第8話 パウラ、水竜祭に招かれる
秋になった。
ヴァースキー公家からは早々に、水竜の祭典へぜひともご参加いただきたいと丁寧な招待状が来ていたし、訪問の仕度も当然万端整っている。
他の4公家に比べれば、かなり質素な気風のヘルムダールであっても、公式行事への参加となれば話は別。
父やパウラの衣装や装身具も、きらびやかに整えられる。
昼前にはヴァースキーへ発つという日の朝、すっかり仕度の整った父とパウラは、遅い朝食を共にしていた。
「アデラに会えないのは、がっかりだろうね。
兄上や弟たちは」
くすっと小さく笑った父テオドールは、形の良い唇の端を少しだけ上げる。
「兄上には妻も子もあるというのに。
いやしくも水竜の血を継ぐものが、アデラを見てぼーっとなるなど、あって良いはずがないのだけれどね」
見当違いの嫉妬で黒くなる父に、少し冷めたトーストを口に運びながらパウラはため息をつく。
母を誰かに見せれば、減るとでも思っているのだろうか。
いや、父の場合は本気で思っているかもしれない。
「当主と跡継ぎが、同時に国を離れることはないからね。
今後パウラにお付き合いを任せられるなら、アデラを外に出す危険は減るかな」
娘の危険は許せるのか、父よ。
相変わらず妻第1の父には呆れるが、訪問用の正装姿には父を見慣れているはずのパウラでも、極上の色気美貌を認めざるをえない。
白い絹地のトーガは、2本の銀糸のラインで縁を飾られている。
下に合わせたシャツも白、袖口には同じように銀のラインが2本。
シンプルなスタイルが、かえって着る者の個性をひきたたせ、とうに人の域を超えた色気美貌をだだ漏れにしている。
(水竜だって言われても、納得するわね、きっと)
本物の水竜を知るパウラでさえ、そう思う。
繊細で優しげな、まるで女性のような美貌は、おそらくヴァースキーの特徴なのだろう。
遅くとも明日の祭典では会うはずの、最初の攻略対象シモンの顔を頭に描いて、しっかりしなければとパウラは思う。
(あれでかなり好き嫌いが激しいわ。
最初が肝心ですわね)
前世では、必要以外あまり関わらないようにしていた。
機嫌の良し悪しに振り回されるのが、パウラには面倒だったからだが、それはもう1人の聖女候補エリーヌも同じであったようで、少なくともパウラより気に入られていたわけではないらしかった。
(けれど油断はできませんわ。
ちょっとだけわたくしが有利、その程度には好きになっていただかなくては)
正午少し前。
パウラは両親に連れられて、城の敷地内にある小ぶりの神殿に向かった。
白い大理石の床や柱が続く。
それは毎朝毎晩丁寧に拭き清められた清浄な様で、そう長くもない回廊を抜けたところに厳重に錠のおろされた小部屋があった。
母アデラが頷くと、神官が黄金のカギで扉を開く。
床に大きな魔法陣。
銀の文字で描かれた、大きな魔法陣がそこにあった。
「送ってあげるよ」
母は笑顔でそう言った。
「ヴァースキーの神殿への道を開くからね。
すぐに着くよ」
当主のみ使うことを許される、移動の魔法陣である。
母の唇が詠唱を始めると、辺りの景色がゆらりと歪む。
銀色の靄がパウラを包み、揺れて、沈む。
「ようこそおいでくださいました。
ヘルムダールの姫君」
銀青色の髪に緑の瞳。
父によく似たヴァースキー大公が、綺麗な微笑でパウラを迎えてくれた。
祭典は明日から3日の間、続くらしい。
案内された賓客用の部屋で、パウラは父から説明を受けた。
「聖使様は、ここにいらしてますの?」
祭典の流れ等、正直なところどうでも良かった。
なんなら父より詳しい。
6+数千年の人生を甘く見ないで欲しい。
目下のところパウラ何よりの興味は、あのシモンがもうここに来ているか否か。
来ているなら、挨拶くらいしにゆくべきだろうか。
いや、待て。
あまり素直ではないシモンのことだから、こちらから挨拶に行けば、
「ふうん。
君が次の
さして興味もなさそうに、それこそ顔すら見ないで言いそうだ。
自分の立場を喜んでいないようなシモンに、あまり謙るのは良い接近方法とは思えない。
「前夜祭というほど大袈裟なものではないけど、晩餐会があるよ。
たくさん人が来るから、パウラは綺麗にしておくんだよ」
今日の予定説明を締めくくる父は、意味ありげに青い瞳をパウラに向ける。
母が断然1番であるには違いないが、パウラのことも愛してくれている父である。
おそらく、いや間違いなく、貴人の同席を予感させる一言であった。
「わかりましたわ。
特に、特別に、綺麗にしておきますわ」
父は返事の代わりに、娘のパウラでさえぼーっとするような、綺麗な微笑を浮かべた。
「ヘルムダール公女パウラ様、御父君テオドール様」
メインダイニング前の広間に、入来の声が響く。
ヴァースキー大公夫妻が、満面の笑みでパウラと父を迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました。
パウラ姫のおいでを、息子たちもそれはそれは楽しみにしておりました。
どうぞお言葉をかけてやって下さい」
父テオドールをガン無視して、パウラにだけとろけるような笑顔を向ける大公に、父の冷たい声が降る。
「兄上。
パウラが驚いていますから、離れていただけますか」
タキシードにホワイトのタイ、白いカフスの父は、かっさらうようにして愛娘を引き寄せる。
長い脚に押し付けられたパウラの視界に、3人の少年が入った。
揃って銀青色の髪。
さらさらと癖のない髪を、肩のあたりで切りそろえている。
じいっとこちらを見つめる3対の瞳は、色調の異なる緑が2つ、父と同じ青が1つ。
さすが父の血縁、綺麗な兄弟だと思う。
ふと違和感を覚える。
(変だわ)
4公家の公子達は、それぞれ始祖の竜の血を継いだ特徴的な容貌をしている。
ヴァースキーは、水竜の血を継ぐ。
銀青色の髪にやや褐色の肌、女性のような優しげな美貌の一族である。
ただ瞳の色だけは、別である。
竜の血を最も濃く受け継ぐとされる直系の、聖紋の現れた男子のみ、緑の瞳が許される。
現ヴァースキー大公の公子であれば、緑の瞳は1人だけのはず。
2人いる。
あらためて3人の公子を見る。
声をあげそうになった。
(え!?
あれは…)
パウラの見開いた瞳をじっと見つめて、うっすらと唇を開いた少年の微笑。
東の聖使シモン。
間違いないと、パウラは思った。
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