



 現実逃避はここまでにしよう。



「修理用の部品を急いで作らないといけないな。

 2、3日、徹夜で作業か?」


 大地が傾いて、本物の地面に転がり落ちるのは嫌だ。

 修理用の部品を工作室で自作できるが、作業を急ぐなら徹夜が必要になる。


「兄さん、作業は任せるわ」


「お前も手伝ってくれたら、修理用の部品を早く用意できるんだけど?」


「イヤよ、徹夜はお肌の敵なの。

 それに、ここの発育にも関わるでしょう」


 そう言って、ミーシャは真っ平らな胸板を撫でた。

 ツルツルのペッタンコ平原だ。


 ――キッ


 おっと、心の中で思っただけなのに、勘の鋭いミーシャに睨まれてしまった。


「さーて、今から急いで部品作りだー」


「任せたわ、兄さん」


 わざとらしく話題を逸らしたけど、そのせいで俺だけ徹夜で作業する羽目になった。


 クッ、この妹め、俺をうまく使うんじゃない。

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